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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄三年

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201/237

201 永禄三年の始まり

【書籍化が決定いたしました!】


皆様の応援のおかげで、書籍化が決定いたしました。


詳細はまた後日お知らせすることになりますが、まずは皆様にご報告をさせて頂きたいと思います。


このお話を読んで下さり、応援して下さった皆様には、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。

これからも応援をよろしくお願いいたします。

 なんとか今年も無事に新しい年を迎える事ができた。


 去年は色々とあったなぁ。


 元服して結婚して、市姉さまと熊も結婚して、長尾景虎殿がやってきて、野良犬拾って放牧して。

 今年はどうだろうな。穏やかな年になれば良いんだが。


 景虎殿といえば、正月支度の真っ最中に凄い贈り物が届いた。


「信長兄上。これは塩でしょうか」


 箱の中にびっしり詰まった塩を見て、俺は首を傾げた。

 尾張には海があるし、塩なら熱田でも取れるんだけどな。

 しかもこの塩、なんだかまだ潮っぽい匂いが残ってる気がする。越後だとこういう塩が流通してるんだろうか。


「さて。どうだろうな。景虎殿がただの塩を送ってくるとも考えられまい。何かあるのだろうが……」


 景虎殿から送られてきた物には越後上布なんかもあったんだけど、この塩の箱の方が厳重に密封されて送られてきたんだよな。確かに塩は貴重だけど、それにしたってなぁ。


 信長兄上は「ふむ」と呟くと、おもむろに腕をまくって箱の中の塩をかき回し始めた。


「ん?」


 何かを発見した信長兄上は、箱の蓋にどんどん塩を取り出して積み上げていく。

 むわっと、生臭い匂いが広がった。

 そして塩の固まりの中から見えてきたのは、銀色の――


「鮭様!!」


 鮭だ! これ絶対鮭だ!

 銀色の少し顎が出たお顔。切り開かれたお腹から見える、赤い魚肉。

 鮭様だー!


「酒だと?」

「違います。これは酒ではなく、鮭なのです」


 いぶかしげな信長兄上に、これは酒ではなくて鮭なんだと説明する。

 名前は一緒だけど、読み方の音は違うからね。酒は語尾の音が上がるけど、鮭は語尾が下がる。


 いやでも、景虎殿も風流だなぁ。酒を送られて鮭を返すなんてさ。


 くうう。俺に和歌の才能があれば、ここで一句、なんて風流返しができるのにな。

 和歌は無理でも、俳句ならいけるか!?


 越張で 鮭を肴に 酒を飲む


 越後と尾張だと長いからな。薩長同盟みたいに短縮してみた。

 これなら季語も入ってるし、うまくできたぞ。うむ。


「信長兄上、さっそく神田料理長に焼いてもらいましょう! 兄上のお好きなお茶漬けにしてもおいしいですよ!」


 鮭の塩焼きなんて、何年ぶりだろう。前世ではごく普通に食べていた食事が、保存技術だとか輸送能力だとかの問題でこの時代では気軽に食べられないんだって分かってから諦めていたけど、ついに、鮭の塩焼きが食べられるんだな!


「信喜が以前に言っておった、胡蝶の夢の中で見たか」


 鮭を焼く手配をした信長兄上が、俺をじっと見ていた。全てを見透かすような、それでいて俺を試すかのような目だ。


 一瞬で、ピンと張った糸のような緊張感が走る。


 それに俺は、にこっと笑って答える。


「はい。お正月の縁起物として食べられる事も多いですけど、普段の朝食でも普通に食べていましたね。戦のない世の中で民は富み、おいしいものを食べて、綺麗な服を着て、そして皆が笑って過ごせる。そんな未来で見ました。信長兄上が、私に見せてくださるのでしょう?」

