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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
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57 清酒ができたらしい

 え、なんか凝視されてるんだけど、どうしたんだ?


 そこに、ドタドタと廊下を歩く音が聞こえた。


「家長! 遅いぞ、茶を飲ませるのではなかったのか!」


 怒ったように怒鳴って台所に入ってきた信長兄上は、珍しくその場の空気がおかしいことに気がついたようだった。そしてフンと軽く鼻を鳴らした。


「喜六」

「は、はい」

「今度は何をやった?」

「いえ。特に何もしてはおりませんが……」


 ひどいよ、兄上。俺は何もしてないぞ。しかも今度は、って。いつも何か問題起こしまくってるみたいじゃないか。


「家長」


 俺の代わりに説明しろとばかりに、信長兄上は顎をしゃくった。


「はっ。それがしもよく分からぬのですが、喜六郎様がこの酒をこのように変えられたようでござります」

「色が薄いな。水を足したか?」

「それが、足したのは水ではなく、灰のようです」

「灰だと!? 貸せ」


 信長兄上は家長さんが持っていた柄杓を奪うと、瓶をすくって口に含んだ。


「いつもの酒より、飲みやすいな」

「さようでございます」

「酒に灰を入れると澄むか。ふむ」


 目をつぶってしばらく考え込んでいた信長兄上は、カッと目を見開いた。


「家長!」

「はっ」

「酒に灰を入れたら同じように澄むのか調べよ。またこれは尾張の秘匿とし、禁を犯した者は鋸引きとせよ」

「ははっ」


 鋸引きってあれだろ。体を地面に埋めて、首から上だけ出して通行人に首を切らせる刑罰。なかなか死ねなくて、想像を絶する痛みがあるって刑だよな。普通に斬首より、厳しい刑だな。


 でもそれくらい機密厳守にしたいってことか。


 っていうか、この時代ってまだ清酒が造られてなかったんだな。俺はまだ子供で酒宴には行けなかったから知らなかったよ。

 ほら。戦国時代の時代劇なんかでも、酒は普通に清酒を飲んでたからさ、てっきりもう清酒があるもんだと思ってた。


 でも清酒がないってことは、この時代の酒は、まだドブロクみたいな濁り酒が主流だったんだな。

 ドブロクかぁ。あんまり飲む機会がなかったけど、飛騨で飲んだドブロクはうまかったなぁ。

 お米の甘みと酸味が混ざってて、ちょっとシュワシュワしてるんだよな。


 元旦でも甘酒しか飲めなかったけどさ。そのうちドブロクとか清酒も飲んでみたいもんだ。


「さて、喜六」

「はい」

「他に何か面白い知恵がないか。茶でも飲みながらこの兄に聞かせよ」


 えええええっ。これはたまたま清酒ができたわけで、俺が何かしたわけじゃないぞ。何かしたっていうなら、灰を落とした女中さんのお手柄だ。


 だから熊よ。俺の傅役っていうなら、俺を助けろ!

 そう思ってすがるような目で見たんだけどさ。なんかまたキラキラした目で俺を見ていた。


 ……ダメだ、こりゃ。


 そしてそのまま俺は信長兄上に捕まり、ポンプとかツナマヨの説明を延々とさせられた。

 喋り過ぎて、声が枯れた。

 信長兄上の横暴野郎め!






 それからの俺は、提案した数々を製品化する為に生駒屋敷に通った。といっても作るのは職人の皆さんだから、俺はまあご意見番というか、現場監督みたいなものになった。だけどまだ元服してないんで、ちゃんとした役職はない。

 何も知らない外部の人間が見たら、信長兄上と同じく、ただ遊びに来ているだけに見えただろう。


 いや、信長兄上は、ほぼ遊びに来てるけどな。書類仕事とかは林のジジイの兄貴に丸投げしてるらしい。林佐渡守ナントカだったかな。ついでに言うと、城主のいなくなった那古野城も丸投げしてるらしい。……そんなんだから、当主にふさわしくないとか言われるんだけどな。


 篠木郷の方でも農業系の指導をしてるし、月谷和尚さまに教わる勉強の時間もあるし、本当に大忙しだ。


 だから、あれだ。茶の湯じゃなくて、普通のお茶を急須で入れて飲むっていうのを教えて、末森で焼かせた湯飲みでお茶を飲んでるのは、ちょっとした息抜きだよ、息抜き。


 うんうん。津島の五郎助さん、いい仕事するよ。ちょっと目は粗いけど、立派な茶こしを作ってくれたもんなぁ。これなら何を頼んでも大丈夫そうだから、安心だよ。


「喜六郎様、兄上があれからかなり透明なお酒を造れるようになったと申しておりました」

「それは良かったですね」

「はい。殿もことのほかお喜びのようで、褒美に見事な太刀を頂いたのです」


 へ~。信長兄上、よっぽど嬉しかったんだろうね。喜ぶと、凄く気前が良くなるもんな。

 その分、機嫌が悪くなった時との落差がひどいんだけど。


「これも喜六郎様のおかげだと、いつも申しておりますのよ」

「お役に立てて良かったです」


 うう。可愛い子の微笑みは胸にくるぜ。絶対、今、顔が赤くなってる。


「黒丸も、紐で繋がなくても逃げませんの。たまに、どこに行ったのかと探すこともありますけど、私が呼ぶと出てきてくれます」


「黒丸は美和さんによく懐いていますからね」


「ええ。でも喜六郎様のことも大好きみたいですわ。喜六郎様が黒丸をなでると、いつも喉を鳴らしておりますもの」


 いやぁ。それはきっと、猫の喜ぶツボを知ってるからだと思うなぁ。前世でのモフリストの経験が生きているというか。


「今度、黒丸の喜ぶなで方をお教えしましょうか?」

「本当ですか? ぜひお願いいたします!」


 にこにこ笑う美和ちゃんは、たれ目気味の目がさらにたれて、凄く可愛い。


 なんていうか、あれだ。うん。美和ちゃんってほんわかした雰囲気のいい子なんだよ。だからこうしてお喋りしてると、癒されるんだよな。

 実は俺より二歳年上だけど、おっとりしてるから年上っていう気がしない。


 ほら。最近の俺って忙しいから、こうして息抜きでもしないとストレスが溜まっちゃうからな。

 だからこういう時間も必要なんだよ。うん。


 別に、一緒にお茶を飲んで話をしてるだけだしな。


 俺は照れ隠しに、手にしたお茶をズズっと飲んだ。





 その時間は、戦国時代とは思えないほど、ゆったりと過ぎていった。



 

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