213 良薬は口に苦し
そして最後に出すのはほうじ茶だ。
煎茶を出そうかとも思ってたんだけど、食後はさっぱりしたほうじ茶の方が合うからな。
最初、信長兄上に出した時は「なんだこの馬の尿のような茶は」って言われたけど、飲めばおいしいのが分かるからね。
義秀殿も、出されたお茶を怪訝そうに見つめる。俺は少し緊張しながら、改まって説明をした。
「それは茶葉を焙じて作ったお茶にございます。香ばしい香りをお楽しみください」
煎茶を火で炒って作るほうじ茶はその香りが独特だけど、普通のお茶よりも苦みが少なくてあっさりした味が特徴だ。だから食事の後には、ほうじ茶の方が胃もたれしないんだよな。
熱いほうじ茶を味わって飲んだ義秀殿は、ふうと息を吐いて湯飲みを置いた。
「うぅむ」
義秀殿がまた唸る。
これは通訳がいなくても分かるぞ。満足したって唸り声だな。
「ご満足、頂けましたかな?」
信長兄上がそう聞くと、義秀殿は軽く頷いた。
「このところ体調の優れぬ日が多く、こうしてゆっくり食事を楽しめたのはいつ以来であっただろうか」
「本日の食事は、全てこの信喜が考えました」
「ほう」
義秀殿が感心したような顔で俺を見た。
「それがしはこれまで、宴のもてなしにおいて最も勝る者は今井宗久殿を置いて他にないと思うておった。……それゆえ、失礼ながら、京から遠く離れた尾張でこのような心づくしのもてなしを受けるとは夢にも思いは、せなんだ。非常に満足いたしました」
今井宗久っていうのは、茶道の先駆者である武野紹鴎の娘婿で茶人としても名高い堺の商人だ。千利休とも同門になるけど、この時代だと利休よりも今井宗久の方が茶人としては格が上だ。
そして選ばれた者だけが招かれる夕餉では、絢爛豪華でありながら趣向を凝らしたもてなしをうけるのだという噂だ。
もちろん、これはおもてなし会議の時に明智のみっちゃんから伝え聞いた話だけれど。
そして義秀殿はどこか羨ましそうに信長兄上のほうへ顔を向ける。
「信長殿は、良き弟御をお持ちですな」
「自慢の弟ですゆえ」
「良き、もてなしであった」
もう一度俺と目を合わせた義秀殿は、礼を言うかのように軽く頭を下げてくれた。
「は~ぁ」
やっぱり家が一番だな~。気が抜けるというか、安心するっていうか。
そして美和ちゃんの笑顔で疲れが癒されます。うむ。
「大役、ご苦労様です」
美和ちゃんが手ずから入れてくれた煎茶を頂く。
愛情たっぷりだからか、格別においしい。
「なんとか、無事に終わりました」
「それはよろしゅうございましたわね」
美和ちゃんがにっこり笑う。たれ目がかわいい。
食事も気にいってもらえたみたいだしなぁ。あの今井宗久に引けを取らないもてなしを受けたなんて言われたら、そりゃぁ嬉しいよね。
でも義秀殿は病弱っていうわりには結構食べてたよなぁ。胃腸系が悪いわけじゃないってことかね。分からんなぁ。
「私も食べすぎて、少し胃がもたれました」
冗談めかして胃をさすると、美和ちゃんが顔色を変える。
「それはいけません! ささ、こちらを用意してありますのでお飲みください」
さっと懐から紙の包みを出す。
うげ。あれは!?
「あ、いや。大丈夫です。もう治りました」
とっさに言ったけど。
「嘘は駄目です。さあ」
しまったぁぁぁ。これが後の祭りってことか!
ズイっと出されたのは黒い丸薬だ。名前を陀羅尼助丸と言う。
うわぁ。これ凄く苦いから、飲みたくないんだよな。
つい緊張が解けたせいでお腹をさすった俺が悪いんだけど、飲みたくないものは飲みたくない。
「そんな顔をしても駄目です」
美和ちゃんはさらに薬を勧めてくる。
陀羅尼助っていうのは、今から九百年前に修験道の開祖と言われる役小角が、疫病が大流行した時に作って多くの民を救ったと言われる薬だな。
オウバクという木の皮を粉末にして、センブリとかゲンソウなんかを混ぜて作った胃腸薬で、タロとジロが山伏に伝わる作り方で作ってくれた。
陀羅尼助なんて変わった名前だけど、強い苦みがあるため、僧侶が陀羅尼を唱えるときにこれを口に含み眠気を防いだのが由来だと言われている。
つまり、とっても苦い。
ええい、俺も男だ! 飲んでやる!
腹をくくって白湯で一気に流しこむ。
うええええええ。苦いいいいいいいい。
「もう……子供じゃないのですからね」
美和ちゃんはそう言いながらも、口直し用の蜂蜜と柚の皮を少し落とした白湯を用意してくれる。
俺は、ひとまず蜂蜜を急いで口に入れた。
ふう……助かったぁ……
美和ちゃんの細かい気遣いが嬉しい。できた奥さんだ。
こんなに優しい美和ちゃんと結婚できたのは奇跡かもしれん。
大好きだよ、美和ちゃん!




