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6 下剋上のすゝめ

 信長兄上に一生懸命作ったマイ枕を取られた俺は、しばらくハートブレイク状態で腑抜けていた。

 だってさ、まだ元服前の織田喜六郎くん十歳がさ、前世での快適生活を取り戻そうと、それはもうがんばってマイ枕を作ったんだよ? それをさ、「ほう、これは良さそうだな」の一言で持って行っちゃうなんてさ、信長兄上の鬼! 悪魔! だから後世で第六天魔王とか言われるんだよ!


 こんな風に人の心を持たないから、本能寺の変で明智光秀に裏切られるんだ!

 いや、それ以前に俺が下剋上してやる! 前世の知識なめんなよ!


 あれだ。この時代一番の天才軍師の竹中半兵衛を味方にすればいいんだよ。そしたら信長兄上の鼻を明かせるはずだ。

 よし、今、半兵衛がどこにいるのか探してみないとな! 確かどっかで隠居してるのを、秀吉が三顧の礼でもって召し抱えたはずだ。ってことは、俺が秀吉より先に三顧の礼ってのをすればいいんじゃないか? 確か三回頼みに行くんだよな。まるでRPGみたいだよな。


「仲間になってください」

「いいえ」

「仲間になってください」

「いいえ」

「仲間になってください」

「はい」


 テレッテレレレ~。

 竹中半兵衛が仲間になった!


 みたいな。


 そう思ってたんだけど、さ。

 誰も竹中半兵衛を知らないんだよ。うーん。まだ無名なのかな。


 くそう。絶対秀吉より先に見つけて仲間にしてやるぞ!





 そんな誓いを胸に秘めてから数日後。

 諸悪の根源、信長兄上が何事もなかったかのように末森城を訪れて、姉さまたちと俺を集めた。


 信長兄上にマイ枕を取られてから、どうやって下剋上をするか考えてもその手段がなくて行き詰ってたけど、まだ下剋上は諦めてないからな。

 ふふん。俺はもう信長兄上には騙されないもんね。何かお土産っぽい包みを持ってるけど、たとえ凄いお土産持ってきたって、マイ枕の恨みは一生忘れん!


「信長兄上、これを市にくださいますの?」

「犬にもですか? 嬉しい」

「うむ。喜六の考えたものだが、なかなか良いぞ」

「まあ。兄上、喜六郎、ありがとう存じます」

「兄上、喜六、犬はとても嬉しゅうございます」


 でも。

 信長兄上は俺の作った枕を参考にして、同じ枕を作らせていた。自分用と姉上用の三個。そして姉上たち用の枕を末森に持ってきてくれたということらしい。


「喜六、借りていたこれは返すぞ」


 俺のマイ枕!


 ポンと投げ渡されたのは、俺が市姉さまと一緒に作ったマイ枕だった。

 信長兄上に盗られたんじゃなかった! 返ってきた!


 喜んでスリスリ頬ずりしていると、そんなに嬉しいか、と信長兄上の声が聞こえた。


「それは嬉しいです。だってもう返ってこないかと思ってましたから」


 そう言うと、信長兄上は決まり悪そうに視線をそらした。


「弟の物など、取るわけがなかろう」


 いや。毎日快適に眠ってるとか言ってたような気がするんだけどな。あれ? 幻聴?

 まあいいや。

 どっちにしても戻ってきたから問題なし!


「ふふふ。兄上はいつも言葉が足りないのですよ。此度もまた、喜六郎に借りていくと断りもせずに枕を持っていかれたのでしょう? それではもう返してもらえぬのだと、喜六郎が心配するのも当然です」


 犬姉さまが口元を袖で覆ってくすくすと笑った。ちょっと勝気な市姉さまと違っていつもおっとりとした雰囲気だけど、信長兄上に臆することなくはっきり物を言う犬姉さまは、もしかしたら織田家最強かもしれない。

 あれ? 俺の周りって、母上含めて気の強い女子ばっかり? あれ? あれ? 癒し系女子、どこー?


「喜六」

「はい」


 犬姉さまにたしなめられてちょっとご機嫌斜めの信長兄上は、もう一つのちょっと大きめの包みをまた俺に投げた。微妙にノーコンだったのは、絶対わざとだったに違いない。その証拠に態勢を崩しながらキャッチする俺を、ニヤニヤしながら見てたからな。本当に性格が悪いよな。


 内心でプンスカしながら包みを受け取った俺は、包みを開いて驚いた。

 だって、そこには、後で作ろうと思ってたキルトの布団が入ってたんだ。一枚だけだけど。でも。


「あ、兄上……これは……」

「ふん。何に使うのかは知らんが、大きい物も欲しいと言っておっただろう。枕を借りていた礼じゃ」

「あ、あにうええええええええええ」


 俺は思わず信長兄上に抱き着いて泣いてしまった。

 だってさ、俺の枕はもう絶対に返ってこないと思ってたんだ。一度使ったらその良さが分かるからさ、俺だって返したくないって思うからな。

 でも、ちゃんと返ってきた。

 しかも倍になって!


「き、きろくっ! 男がそのように人前で泣くでない」

「あにうえええ、あにうえええええ。私は兄上に一生ついていきますううううううう」


 ごめん、ごめんよ。兄上。もう二度と下剋上なんて考えないから、許してくれ!


