5 枕が欲しい
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とりあえず元服も初陣もまだだし、戦に行かない方法を考えるより先に解決したいことがあった。
それは枕だ。
いやもう、この時代の人たちってよく木の枕で寝られるよな。普通の枕だとチョンマゲが邪魔になるとはいえ、木の枕じゃ硬くて寝られないと思うんだけど。
とはいえ、ワタがないんだよ、ワタが。
木綿の服なんかは高級品として存在してるから、ワタもどっかで栽培してるのかと思ってたんだけどさ。明から貿易で手に入れてるから、あるにはあるんだけどとっても高価なものらしい。
え? あれ? 木綿ってワタから作るんだよね? ワタって綿って書くよね、確か。でもって木綿は木の綿だよね。木の綿ってことは、木綿とワタは別物なのか?
ここは俺の記憶を信じて、同じものだってことにしよう。
一応、信長兄上が探してくれるって言ってくれたから、見つけてくれるのを祈るしかないね。神様? 仏様? なんでもいいや。ワタをプリーズ。
探しやすいようにと思って、ちゃんと説明したからきっと大丈夫だろう。実がぽんとはじけて、ぽわっとした白いワタが出てくるから、一目でわかるってね。うん。いい仕事したな俺。
それにしても、探すのって忍者なのかな!?
……忍者。忍者かぁ。やっぱり男なら一度は忍者に憧れるよね。忍法、隠れみの術! ってね。一度、本物を見てみたいもんだな。
でもワタが見つかるまではこのままの枕か……
うーん。何かいい方法はないかな。
一番欲しいのは低反発枕だ。でもそれは絶対に手に入らないだろう。いくら俺だってそれくらいは分かる。
そして、次の候補は羽根枕だ。
でもなぁ。羽根枕って使ったことあるけどさ、安いのを買うと、中から羽根が出てきちゃって頭に刺さるんだよ。どう考えてもこの時代の織の粗さじゃ、羽毛の根元のとがったとこがぴょんぴょん出てきて頭に刺さりそうだよな。
あと他に何かなかったか?
そうだ。そば枕っていうのがあったはずだ。いやちょっと待て。そば枕なんて名前じゃない。
思い出せ、思い出すんだ俺! がんばれ脳細胞!
…………。
…………。
そばがら! そうだ、そばがらだ!
よし、ナイスだ俺。いいものを思い出したぞ。そばならこの時代にもあるもんな。
いやでもちょっと待てよ。そばがらの「がら」って何だ?
よし、分からないことはその辺にいる熊にでも聞こう。
この世界で目が覚めてから、なんかいつも目につくところにいるのは気のせいだってことにしておこう、うん。
「そばがら、で、ござるか?」
「そうそう。そばの何かなのは分かるんだけど、何か分かる?」
「それはそばの実を取った後の殻ではないでしょうかな」
熊こと、柴田勝家三十三歳に聞いてみると、やっぱりそこは年の功なのか答えが返ってきた。
「なるほど! 勝家殿は物知りだね!」
褒めてあげると、熊がデレた。顔を赤くして、いや、それがしは……なんて照れてる。薄目で見るとちょっとかわいく……は、ないな。うん、普通にきもい。
でも俺も最近知ったんだけどさ。熊は別に俺に惚れてるとか、そういうのはないみたいなんだよな。ただこの顔に弱いっていうかなんていうか。
ここだけの話。熊はさ、一応奥さんはいたみたいなんだよ。だいぶ前に死んじゃったらしいけど。でもって子供はいないらしい。そんな寂しい独り身の熊は、どうやら俺の母の土田御前が好きみたいなんだよ。まあ確かに性格はともかく、美人であるのは確かだ。子供を何人も生んでるとは思えないくらい若々しいし。
ただ、なぁ。俺からすれば性格はちょっとなぁと思う。
基本的に俺と母上はあんまり会わない。廊下でたまにすれ違って軽く挨拶をする程度だ。
母上の子供は信長兄上、信行兄上、市姉上、犬姉上、俺、三十郎の六人なんだけどさ、俺と信長兄上は母上の中ではいらない子扱いなんだよね。
信長兄上はうつけもので、俺も孫十郎叔父上の家臣に矢を射られて落馬した、っていうのが武士の子にしては情けなさすぎるらしい。
だから信行兄上と弟の三十郎には優しいけど、信長兄上と俺はさらっと無視されるんだよな。
そんな母上はかなりの美人だ。
そしてその美貌を受け継いだのが、市姉さまと俺だ。
だから熊は俺と市姉さまには弱いんだよ。
そういや、本能寺の変で信長兄上が殺された後、柴田勝家って秀吉と後継を争ったんじゃなかったっけ。で、市姉さまを嫁にもらえるっていうんで、後継を秀吉に譲ったって、歴史オタクの山田が言ってたような気がする。しかもその一年後に勝家は秀吉に滅ぼされて、市姉さまも一緒に自害するとかなんとか。
やばい。ダメじゃん、それ。熊はどうでもいいけど、可愛くて綺麗で優しい市姉さまが自害とかは許せん。
いや、そもそもそれを言うなら、信長兄上が死んじゃう本能寺の変を起こしちゃダメだよな。
くーっ。歴史オタクの山田の言ってたことを、オタクの知識自慢だとか笑ってないで、ちゃんと聞いてりゃ良かったなぁ。そうすればもっと歴史を色々覚えてただろうに。
歌って踊れる本能寺の変で覚えた、本能寺の変が起こるのが1582年ってことくらいしか覚えてないよ。しかも今が何年か分からんし。そもそも、この時代は西暦を使ってないしな。今は弘治元年だ。どうせなら西暦使ってくれよ。そしたら本能寺の変が何年後か正確に分かるのに。
いや、それよりも枕だ、枕。
そばがらがそばの殻だとすれば、これは結構簡単に入手できるんじゃないか!?
