4 うどんにダシは必要だよね
転生して、織田さんちの八男になって2カ月がたちました。今になってみると、長かったような短かったような気がするな。
とりあえず転生した利点を生かそうと考えた俺のアイデアの数々だけども。
うん。ハゼの実もムクロジの実も、実っていうくらいだからこの季節にはほとんど落ちてなかったんだよ。だからロウソク作りも石鹸作りもまだできてない。
それでも未練がましくロウソクを作りたかったからハゼの実を集めてもらったんだけどさ。中身がちょっとスカスカになってても、油っぽいのが取れればそれで作れるし、作れるのが分かったら今年の秋にはたくさん収穫することもできるし、って思ったんだけどな。
とりあえず拾ってきてもらったハゼの実の油を取ろうとして、そこで挫折しちゃったんだよ。
甘く見てたわ、戦国時代。
油取るのをどうするのかな、って思って見てたらさ。竹筒みたいなのに入れて、棒でつついてつぶしてるんだよ。
ちょ、おま、それじゃいつまでたっても油なんて取れないだろう! って叫ばなかった俺を、誰か褒めてください。
当然のことながら、ロウソクにするほど油は取れなかった。ちくしょう。
農家なアイドル五人組が出てる人気番組の「剛腕でGO」で見る限り、なんか大きなネジみたいな装置を使って圧搾してたような気がするなと思って聞いてみたけど、そんな装置はまだ発明されてないらしい。
とりあえず俺が地面に棒で書いた装置に興味を持ってくれた信長兄上が、誰かに作らせるって言ってくれたから、そのうちなんとかなりそうだけどな。
そうだ。装置ができたら椿油とかも絞りやすくなるんじゃないかな。いやそれよりも、油っていったら菜種油か? なんかあれは雑草みたいなもんだから、すぐ生えてきそうな気がするぞ。
でもって、油がたくさん取れれば、テンプラが作れるんじゃないか!?
衣……は、小麦粉か。麦も確か作ってたよな。じゃあいけるな。ん、待てよ。ツナギに卵がいるんじゃないか?
卵かぁ。この時代って仏教で肉を食べちゃいけないって言われてるから、ほとんど肉を食べないんだよな。鶏肉も食べないから、当然卵を食べる習慣がない。完全栄養食なのにな。何が完全なのかは聞かないでくれ。俺にもよく分からん。
そもそも肉食禁止は、仏教に基づいて昔の天武天皇って人が五畜、つまり牛、馬、犬、猿、鶏は食っちゃいかんという禁止令を出したのが原因らしい。なんでも、牛は田畑を耕すから人間の役に立ってるし、馬は人を乗せて働いて役に立ってるし、犬は番犬で役に立ってるし、鶏は時を知らせる神聖な生き物で、猿は人間に似ているから食べちゃダメだってことなんだけどね。犬と猿は食べなくていいから、あ、馬肉は俺も好きじゃないから食べなくていいけど、牛と鶏は食べてもいいことにしようよって思っちゃうよ。
いつかは食べたい、スキヤキと親子丼。だってこの二つは、日本人のソウルフードだからね。異論は認める。
まあ信長兄上なら、健康にいいってことが分かれば食べてもいいよって言ってくれそうではあるけどさ。
ただ、今の勢力じゃちょっと弱いかなぁ。尾張も統一してないしな。
今のところ、まだ信長兄上は各宗教勢力とも仲良くやってるっぽいし。別にここで坊さんたちにケンカ売ることもないから、もうちょっと大人しくしてるか。それか、こっそり食べるか。うん、そうだ、それがいい。こっそりスキヤキだな。
そして尾張温泉も、蟹江町ってとこにあるらしいから探してもらおうと思ったんだけど、どうもその近くにあるらしい蟹江城ってとこが今年の頭に松平広忠という武将に落とされちゃったらしい。
松平って名前からして、多分、徳川家康の身内で、そんでもって桶狭間以前の家康は今川の味方。つまり、蟹江城を取った松平広忠は今川方ということで。
尾張温泉なのに、今川勢力とか、そりゃないよー! と暴れたくなったのも無理はないと思う。
これはもう、沸かす風呂を開発するしかないのか!?