「――約束したからな」


 今までの覇気を霧散させて、信長兄上が軽く()んだ。


 未来を知る俺はきっと異質だ。

 そして人は自分とは違う者を、恐れ、忌避する。


 そんな俺をその器の大きさで許容してくれる信長兄上の天下取りを、手伝いたいんだ。


 だから何度でも、そうやって試してくれればいい。

 その度に俺は、信長兄上の信頼に応えてみせよう。


 そして目指すは、百歳過ぎて畳の上で大往生だな! うむ。


 しばらく待つと、料理長の神田さんが良い匂いの鮭の切り身を持ってきてくれた。お盆の横に塩おにぎりが置かれているのが、さすがの気配りだ。


 毒見を待って、鮭に箸を入れる。

 ホロッとほぐれる赤味に、鮭様鮭様と、つい拝みたくなる衝動を抑えなければいけなかった。


 いやだって、久しぶりの塩鮭なんだよ。それくらい感動してるんだよ。


 いっただきまーす!


 うううううう。

 うまーい! でも、しょっぱーい!

 景虎殿、ありがとう!

 この恩は蒸留酒で返すからな。待っててくれ、景虎殿!


 鮭の切り身は塩が効きすぎて、かなりしょっぱかった。鮭の味より、塩味しか感じられなかったくらいだ。


 でも、鮭だ。鮭なんだよ!


「そこまでうまいか……?」


 濃い味が好みの信長兄上も辟易するくらい、塩漬けされた鮭の味はイマイチだったらしい。

 でも、そんな細かい事はいいのさ。鮭なんだから。


 まあ、もう少し塩抜きしたら、もっとおいしいかもしれん。神田料理長に提案しておこう。


 後でお茶漬けに入れて食べたいな。ほぐした身を白ごまと一緒に混ぜて、おにぎりにするのもいいかもしれん。


 でも景虎殿からもらった鮭は一匹だけだったんで、俺が食べられたのはその一回きりだった。


 だけどどうしても俺は美和ちゃんにも鮭を食べさせてあげたくて、信長兄上に頭を下げて頼みこんだ。

 そして、なんとか譲ってもらった一切れを持ち帰って、美和ちゃんにお土産として渡した。


「まあ、信喜様。このように貴重なものを頂いてもよろしいのですか?」


 ちょっと塩味が濃いから少し水に漬けて、それから乾燥してみた。

 多分、これならいい塩加減になってると思う。


「もちろん。美和のために頂いてきたのです。食べてごらんなさい」

「まあ。わざわざ私の為にですか?」


 美和ちゃんは、パァッと花の咲いたような満面の笑みを浮かべている。

 

 そう! その笑顔が好きなんだよな。信長兄上に頭を下げてもらってきた甲斐があるというものだ。


「では、頂きますね。……まあ、信喜様。このお魚は中身も赤いです」

「ええ。お祝いの時に鯛と並べて食べると、見た目にも紅白になって、よりめでたくなりそうですね」


 綺麗な所作で箸を使った美和ちゃんは、鮭の塩焼きを一切れ取るとゆっくり口に含んだ。


「不思議。しょっぱいのですけれど、ほんのり甘いです」


 顔を上げて嬉しそうに言う美和ちゃんに、俺も自然と笑顔になる。


 たれ目が更にたれて、可愛いなぁ。


「信喜様も」


 こ……これは、あの憧れの「あ~ん」ではないのかっ。

 い……生きてて良かった!

 何の因果か戦国時代に転生したけど、美和ちゃんと結婚できたってだけで、俺は幸せ者だー!


 ああ。この時間(とき)が永遠に続いてくれないものかと、真剣に願う。


 今だけは。

 現代も戦国時代も関係ない、二人だけの幸せな時間だから。





 後日。

 俺がせっせと酒を造って、桑の実ワインも開発して景虎殿に送りまくったのは言うまでもない。


 そのおかげで、信長兄上とは別に俺宛にも鮭の塩漬けが送られてきた。


 そして俺は、景虎殿とはずっと良い関係を保とうと、そう決心した。



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