よし。善は急げで手配しよう。
一週間後、俺はそばがらを手に入れて、それを特製巾着に詰めていた。寝心地が良ければちゃんとした枕っぽく仕立てればいいしね。
枕にしてみた感じは、なかなか良かった。
いいぞ、これで戦国時代を乗り切る第一関門をクリアしたぜ!
と、思ってたんだけど、さ……
さらに一週間後。
俺は枕から出てきた得体のしれない虫に悲鳴を上げた。日本の夏を甘く見ちゃダメだった。暑いし湿気あるしで、虫さん天国なんだよ! でもって、そばがらは虫さんにとっては栄養満点なんだよ!
穀物は涼しくて暗い所で保管しましょう。間違っても寝汗で湿る枕の材料に使ってはいけません。
うええええええええ。
ダメだ。思い出しちゃいけない……
うーん。他になにかいいアイデアはないものか。
そうだ。布を巾着型に縫ってもらって、その中にボロ布を入れたら枕っぽくならないかな。着古した着物の布なら、ほどよくヘロヘロになってていいんじゃないか?
で、だ。試してみたんだけど、中の布が片寄っちゃってダメだった。まあ木の枕よりはだいぶいいんだけどな。
片寄るのがダメなんだとしたら、片寄らないようにするのがいいんだろう。
どうすりゃいいんだろうね。
いいアイデアが出ないままずっと考えていたんだけど、やっとこれならいけるかな、っていうのを思いついた。パッチワークだ。あ、違う。ハワイアンキルトだ。
前に課長の奥さんがはまってるとかで、作品の写真をたくさん見せられたんだけどさ。素敵なパッチワークですね、って言ったら、これはハワイアンキルトで全然違うって怒られたんだ。見た目は変わらないと思うんだけどな。でもハワイアンキルトは中に綿が入ってるから、ただのパッチワークとは違うものらしい。
未だにワタは見つかってないけど、四角い袋を作って、その中に端切れを細かくしたのを入れたら、綿の代わりになるんじゃないかな。
とりあえず試してみるか。
まず最初に手の平サイズの四角い布をたくさん用意した。それを縫い合わせて袋状にしていった。
男が裁縫なんて、って白い目で見られたけど、最近の俺の奇行は末森城内でも有名になりつつあるので、皆見て見ぬふりをしてくれた。呆れて、見放されてるだけとも言うかもしれない。
いいんだ。武士の子が針仕事などとんでもありません、って止められるより、白い目で見られるほうがいいんだ。
べ、別に悲しくなんてないから。
市姉さまだけは面白がって手伝ってくれたけどね。
「本当に喜六は面白いことを考えますね」
ほほほ、と笑う市姉さまはそろそろ誰かと結婚するって話が出てもおかしくないお年頃だ。まだ十三歳だけど、この時代の結婚って本当に早いんだよ。十三とか十四とかさ。早い子は産まれてすぐに結婚相手が決まってるものらしいからね。
市姉さまは美人だし、性格がいいし、もう少し大きくなったら引く手あまたなんだろうと思う。実際の史実でもそうだったしね。今だって、色んなところから嫁に欲しいって言われてるらしい。
ただ、信長兄上のうつけの噂で、あんまり有力な武将からの話はないらしい。
この時代の結婚は家と家の結びつきだからね。結婚してメリットがなければダメなものらしい。信長兄上と濃姫も政略結婚だしな。
うちの場合は信長兄上が本物のうつけだったらすぐに織田家が滅びるだろうから、結婚して親戚になるメリットがないってことなんだろうな。
「でもどうせなら快適に生活したいじゃないですか」
「ほほほ。快適な生活ですか」
「そうですよ! 市姉さまもこの枕が成功したら同じのを作ってさしあげますからね。そしたら快適な生活の素晴らしさが分かるはずです」
「楽しみにしていますね」
市姉さまの協力もあって、キルト枕試作品第一号はほどなくできた。細長い座布団みたいなキルトをくるくる丸めて紐で結べば完成だ。これなら多少湿気ても、平たく伸ばして干しておけばカビないと思うんだ。
後は寝心地だな~と思って、市姉さまの隣に枕を置いて、ごろんと寝転がる。
おお、これだよ、これ!
完ぺきとは言い難いけど、枕だよ、これ。
やったー! 今日から快適安眠タイムだー!
それにさ、これもっと大きいのを作ったら敷布団とか掛布団になるんじゃないか? そりゃあ綿の布団ができるのが一番いいけど、綿の木? が見つかるまでどれくらいかかるか分からんし、見つかったとしてもそれから栽培が軌道に乗るまではもっとかかるだろうからな。
それまではキルトの布団で我慢すればいいな。
と、思ってたら、今度は市姉さまから話を聞いた信長兄上にキルト枕を取られました。
毎日快適な眠りを得られているそうです。
うわあああああん。
俺のキルト枕くん、かむばあああああああっく。
キルトはパッチワーク・キルトとも呼ばれているので、同じと言えるような言えないような。
課長さんは奥さんから「全然違うの!」と言われていたので、それを喜六さんの前世の部下に説明してました。