 わんわん泣く俺を、でも、信長兄上は突き放すでもなく、抱きしめるでもなく。ただ途方にくれたように俺を見下ろしていた、らしい。





 その日、俺はまた末森で新たな奇行の伝説を作ったのだった。


 織田家の御曹司ならぬ、奇行子きこうしってね。そこは同じ読みで、貴公子じゃないのかよ、失礼な。


 HAHAHA。

 いいんだ。もう俺の評判なんて地に落ちてるから。

 ちっとも悲しくなんてないやい。




「して、喜六。これはどのようにして使うのだ」


 泣き止んだ俺は、微妙に顔の赤い信長兄上を見て、にこにこしていた。

 やだなー、もう。信長兄上ったら、ツンデレさんなんだから。


 知らなかったよ。戦国の覇者、織田信長がツンデレとかさ。これはもう、萌えるしかないよね!


「夜着の代わりに使います」


 夜着、といっても現代で言うパジャマとは違う。寝る時にかける着物のことで、ちょっと厚手になっているのだ。この時代、掛布団がまだ存在してないから、こういう着物を上にかけて寝るのが普通だ。

 信長兄上とか信行兄ちゃんなんかは、綿入りの豪華バージョン夜着を着ているらしい。大きめのハンテンって感じで、冬とかはあったかそうでいいなぁ。

 俺? 俺ね。ふっ。しがない八男坊がそんな豪華な夜着を着られるわけないじゃん。これからはかけ布団があるからいいけどね。キルト布団、ばんざーい。


 もちろん敷布団もないから板敷でそのまま寝るか、畳を敷いてその上で寝るか、ござの上で寝るか、敷布の上で寝るかって感じだ。俺の部屋には一応寝るとこだけ畳が敷いてあるけど、結構背中が痛くなる。多少は慣れたけどな。


 次はキルトの敷布団かな。1枚だとあんまり変わりがなさそうだけど、2枚くらい重ねて敷けば結構いいんじゃないかな。あ、でも畳の上にそのまま敷布団置くと、畳が湿気るんだよな。毎朝敷布団をたたんでしまえばいいんだろうけど、万年床にすると、かなりヤバイ。危険だ。未確認キノコ物体が生えてくるかもしれん。


 そういえば前世でもスノコベッドっていうのを使ってたっけ。あれならこの時代でも作れそうだな。

 スノコベッドの上にキルト布団を敷いたら、スノコの隙間が背中に当たって痛いかな。やっぱり、せめて綿の敷布団が欲しいところだよなぁ。


 できればマットレスがあれば完璧なんだけどな。

 マットレスは……綿とコイル、か。コイルならなんとか作れそうだと思うけどどうだろう。刀作ってるんだから、鉄を扱う技術はあるはずだよな。

 ワタが見つかったら、コイルを作れるかどうか、信長兄上に聞いてみよう。


「ほう、夜着の代わりか」

「このようにして寝れば、寝返りも打てます」

「武士は寝返りなどせず、動かずに寝るものだ」


 そんな無茶な。ああ、でも寝返り、って言葉がよくないのかもしれないな。「裏切る」の意味でも使われるし。

 でも、全く動かないで寝るとか無理じゃないのか? 健康にも悪いぞ。


「何を言っておる。戦場では敵襲が分かるように、地面に耳をつけて寝るものだ」

「え……? でもそれでは、きちんとした睡眠など取れないではありませんか」


 眠っていても地面に響く音から敵襲を察知しろってことなんだろうけど、それってちゃんと眠れてないよね?


「お前も元服して戦に出たら分かるであろう。よいか。戦場ではまともに睡眠を取れると思うな。死ぬぞ」


 いや、まあ、確かに実際に戦に行ってる信長兄上の言う通りなのかもしれないけど、ここは戦場じゃないんだからさ。家の中でくらい、しっかり寝ようよ。


 確か信長兄上が好んで歌った『(あつ)(もり)』って、「人間五十年~」って歌うんだったよな。


 もしかしてこの時代の寿命が五十年くらいなのって、睡眠時間が足りないからじゃないのか!?


 そうだよ。だって家康とかは凄く長生きしてたはずだ。だから不摂生しなければ、平均寿命はもっと上になるはずだ。


 よし、決めた。俺の目標は百歳で大往生だ。もちろん畳の上で。


 そのためには何とかして戦に行くのを回避しないとな。討ち死にだけじゃなくて、睡眠不足っていう敵もいたとは盲点だったよ。


 そう宣言したら、何言ってるのこの子、って目で市姉さまに見られた。

 犬姉さまも「喜六郎は面白いことばかり言いますのね」と袖を口元にあてて笑っている。


 きっと信長兄上は分かってくれるよね、と期待のまなざしで見上げたら、ゴチンと頭をゲンコツで殴られた。


 むう……げせぬ……。



竹中半兵衛こと竹中重治は、まだ11歳です。元服もしてないだろうから、そりゃまだ無名だよね。

おかしい。どんどん喜六がポンコツになっていく。

前世の記憶を思い出す前よりポンコツな気がするのは、気のせいでしょうか。


それから最古のスノコベッドは奈良時代の聖武天皇の使っていたもので、正倉院にあるそうです。

上に畳を敷いて使ってたようです。

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