30 肥料とニワトリ
「ふぉっふぉっふぉ。若君はまた何か新しい物でも考えておられるのかな」
おもしろそうに笑う月谷和尚さまは、もしかして俺の考えが読めるんじゃないだろうか。冗談だとも言い切れないところがあるんだよなぁ。
「いえ……落ち葉で肥料を作ったら、米の収穫が増えるのかなと考えておりました」
手押しポンプが欲しいけど、実用化はまだ先だろうしな。ロウソク作りも迂闊に喋れん。ここだと誰の目があるか分からないし、那古野の名産にしたいからなぁ。
ロウソクって高級品なんだよ。でもってほぼ明からの輸入に頼ってたから、勘合貿易ができなくなってる今は、なかなか手に入れるのが難しい状況だ。
四年前に長門国、現代の山口県の守護大名の大内氏が勘合貿易をやってたんだけどさ。謀反にあって滅亡しちゃったんだよな。一応大友から養子にきた大友晴英改め、大内左京太夫八郎義長が跡を継いでるけど、実権は謀反を起こした陶晴賢が握ってるから、ちゃんとした大内の一族は残ってないんだ。
明側も、大内義長を大内の後継だって認めてないから勘合貿易はしないって言ってるしな。
この謀反は、当主の大内義隆が文知派を重用して武闘派を軽んじたから起こったんだって言われてるそうだ。
月谷和尚さまに、文治武闘の両派を偏りなく用いなければなりませんぞ、って話の具体例で教わったんだけどな。
だから今は正式な勘合貿易の権利を持ってる大内氏が滅んじゃってて、勘合貿易ができなくなっちゃってる状況だ。さっさと朝廷なり幕府なりが新しい権利を誰かに任命すればいいんだけど、日本だけじゃなくて明の許可もいるからっていうんで、なかなか話が進まないらしい。
早いとこ貿易が復活してくれるといいんだけどな。
「ふむふむ。肥料とな。それは草肥や灰肥とは違うのかな?」
「そうですね。発酵させるので、より栄養が含まれるかと思います」
「それは試してみると良さそうですなぁ」
月谷和尚さまも、効果が現れそうなそれにふむふむと頷いている。
窒素を含む草肥は枯草をそのまま肥料にしたもので、カリウムを含む灰肥は枯草を灰にして田畑に撒く肥料だ。
俺が作ろうとしている腐葉土の肥料は、落ち葉を発酵させるんで、草肥よりも窒素がたくさん含まれる。
ちなみに「剛腕でGO」の知識だけど、基本的に、窒素は葉を育て、リン酸は花を育て、カリウムは根を育てるらしい。
米は何だろうな。実だよな、あれって。
だけど肥料としてもっと優秀なのはニワトリの糞だ。あれだと窒素もリン酸もカリウムも含まれてるからな。
肉食は禁じられてるけど、鶏肉食いたいなぁ。照り焼きチキンとか、うまいよなぁ。
ニワトリ禁止でも、時を告げないメスなら仏教的にセーフにならんかね?
卵も、あれって無精卵だから孵らないんだよな。だからそれを説明して、食べてもいいよってことにはならないだろうか。
一向宗なら肉食もOKだけど、あいつら一揆でヤバイからな。あんまり近寄りたくないんだよな。
いやでもちょっと待てよ。肉食がダメなのって僧侶だけじゃないのか? 普通の人も駄目だったっけ? あ、いや。天武天皇のお触れで禁止されてるけど、それ以前は大丈夫だったんじゃないのか?
ダメ元で月谷和尚さまに聞いてみると、ちょっと待っていなさいと言って、和尚さまは庵へと戻っていった。
帰ってきた和尚さまは、かなり古い書物を手にしていた。
へえ。日本書紀か。日本史の授業で習ったなぁ。この時代でも習うもんなんだな。
「若君。ここをご覧なされ」
言われたところを見てみる。
庚寅、詔諸国曰「自今以後、制諸漁獵者、莫造檻穽及施機槍等之類。亦、四月朔以後九月卅日以前、莫置比彌沙伎理・梁。且、莫食牛馬犬猨鶏之宍。以外不在禁例。若有犯者罪之。」
と、書いてある。
これは天武天皇の詔の原文か。うん。この時代は漢詩だもんな。崩しちゃって何が書いてあるんだがほとんど暗号の解読に近い仮名文字混じりより読みやすいけど、これはこれで解読が必要だよな。
うーん。文書の統一も必要だよなぁ。仮名文字も、たとえば「あ」っていう字が「阿」に近かったり「あ」に近かったり、書く人によって文字の形が違うんだよ。それに紙のサイズも統一されてないから保管も綺麗にできないしな。
現代のA4に近い紙だと寸法はいくつだろうな。今度計ってみよう。
えーと、それで、この漢詩は何て読むんだ?
かのえとら、ああ、17日ってことだな。かのえとらに、しょこくにみことのりしていわく。
ふむふむ。
つまり、魚の漁をしたり獣の猟をする人は罠を設置しちゃいかん。4月1日から9月30日より前に漁とか猟はしちゃいかん。牛・馬・犬・猿・鶏の肉は食べるな。食べたら罪になるぞ。ってことだな。
ん? ってことは、4月1日から9月30日は肉を食べちゃダメだけど、それ以外の日は食べてもOKってことかな。
いや待て。この食べちゃいけない肉っていうのが牛・馬・犬・猿・鶏とも読めるな。そうすると、猪とか鹿はその肉の中に含まれないから、いつでも食べていいんじゃないかな。猪も鹿も、農民にとっては害獣だしな。
そう月谷和尚さまに言ってみると、ふむふむと頷いた。
「御仏の教えからいたしますと、肉食は禁じるべきものではありますが、猪や鹿などは農民たちに害をなしますからな。退治されて致し方ありますまい。退治した結果、その肉を腐らせるほうが御仏の教えに背くことでしょうなぁ。むしろ、前世の因縁で宿業の尽きた生き物は、放っておいても長くは生きられない定めにあるのではないですかな。したがって人の身に入って死んでこそ、人と同化して成仏することができるのではないでしょうかな」
そ、それって猪と鹿なら食べてもいいってこと?!
ジビエ、カモーン!
大内の謀反を起こした陶晴賢はかつては美少年で大内義隆の寵童として重用されたそうです。
そして義隆が陶隆房を寵愛していた頃、馬で五時間もかけて会いに行ったが、隆房が深く眠っていたために和歌を残し帰還したという話があるそうです。
一説に、この謀反は寵愛が薄れたのが原因の、ホモの痴話げんかという話も……
そんなんで滅んだのか、大内氏……
天武天皇の詔の引用は「日本書紀」から。




