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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄三年

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228 感慨

 俺は拾った竹筒を着物のたもとに入れて、一旦退席することにした。

 部屋の入口で待っていたタロとジロと合流すると、後ろから熊が追いついてきた。ひとまず一緒に、清須に用意されている部屋へ向かうことにする。


 パタン、と音を立てて襖を閉めると、肩の力が抜けて思わずため息が漏れた。

 どうやら凄く緊張していたらしい。


 とりあえず何か飲むものと、それから軽食でも持ってきてもらおう。今は昼九つ――つまりちょうど正午だからな。腹が減っては戦はできぬ、だ。


「タロ」

「はっ」

「煎茶と、それから何か軽く食べられる物をお願いします」

「はっ」


 タロはジロに目くばせすると、台所へと向かった。双子だからね、視線だけで俺には分からん会話をしたのかもしれん。


 俺は熊に座布団を勧める。この座布団は那古野布団と同じように、パッチワーク形式で作られている優れものだ。

 一応、この時代にも円座っていう、藁でできた縄をコースター状に丸くして作った座布団があるけど、硬いからずっと座ってるとお尻が痛くなるんで、現代と同じような形式の座布団を作ってもらったんだ。


「そういえば市姉さまの具合はいかがですか?」

「そろそろ産み月になりましたので動くのが大変な様子ですが、おかげさまで元気にしております」


 この間会った時はまだそれほどお腹が大きくなったようには思わなかったけどな。着物だとよく分からないからな。

 それにしても市姉さまが出産かぁ。感慨深いよな。しかも熊との子。

 前にも思ったけど、できれば市姉さまに似るといいんだけどな。


 いやまあ、熊も性格はいいんだよ、性格は。


 うん。元気な子が生まれてくれば、それでいいな。


産屋(うぶや)も建ちましたし、後は無事に生まれてくるのを祈るばかりですな!」


 産屋っていうのは、お産をするために建てられた小屋だ。

 お産の時って凄く出血するから、血は穢れにあたるってこの時代の考えだと、隔離すべきものらしい。


 それに【血の穢れが火を通して移る】って考えられてたから、食事も別に作らないといけない。水も使っちゃいけないって聞いた時には、そんなことしてるから、お産直後の女の人とか乳幼児の死亡率が高くなっちゃうんだろ! って叫んじゃったよ。


 しかもこの時代のお産は座って産むんだ。天上からつるされた【力綱】って呼ばれる縄を握っていきむらしい。

 絶対にそれより、ラマーズ法のほうが効果があると思う。


 それにお産の後、七日間は眠っちゃいけないとか、拷問に近いだろ!? そこはゆっくり休ませてあげないとダメだ。

 えーっと、確か元気になるまで一カ月くらい必要なんだっけ。


 ちょうど去年の十月ごろに信長兄上の側室の吉乃さんが出産だったからさ、産屋はともかくラマーズ法と出産後の睡眠は提案した。


 そしたらいつも産後はひどく体調を崩す吉乃さんが今回の出産ではそこまで寝こまなかったらしくて、珍しく信長兄上に誉められた。


 もちろん熊にもその事は伝えてあるから、市姉さまの出産も、少しは楽になるんじゃないかと思う。


「ええ。お子が生まれたら必ずお祝いに行きますね。市姉さまにもたっぷり栄養のある食事を摂っていただかないと」

「それがしからも、よろしくお頼み申し上げまする。いや、それがしも信喜様の料理は楽しみですなぁ」


 わっはっは、と笑う熊に、これから始まる戦への不安のようなものは全く見られない。やっぱり戦慣れしているからだろうかと思って聞いてみたら、意外な返事が返ってきた。


「その……。うまく言えないのですが、殿ならなんとかしてしまうのではなかろうかと思ってしまうのでござります」

「信長兄上なら、ですか?」

「ええ。お側にいるようになりましてから、だいぶ殿のご気性にも慣れてまいりまして。殿はその……あまりご自分のお考えをお話になることはござらぬが、その采配は真に的確だと思いまする」


 うんうん。確かに信長兄上は言葉が足りなさすぎるよね。もう少し自分の考えを相手に伝えればいいと思うんだけど、あれはもう性格だろうし治らないような気がするなぁ。


「ですから――」


 と、熊は続けた。


「ですから、どうにもならぬ戦いを、どうにかしてしまうのが殿ではないかと思うのでござります」


 俺はちょっと感動して熊を見つめた。


 熊――お前、ちゃんと信長兄上のことを分かってくれてるんだな。

 そんな人間が、あの忠義に篤い柴田勝家で、しかも市姉さまのだんなさんで本当に良かった。


「そうですね。私も……そう思います」


 熊が、ニカッと歯を見せて笑う。

 俺もそれに笑顔を返した。


「信喜様。戻りました」


 お茶とおにぎりを持って戻ってきたタロの後ろに、鵜飼殿の姿があった。

 何かあったんだろうか。


「鵜飼殿、どうしましたか?」

「今川方の先鋒、瀬名氏俊が桶狭間神明社へ戦勝を祈願し、酒樽を奉納したとの知らせを受けました」

「桶狭間神明社……。そうですか。信長兄上に報告は?」

「はっ。既に」

「分かりました。引き続き、今川の様子を探ってください」

「はっ」


 やはり、決戦は桶狭間になるのか。


 桶狭間の戦い。――なんとしても、勝ちたい。

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