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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄三年

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203 品野城の戦い その2

 末森城に到着すると、そこには戦装束に身を包んだ熊と滝川リーダーがいた。その後ろには末森の兵がたくさん並んでいる。


 おお。さすが熊。日頃から信長兄上の無茶ぶりに応えてる成果なのか、もうすっかり準備を整えている。

 熊は俺と目が合うと、その目をわずかに和ませた。


 その横に立つ滝川リーダーに会うのも久しぶりだな。でも滝川リーダーは俺を見て、それから俺の後ろにいる鵜飼殿たちを見ると視線をはずした。


 うーむ。そんなに忍びが嫌いなのかねぇ。

 いつか和解するきっかけがあるといいんだけどな。一緒に戦う仲間なんだし、できれば気持ちよく協力しあったほうがいいしな。


「織田信喜、参りました」

「うむ」


 そして今回の戦の大将は、熊じゃなくて信長兄上だった。連れている兵は……って、少なっ。百人くらいしかいないんじゃないか!?


 俺が連れてきた兵が三百で、熊の兵が四百で、信行兄ちゃんの兵が三百ってとこか。


 といっても信行兄ちゃんはまだ僧籍にいてこの戦には加わってないから、厳密に言えばその三百の兵も熊のとこの兵なんだけどさ。

 熊いわく信行兄ちゃんの兵を預かってるだけだから、自分の兵の数には入れられないらしい。もう末森の城主は熊なんだし市姉さまと結婚して織田の一族衆に加わったんだから、丸ごと熊の兵だって言ってもいいと思うんだけどな。律儀な熊は、いつか信行兄ちゃんが還俗したらおよそ半分の兵を返すつもりらしい。


 まったく、熊らしいよな。


 でもそれに信長兄上の兵を入れると、合計で千百ってとこか。

 それって前に惨敗した戦の時の兵数より百人多いだけだけど、大丈夫なのかな。またボロ負けしちゃうんじゃないのか!?


 そう思ってたら、息を切らせた池田恒興がやってきた。


「と、殿っ。兵が揃うまでお待ちくださいと申し上げたではありませんか。このように先にいらしては危のうございます」

「兵が揃いきるまで待っておっては日が暮れるわ。のんびり待っていられるか」

「しかも三献の儀も省略なさって――」

「アワビも栗も昆布も食ったぞ。問題あるまい」

「全部まとめて口に放りこんだのでは、儀式をしたとは言いません!」

「なに。腹に入れば一緒だ」


 なんていうか、二人の会話の内容からすると、信長兄上は勝利を祈願する戦の前の作法を思いっきり省略したみたいだな。


 三献の儀は戦での勝利を願って行う儀式だ。


 打アワビで「打つ、討つ」、勝栗で「勝つ」、昆布で「喜ぶ」という意味に当てはめて、戦で「打って」「勝って」「喜ぶ」ようになるという意味を持つ食べ物を順番に食べて、三回に分けてお酒を飲む。


 でも信長兄上は、それを全部一度に食べたってことか。

 ……うん。凄く信長兄上らしいな。


「出陣じゃ! 間に合わぬ者は後から参れ!」


 前軍として熊と滝川リーダーが先に出る。その後で信長兄上と俺が続いた。後軍はツッチーと二百の兵だ。


 ゆっくり進んでいると、遅れてきた家臣たちが信長兄上の周りに集まってきた。森可成、丹羽長秀、佐久間信盛、下方貞清などの錚々(そうそう)たるメンバーだ。兵の総数は三千百で、総力戦に近い。


 これなら、勝てるな。


「全軍、停まれい!」


 けれど、もうすぐ落合城へ着くという頃に、突然信長兄上が大声を張り上げた。


「殿、どうされましたか?」


 軍勢の先頭にいた熊が、馬を駆って信長兄上の元へやってきた。


「勝家。普段と様子が違うとは思わぬか?」

「む――そういえば、村人を一人も見ておりませぬな」

「農閑期とはいえ、一人も行き会わぬのはおかしい。……漏れたか?」


 信長兄上は鋭い目であたりを睥睨(へいげい)した。

 そこで、一人の兵に目を留める。


「猿っ!」

「へ、へいっ」

「こちらへ参れ!」


 呼ばれたのはあの木下藤吉郎だった。急いで走ってくると、そこで平伏する。


「道沿いに、農民たちの姿が見えぬ。心当たりはあるか?」


 すると顔を上げた藤吉郎は得意げに話しだした。


「へい。出陣の知らせを聞いた時、ちょうど川並衆の知り合いといたもんで、そいつに旅芸人を使って村人を村ん中から出さないように頼んだんでございます。進軍の途中でこっちの姿を見られて報告に行かれたら、相手が油断せんようになると思いまして」

「……ふむ」


 川並衆っていうのは、尾張と美濃の間に流れる木曽川沿いに住む、どこにも所属してない無法者集団の総称だ。お金を積めばどの勢力にも力を貸すって噂だから、いわゆる傭兵みたいなもんかもしれん。


 なるほど。そいつらを使って村人たちが村から出ないようにしたのか。この時代は娯楽が少ないからな。旅芸人が来れば、村中の人々が釘付けになっただろう。

 考えたな。


「よくやった猿」

「ははーっ」


 信長兄上に褒められた藤吉郎は、更に深く平伏した。


「進軍せよ!」


 信長兄上の号令で、再び兵たちが進みだす。

 俺は平伏したままの藤吉郎をねぎらう事にした。


「よくやりました」

「ははーっ」


 そう言った後、藤吉郎は何やら言いたそうに俺の顔を見上げた。


「どうしましたか?」

「そのう……。工作に使ったお代なんですが……」

「証文があるなら裏書をしましょう」


 そうだよな。藤吉郎が工作するほどのお金を持ってるわけはないよな。証文の形で川並衆を雇ったってことだろう。裏書すれば、証文に書かれた金額は俺が、ひいては織田家が払いますよという証明になる。


 俺は明智のみっちゃんに筆と墨壺を組み合わせた矢立(やたて)を借りて裏書をした。


 って、ここに蜂須賀小六って名前が書いてあるけど、あの蜂須賀小六か!? 確か秀吉の家臣だったよな。川並衆だったのか。


 立ち上がって証文を受け取った藤吉郎は、膝についた土を払うとどこか得意げに「へへ」と笑った。


「わしにも、ちょっとばかり殿をお助けするための天命とやらがあるのかもしれませんなぁ」


 そして、少し照れながら鼻の頭をかく。


 いや、天命あるよ。めちゃくちゃあるよ。なんてったって、天下取っちゃうくらいだからな。


 っていうか、信長兄上がすぐに出陣しようって時に川並衆と一緒にいるっていうのがタイミング良すぎだろう。しかもその利を生かして(はかりごと)を巡らすとは。


 さすが、あの信長兄上が討たれた後、天下人になる男だけのことはあるな。抜け目ない。


 本当に敵には回したくないタイプだよな。うむ。


「では、その天命で信長兄上を支えてくださいね」


 頼むぞ、藤吉郎。


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