確か五右衛門風呂っていうのがあるよな。あれだとこの時代でも作れるのかな。だけど周りが鉄じゃ、浴槽に寄りかかれなくてお湯につかった気にならない。いやでも、そこまで釜は熱くならないのかもしれん。下だけ熱いとか。
うむ。これも信長兄上に相談案件だな。
「ところで喜六郎さま、これは何を作ってらっしゃるので?」
そういえば、信長兄上に実験を手伝う人を貸してください、ってお願いしたら、案の定、藤吉郎さんが来たよ。後の世の豊臣秀吉さんですな。足軽として働き始めたばっかりで、暇そうだからってここに寄こされたらしい。
でも顔は猿より鼠に似てるんだよな。ちょっと前歯が出っ歯だし。
「うどんを作ろうと思ってさ」
うどんの作り方はそんなに難しくない。小麦粉にちょっぴり塩を入れた水を入れて、練る。そして練る。ひたすら練る。力がないから足で踏んで練ってもいいんだけど、さすがに口にするものを足で踏みたくはない。
ので、ひたすら手でこねて練る。
俺じゃなくて藤吉郎が。
いやだって、こういう力仕事の時の為に、猿がいるんだよね!? 力仕事とかは任せてもいいよね!
生地をつついて、ちょっと跡が残る程度なのを確かめて練るのを止める。後はちょっと寝かせておくんだったかな。これも例の剛腕でGOで見たんだけどな。
よし、次は汁だ。
この時代、料理を作る時にダシを取るってことがなかったらしい。ダシは取ろうよ、ダシは。うま味が全然違うんだからさ。
とりあえずカツオ節みたいなのはあったから、それを小刀で薄く切ってダシを取った。
本当はシイタケも入れたかったんだけど、驚くなかれ、戦国時代のシイタケはマツタケ並に貴重品だったんだよ。むしろマツタケのほうが廉価品。シイタケなんて前世じゃスーパーで198円くらいで買えたんだけどな。
ん? なんで俺がそんな値段まで知ってるかって? そりゃあアラサーのアパート独り住まいなんだからさ、食費節約の為にたまには自炊くらいしたんだよ。自炊より、牛丼屋にお世話になった方が多いけどな。
でもシイタケかー。栽培方法を知ってれば一気に大金持ちになれたんだけどな。キノコって胞子で増えるんだよな。そういえばなんか切った木を立てかけて、そこにシイタケを栽培してなかったかね? うーん。思い出せん。木に傷でもつければ、胞子が入りやすくなりそうだけどな。
この間、信長兄上と話してる時にそんなことを言ったら、何か誰かにめくばせしてたような気がするけど気のせいだよな? シイタケができなくても俺のせいじゃないからな!
醤油もなかったけど、似たようなのがないかダメ元で聞いてみたら、味噌を作った時に桶の底にできる味噌だまりがあった。目をつぶって食べれば醤油だと思えないこともない。うん。これは醤油だ、醤油。俺がそう決めた。これを使って汁を作ろう。
で、後はうどんを伸ばして切ったらゆでて、できあがりだ。
「おお、これはうまいな。喜六」
信長兄上がお椀に入れたうどんをすすりながら褒めてくれた。忙しいのに末森城まで食べにきてくれたんだ。ありがたいね。
「ほう。味噌だまりがこのようにうまいとは、知りませんでしたな」
信行兄ちゃんも、いつものしかめっ面を返上してにこにこしている。あれだね。おいしいは正義だよね。おいしいものを食べて、兄弟喧嘩とかは忘れるといいよ。
「さすが喜六郎さまですな! このようにうまいものを作られるとは!」
うん。熊は髭の周りの汁をどうにかしようよ。ベタベタになってるぞ。
「ほう。これはなかなか……」
信長兄上のお目付け役兼、毒見役で一緒に来た、丹羽長秀がお椀に残った汁をズズズと全部飲み切った。うんうん。ダシの効いたつゆはおいしいよね。
今回の力労働の報酬として、藤吉郎も端っこのほうでうどんを食べてる。他のお目付け役の人たちは量が足りなくて食べれてないから、凄く恨みのこもった目で見られてるけど、気にしないで黙々と食べてる。……肝の据わり方が、さすが秀吉だね。
「これで鴨とネギ入れたら最高だなぁ……」
おつゆを飲みながらそう言うと、信長兄上が反応した。
「ほう。そんなにうまいか」
「鴨のダシが出ますからね~。蕎麦でもいいなぁ。こう、ツルツルっと食べて」
「……蕎麦もこのうどんのように食すか」
「もっと細く切りますけどね。基本は同じですね」
「して、喜六郎はどこでそれを食したのだ」
ズズズと最後のつゆの一滴を飲み干したままの状態で俺は固まった。
もしかしたらいつかその質問がくるかもしれないって思ってはいたけど。まさかおいしいもの食べて気の抜けたこのタイミングでくるとか思わなかったよ!
