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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄三年

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235 閑話・千秋季忠 志

ぼたもち様に頂いた大高城、鳴海城、及び周辺の砦の地図を載せさせて頂いております。

ぼたもち様、いつもありがとうございます。

挿絵(By みてみん)


 評定の間に集められたのは、先日と同じ、大高城を囲む砦を守る五人であった。みな、表面上は平静を装っているが、顔色が悪い。


「義元自ら軍を率いてくるとなれば、大軍であるのは必至。さて、いかがする?」


 口を開いた秀敏様に、信長様は腕を組んだまま答えようとはしない。だがそのまなざしは鋭さを失っておらず、身の内で闘志を燃やしているのが見て取れた。


 おそらく、信長様には我らには見えぬ勝機が、見えていらっしゃるのだろう。


「こちらにぎりぎりまで誘いこみ、限界まで引きつけよ。敵の油断を誘う」

「果たして、油断するかの?」

「……砦を五つ、くれてやれば良い」


 なるほど……。

 元々、大高城を砦で囲んで兵糧攻めにした時から、今川が後詰に来るのは分かっていた事だ。まさか義元自らが軍勢を率いてやってくるとは思わなかったが、それでも大高城を解放すれば今川の目的は達せられると言っても良い。


 激しい抵抗を見せつけられて、その(じつ)五つの砦を簡単に落とすことができれば、確かに油断する可能性はある。


 だが……本当に、あの今川が油断などするものだろうか?


 その不安は、私だけが抱いたものではなかった。信長様が退席した後に、残された五人で交わす言葉はどれも重い。


「殿には勝算が御有りなのだろうか?」


 佐久間盛重殿の言葉に、秀敏様が軽く首を振る。


「さて。どうじゃろうな。あまり腹の内を見せぬゆえ、儂にも分からぬ」

「さようか……」


 考えこむ盛重殿の背を、秀敏様は軽く叩いた。


「いざとなれば、この老いぼれの命をかけてでも今川を食い止めれば良い」

「秀敏様は織田の長老として殿を見守るお役目がございましょう」

「なに。殿も立派に成長なさった。それに殿を支える信喜様もおられるゆえな。儂がいなくても心配はいらぬ」

「――最後に大役を果たされるか。では儂もお供つかまつりましょう」

「おう。共に見事な花を咲かせてやろうぞ」


 そこで秀敏様は私と政次を見た。


「だがお主たちは早まってはいかん。これからもずっと殿のお役に立たねばならぬからな」


 顔を見合わせた私たちは、秀敏様と盛重殿の言葉の重さに、深く頭を下げて敬意を表した。





 そして永禄三年五月十八日。

 今川の大軍が、ついに尾張領内へと侵入してきた。


「殿! もう持ちませぬ。退却のご合図を!」


 その、圧倒的な兵力に……砦を守る尾張勢は、なすすべもなく蹂躙される。

 敵を引きつけよとの言葉通りに、始めから砦にこもって戦っているが、それでも数の差はいかんともしがたい。


 そろそろ限界か。


「善照寺まで退くぞ! 遅れるな!」


 もう少し戦えると思っていた。

 もっと今川の兵を減らせると思っていた。


 だが予想以上に今川の兵が多い。

 それに向山砦の水野信元が寝返ったのが痛い。対今川の重要な砦を任せられたというのに裏切るとは、なんという不忠義者だ。

 これでは――


「鷲津と丸根が燃えております!」


 大高城の向こうから、黒い煙が二本、空高くへと昇っている。


 ――落ちたか……。


 あの様子では、おそらく全滅であろう。

 秀敏様と盛重殿の最期を思い、瞑目する。


 そこへ、正光寺砦を守っていた佐々政次が合流する。


「季忠、無事であったか!」

「お主もな。だが……」


 言葉を濁すと、政次も立ち昇る煙に気がつき、目をすがめる。


「ひとまず、善照寺砦へ向かおう」

「承知した」


 地元の者しか知らぬような細い道を通って、急ぎ善照寺砦へと向かう。


 するとそこには信長様の信頼の篤い岩室重休殿がいた。姉上が先代の殿のご側室だったこともあり、小姓たちの中でも一番信頼されている。


「千秋殿、佐々殿、ご無事でしたか!」

「殿は近くに参られたのか!?」

「ただ今、熱田からこちらに向かわれております」


 いくら後詰の要請を送っても返事がないゆえ、家臣たちはこのまま清須で籠城して我らを見捨てるつもりなのではないかと騒いでいたが、これでそうではなかったことが分かるであろう。


 おそらく信長様は、我らが砦を捨てて善照寺まで下がっているのだと思われているはずだ。だが……。


「お伝え申し上げます! 鷲津砦の織田秀敏様と丸根砦の佐久間盛重殿、砦より攻め出て、お討ち死になさりました!」


 伝令が二人の死を伝える。岩室殿は一瞬大きく目を開いたが、すぐに動揺を抑える。


「すぐに殿が参られますゆえ、お二方にはしばらくこちらでお待ちください」


 だが、私は政次と目を合わせ、互いの意思を確認しあう。

 そこには、私と同じ覚悟を決めた男がいる。


「さて。この首一つで、どれほど今川を翻弄できるであろうか」


 己の首をさする。

 これでも熱田神社の大宮司の身。決して安くはあるまい。


 それに――


「今ここで退けば、あの今川の事、(はかりごと)だと見破るかもしれん」

「お待ちください千秋殿。殿が無駄死にをしてはならぬとおっしゃっていたではありませんか!」


 慌てて引き留めようとする岩室殿が、肩を掴む。

 なだめるように、その手をそっとはずした。


「無駄死に? ……そうかもしれぬ」


 自然と笑みがこぼれる。

 岩室殿には分からぬのかもしれない。

 だが、私には分かる。父が、兄が、熱田を守って散っていった者たちが教えてくれる。


「そこに、(こころざし)がなければな」


 ――そうだ。

 死してなお、私は熱田を守護する者となろう。


 春には熱田の桜を咲かせ、夏には湊の波を揺らし。秋には木々の葉を色づかせ、冬には熱田の地を全て白く染め上げるのだ。


 そうして……。


 未来永劫、熱田を、尾張を、ずっと守ってゆく。


 ああ、それはなんと心躍ることか。

 決して無駄死になどでは、ない。


「千秋様がいらっしゃらなければ、熱田は、千秋家はどうなるのですか。もうすぐお子がお生まれになるとも聞いております。どうか……どうか、お考え直しください!」

「信念に基づいた志があれば、決して無駄死になどにはなるまいよ。……そしてその志はな、例えこの身が滅んでも、遺志を継いでくれる者がきっと現れる。なあ政次、お主もそう思わぬか?」


 愚直なまでに尾張のために戦う男は、振り向きもせずに答えた。


「――愚問だな」


 変わらぬ政次の態度に思わず苦笑する。


 この男と一緒ならば、最後の舞台を立派に務めあげられるであろう。

 さあ、友よ。行こうか。

 これが我らの、最後の花道じゃ。


「では、参ろうか!」


 殿、信喜様。


 後はお二人にお任せいたしますぞ!



神職の方が亡くなると、その地の神様になるそうです。

熱田神宮の宮司さんにお聞きしました。


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