232 汚名を雪ぐ
それにしても、これだけの兵が集まってきてるってことは、義秀殿は凄く慕われているんだなぁ。
強敵である今川と戦うっていうのに、ただ単に義秀殿が本来は六角家を継ぐはずだったってだけじゃ、こんなに集まってこないはずだ。
そう思いながら六角家の兵たちに目をやると、またもや参戦してくる者たちがやってきたようだ。
けれども、先頭に立つ者の前立てを見て、俺は固まる。
前立てに描かれた、中央に三枚の笹とその周りを囲むような六枚の笹。――九枚笹の紋だ。
その紋を持つ家は――
「なぜここに……美濃に、帰られたのではないのですか?」
「なぜとは、また心外な。友の窮地に駆けつけずに、どうして真の友と名乗れるのでしょうか?」
「半兵衛殿……」
「この竹中半兵衛。織田家の客将として受けた恩義を返さんと参戦いたしました。わずか五十の寡兵ではありますが、わずかなりともお力になりたいと思います」
ニコリと柔和な顔がほころぶ。
「でも菩提山城へお戻りになるのではなかったのですか?」
「またお会いする約束をしたではありませんか」
そりゃあ、確かに約束したよ?
でも、今川との戦いに勝ち目はないって言ってたじゃないか。だからてっきりあれが、今生の別れだと思ってた。
なのに……。
「竹中家として援軍を呼ぶことができず申し訳ございませぬ。が、ここで友を見捨てては竹中家末代までの恥となりましょう。信長様、どうか我らの参陣をお許しください」
そう言って頭を下げる半兵衛に頷いた信長兄上は、ポンと俺の肩を叩いた。
「よき友を持ったな」
「――真の友ですから」
「ふっ。言いおるわ」
そして兵たちに向き直った信長兄上はよく通る声で鼓舞する。
「者ども。六角義秀殿には遠く近江より忠義の者が駆けつけ、我が弟の信喜には美濃より友が馳せ参じた。さあ、我らもここで尾張の兵の心意気を見せてやろうぞ!」
「もちろんですとも! 我らの武勇を、今川に見せつけてくれようではないか!」
熊がわっはっはと豪快に笑いながら槍を天に掲げると、それに呼応して兵たちも槍を掲げる。
全軍の士気が上がったところで、進軍を始めた。
目指すは――桶狭間。
熱田を出てすぐの所に、上知我麻神社がある。そこを通り抜けようとすると東の山の方で煙が上がっているのが見えた。
「あれは……鷲津と丸根の砦ではなかろうか」
目をすがめて隣で騎乗している熊が呟く。
鷲津と丸根っていうと、秀敏大叔父さんと佐久間盛重殿が守ってるところだ。……確か、千秋殿がギリギリまで敵を引きつける役目を引き受けてるって言ってたけど、ちゃんと逃げ出せたかな。
「殿、私は一足先に様子を見て参ります」
「うむ」
岩室殿がそう言って、十騎ほどで東へと向かう。
それを見送った信長兄上は、後ろにいる林秀貞を呼んだ。
「秀貞、海沿いの道はどうだ?」
「まだ潮が引いておりませぬゆえ、馬が足を取られてしまうでしょう」
「街道沿いに行くしかないか」
低く唸った信長兄上は、全軍に指示を出す。
「これより丹下砦へ向かい、その後、善照寺砦へと向かう! 遅れるな!」
普通の行軍なら、前軍・中軍・後軍に分かれて進むけど、迅速を良しとする信長兄上はそのセオリーを無視して自分が先頭に立って突っ走ることが多い。
でも、ここのところそんな行軍ばかりだったから、兵たちも特に慌てずに信長兄上に続いている。
思えば品野城の戦いの頃から、信長兄上は迅速な行軍の練習をしていたのかもしれない。
一見、破天荒に見えるけど、実は信長兄上の采配は細かい。常に先を見据えて、布石を打っておくことを忘れないんだ。
もう少しで丹下の砦に到着するという時。
道をふさぐように、騎乗した一人の若武者が現れた。その手に持った槍は、騎乗した男の高さの倍以上も長い。
「全軍、止まれ!」
信長兄上の声を合図として、若武者が手にした槍を振り回し始めた。
まるで演武のような動きは、大胆でありながら流麗だ。
あれほどの長さの槍を軽々と振り回すだけでも大変なのに、これほどまでに易々と使いこなせる者は中々いない。というより、俺が知る限り、一人だけだ。
「利家! 何をしに参った!」
そう。駄犬とも忠犬とも呼ばれる、前田利家だ。
……うん。まさかこんなに派手な登場をするとは思わなかったよ。
「殿! 首を持って参りました!」
麻縄で作られた首袋から生首を取り出した利家は、意気揚々とそれを掲げた。
――え。どこで戦ってきたんだ!?
「利家か。何用だ」
「斉藤忠良を討ち取って参りました!」
褒めて褒めてと言わんばかりの利家に、信長兄上はため息をついた。
「お前はこのような場所で、一人で何をしておる」
「殿の一大事というのに、この利家が駆けつけぬわけがありませぬ! それに功を立てるには、自分一人でも十分でありましょう。むしろ弱い犬ほど群れたがると申しますからな。はっはっは」
いや、信長兄上が言いたいのはそういう事じゃないと思うけど。
そして朗らかな利家が持ってるのが生首なのが……うう……。
「もう好きにせい」
「その言葉、お待ちしておりました! この前田利家、殿のために手柄を立てて参ります!」
生首をしまった利家は、身を翻して駆けていく。
……このまま一人で戦場に向かうんだろうか。
向かうんだろうな、きっと。
相変わらず、ブレない駄犬ぶりだけど……でもその武勇は確かに本物だ。たった一人で敵の首を獲ってきちゃうんだからな。
がんばって手柄を立てて、そして信長兄上の元に帰参できるといいな!
当時の上知我麻神社は熱田神宮より南へ200メートルほど離れた場所にあったそうです。
今は熱田神宮の正門の左手にあります。




