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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
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41 その答えは

 熊と同室という恐ろしいことにはならず、清須で一人の部屋をもらってその日は寝た。マイお布団&マイベッドがないから寝れないかと思ったけど、色々あったからすぐに寝た。


 うむ。まだ俺、子供だしな。睡眠は大事だ。


 翌日はあいにくの雨だった。

 うーん。この雨の中を末森に帰ると、風邪ひきそうだよなぁ。風も冷たくなってきてるしなぁ。短時間ならまだしも、清須から末森だと、ちょっと時間かかるもんな。


 雨が降ってても、傘させばいいじゃんとか思うだろ?

 でも、この時代ってさ、傘とか使わないんだよ。


 一応、時代劇に出てくる、和紙に油を塗った蛇の目傘みたいなのはあるんだけどな。でも武士の場合は基本的に両手をあけてないといけないから、傘は持たない。傘なんて持ってたら、敵に襲われて応戦できないからな。


 多分、傘をさすのって、戦の時に布陣している陣幕の中の大将くらいか。


 それ以外の武士が雨具として使うのは蓑笠みのかさだ。これ、セットで言ってるだけで上下で別々の物だけどな。頭に円錐形の帽子みたいな笠をかぶり、藁を編んで作られた雨がっぱもどきの蓑を身につける。

 足軽なんかは笠しかかぶらないことも多い。


 そういや、月谷和尚さまに和歌の大切さを教わった時に、蓑にまつわる話を聞いたな。


 今から百年ちょっと前の武人に太田道灌って人がいる。あの江戸城を建てた人だ。


 その道灌が父親を訪ねて、今の豊島区高田あたりの山吹の里ってところに行った時の話なんだけどな。

 突然雨が降ってきたんで、農家で蓑を借りようとしたんだ。そしたら娘が一人出てきて、蓑じゃなくて一輪の山吹の花を差し出したらしい。


 道灌は、蓑を所望したのに花を出してくるとはけしからん、って心の中で怒ったんだけど、後で家臣にその話をしたら。


 それは後拾遺和歌集の「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだになきぞ悲しき」の兼明親王の歌に掛けたものではないか。

 つまり、貧しい暮らしをしているので、蓑(=実の)一つも持っておりません、ということを言いたかったのではないだろうかと指摘された。


 和歌の教養がなかった道灌は自分の無知を恥じて、それ以後は歌道に邁進した、というお話だ。


 だから和歌のお勉強も必要なんですよ、という逸話だな。


 でもちょっと嘘くさいよな。だって普通の農家の娘に後拾遺和歌集が理解できるとは思えん。

 没落した公家の姫ならありか? でもいくら没落した公家っていっても、京から武蔵国までは行かないよなぁ。駿府とか越前は聞いたことがあるんだが。

 それなら没落した武家の娘の方がありそうか。


 けど、やっぱり話が出来過ぎてる気がする。


 そして月谷和尚さまの特訓を受けても、俺には和歌の才能はなかった。うむ。


 そんな感じで、この時代の雨具は笠蓑が一般的なんだが、ただやっぱり濡れる。でもこの季節に雨に濡れるのは勘弁したい。絶対風邪をひく自信がある。


 だって、雨どころか風も凄く冷たいんだぞ。ハイネック下着はまだ製作に手も付けてないしな。そもそも綿が手に入らないとどうしようもない。


 あ、そうだ。信長兄上に頼んでいたワタがどうなったかも聞かないといかんな。圧搾機も完成したのかどうか……試作品だけでもできてればいいんだけど。


 なんて、ちょっと現実逃避気味にそんなことを考えている間に、雨が上がった。


 仕方ない。末森に帰るか。


 ぬかるんだ道を末森に向けて馬を走らせながら、俺はこれからの憂鬱な対面を思う。


 信行兄ちゃんは、今回の件を知らないに違いない。考えれば考えるほど、そう結論づけるしかない。

 そして、一番怪しいのは―――







 末森に戻った俺は、軽く身支度を整えると、信行兄ちゃんに会いに行った。もちろん、千姫から突き返された例の反物を持参している。


「帰ったか、喜六」

「はい兄上。ただ今戻りました」


 平伏した後、顔を上げる。

 そういえば最近、信行兄ちゃんと、ちゃんと話す機会がなかったかもしれんなぁ。反物をもらった時も、手渡されただけですぐ終わったし。


 久しぶりにしっかりと目線を合わせた兄ちゃんは、どこか探るようなまなざしで俺を見ていた。


「千姫の様子はいかがであった?」

「それが、怒られました」

「……何があったのだ?」


 予想外の返事だったのか、信行兄ちゃんの切れ長の目が、驚きに丸くなる。


「こちらを渡しましたら、機嫌を損ねられたようです」

「わしが渡した布ではないか。これが、どうしたのだ?」


 風呂敷をといて中の布を見せると、信行兄ちゃんは、この布のどこに不備があるのかと考える顔になった。そして何かに気がついたのか、ハッと小さく息を飲んだ。


 そうか。やっぱり信行兄ちゃんも源氏の故事を知っていたのか。でも、俺がこの布を渡されたのは知らなかったんだな。


 とするとさ。他に考えられるのはさ。


「兄上。こちらの布は、誰に手配を頼まれたのですか?」

「……いや。すまぬ。わしの手違いであった。喜六には申し訳ないことをしたな。すぐにもっと美しい布を用意させよう」

「いえ。それには及びません。今は怒りも続いておりましょうから、刺激せぬよう、しばらく贈り物は控えたいと思います」

「さようか……」


 信行兄ちゃんはじっと反物を見ていた。視線があちこちに移り、動揺しているのが見て取れる。


「はい。それで、兄上。この布は誰が用意したものなのですか?」

「わしだ。うっかりしておってな。それで―――」

「全てにおいて用意周到な兄上がそのようにうっかりなさることなどあり得ません」

「はは。買いかぶりすぎだ」


 苦笑する兄ちゃんの目をじっと見つめる。

 先に逸らしたのは、信行兄ちゃんだった。


「これを用意したのは……母上ですね?」


 俺の問いに、返事はなかった。


 だからそれが、信行兄ちゃんの答えだった。





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