信長、こええええええ。
でもなんて答えればいいんだ。
えーと、あれだ。前世の記憶だ。
だけど時間的には未来になるんだよな。ってことは前世じゃないのか!?
ああ、でも信長兄上はずっと俺の事をおかしいと思ってたんだろうな。死にかけてから、いきなり変わったことをやりはじめたからな。
でもこれ、正直に話しても、下手すると怨霊が憑りついたとか言われないか。いや確実に言われるな。
ええい。ままよ!
俺はうどんの入っていた椀を置くと、信長兄上の顔を真っすぐに見た。
「胡蝶の夢を見ました」
「ほう。では喜六はどんな一生を送ったのじゃ」
「平凡な一生でございました。ただ、ここにはない物もたくさんありました」
「このうどんのように、か?」
「はい」
「そこでは民の暮らしはどうじゃった?」
「戦も、飢えもない暮らしでした」
世界のどこかで戦争はあったけど、日本では第二次世界大戦の後は戦争はなかった。だから平和な暮らしを送れていたんだけどな。
戦さをするのが当たり前のこの時代にいると、それがどんなにありがたかったことか、本当によく分かる。
「戦も、飢えもない暮らし、か」
「はい。ですから、兄上がそんな世の中を作ってください」
「……わしが、か?」
信長兄上だけじゃなくて、信行兄ちゃんも目を見開いて驚いている。
でも俺は知ってる。知ってるんだよ。
志なかばで倒れたけど、織田信長は戦のない世の中を目指して戦国を駆け抜けるんだ。
だからさ、だから俺は。
「そのためにも、この喜六郎。全身全霊をもって、兄上のお力になりたいと思っております」
「喜六よ……」
頭を床につけるほどに下げてそう言うと、信長兄上が感極まったように俺の名前を呼んだ。
うん。でも感動するのはもうちょっと待ってね。
「あ、できれば戦働きではなく、内政でお力になりたいです」
俺は現代っこだからね。あ、未来っこなのか? ともかく、人を殺すのも殺されるのも嫌だな~なんて……あ、そうですよね。許されませんよね。信長兄上だけじゃなく、信行兄ちゃんも何言ってるんだってあきれ顔で俺を見てる。
「このうつけめ。わしの力になりたいと思うなら、槍働きでも役に立て」
わーお。日本一有名なうつけサマにうつけ呼ばわりされちゃったよ。なんかちょっと嬉しいね。
「善処します……」
信行兄ちゃんとか丹羽長秀の苦笑が聞こえる、ある意味和やかな試食会を終えて、俺はなんとか戦に行かないで済む方法を考えないとなぁなんて、戦国時代の武家の男としては失格もののことを考えていた。
この時代の蕎麦は蕎麦掻という餅状にして食べるのが普通でした。うどんはあったけど、ダシを取る、という習慣はなかったようです。うどんも食べられるようになった初めの頃なのかな。
皆さんご存知だと思いますが、松平広忠は家康のお父さんです。
毒見を前田利家くんにしなかったのは、わんこを毒見にするとうるささそうだなーと思ったからです。でも一応ついてきてます。秀吉が食べるのを恨めしそうに食べてる人の中に入ってます。
調べれば調べるほど分からなくなりそうなので、必殺これはファンタジーです、を召喚します。