31 善は急げ
「一番良いのは、城に諏訪大社の分社をお招きすることですな。諏訪大社では狩猟の神である千鹿頭神をお祀りしておりますので、神に捧げたものを頂くことができます」
まっこと、鹿肉はうまかったですのう、ふぉっふぉっふぉ、って。和尚さま、坊主のくせに肉食ってるんじゃないか。
神に捧げる供物とか、僧侶に渡すお布施として渡されたお肉は、僧籍にあっても食べることができるんだそうだ。なるほどな~。やっぱり抜け道があるもんなんだなぁ。
「末森に諏訪大社さまを招くといっても、信行兄上の許可がいりますね」
信行兄ちゃん、OKしてくれるかなぁ。肉食は禁じられているから、そこまでして食べなくても良いではないかとか言われそう。うん。絶対言われるな。予想できちゃうところが悲しい。
信長兄上なら許可してくれそうだけど。それでもって、毎日お肉食べてそうだけど。
一度、兄上に相談してみるといいのかもしれんね。腐葉土とか硝石なんかも作りたいしな。作りたいものリストをちゃんと書いておかないと忘れそうだ。
その季節じゃないと作れない物もあるしなぁ。あと、作る前に、使う道具を作成しとかないとダメとかな。
よし。善は急げだ。これから行くか。
俺はムクロジの実と、絹の巾着を持って信長兄上に会いに行くことにした。まあ、イタチ似の玄久がいるから大丈夫だろ。
最近、熊は忙しいらしくてあんまりお供はしてくれないんだよな。うるさいのがいなくて、いいと言えばいいんだけど、いなきゃいないで、ちょっと静かすぎる気がするな。
玄久は基本的に無口であんまり存在感がないから特にそう思うのかもしれんけど。
「和尚さま。これから清須に行って参ります!」
「……末森ではなく、ですかな」
「はい。神社をお招きするなら、信長兄上にお頼みするのが一番だと思いますので」
「確かにそうでありましょうなぁ」
ですよねー。
あの二人の性格を考えると、どっちに頼んだ方が効果的か分かりますよね~。
思わず、月谷和尚さまと顔を見合わせる。同時に、くすっっと笑った。
「若君も、思い立ったらすぐに行動なさるところは、信長様にそっくりですのぅ」
「善は急げ、時は金なりと言いますからね!」
「時は金なり……? はて。そのような故事はありましたかの?」
「では、今から行って参りますね!」
時は金なり、ってことわざ。まだこの時代にはなかったか。しまったな。ことわざだと、昔からあるもんだと思うけど、結構今の時代より後に生まれたことわざも多いんだよな。
外堀を埋める、なんてことわざは、秀吉が死んだ後、大阪冬の陣の戦の後に大阪城の外堀を埋めて、次の大阪夏の陣の戦の時に攻めやすくしてるのが語源だ。だから、うーんと、今から何年後に生まれることわざなんだろう。分からんな。
一度、熊と話してた時に使って、意味が通じなくて焦ったんだよな。適当に誤魔化したけどさ。熊が単純で良かったよ。
後でことわざの由来を思い出したんだよな。危ないとこだった。
俺はこれ以上ボロを出さないように、慌てて月谷和尚さまの前から退散した。
俺が乗るのは、いつも俺を乗せてくれているあの牝馬だ。名前もつけたんだぞ。花子だ。可愛いだろう。
清須城まではちょっと距離があるけど、馬に乗ってるから楽ちんだな。
それより寒くなってきた方が問題だよ。北風びゅーびゅー吹いてる中を馬で走るのって、ちょっと勘弁だ。着物って胸元が開いてるから、風が入って寒いんだよな。タートルネックって偉大だったんだな。それか、あったかハイテク下着が欲しい。
綿が量産されたらタートルネックは作れそうだな。着物の下に着れば良さそうだ。
「そういえば、勝家殿は最近お忙しいのでしょうか」
無口な玄久くんに聞いてみる。清須までずっと無言っていうのも悲しいじゃないか。主に俺が。
「さようでござりまするな。勝家様はここのところ、清須に呼ばれておりまして……本日も信長様の御用で登城されておられます」
最近姿を見せないと思ってたら、信長兄上にこき使われてたのか……
っていうか、熊を俺の傅役にしたのって信長兄上なのに、なんで勝手に熊をこき使ってるんだろう。俺のお守りっていう大役を全然果たせてないじゃんか。
「では清須に行けば、会えますね」
「きっと勝家様も大層お喜びになられることでござりましょう」
だろうなぁ。きっと暑苦しく、喜六郎さまっ、とか叫ぶんだろうなぁ。
でも最近聞いてないから、ちょっとくらいは許してやろう。
ああ、熊の好きな昆布のおにぎりでも持ってきてやれば良かったな。
そのうち諏訪神社の招聘が成功したら、照り焼きチキンでもご馳走してやろうかな。俺っていいご主人さまだよなぁ。
時は金なりのことわざは、アメリカ合衆国の政治家である、ベンジャミン・フランクリンの『Time is money』が出典。100ドル札に顔が載ってます。




