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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス7巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
織田家の八男になりました

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20 不穏な噂

 その噂は、末森城内で瞬く間に広がっていった。信長兄上が信光叔父さん殺害の真犯人だっていう噂だ。

 あろうことか、俺が守山で誤射されたのも、実は信長兄上が守山城主の信次叔父さんに指示したんだと、まことしやかにささやかれる始末だ。


 ふざけんな!!


 俺が射られた後、信長兄上が忙しい合間を縫って毎日末森までお見舞いに来てくれたのも知らないくせに。

 俺は見てないけど、丹羽の長秀さんから伝え聞く、信光叔父さんが殺された時の烈火のような怒りを見てもいないくせに。


 誰が、何の権利があって、そんなふざけたことを抜かしてるんだ!!


 しかも、だ。坂井孫八郎が信光叔父さんを殺したのは、正室である北御前と不倫してて、その関係が叔父さんにバレるのを恐れてのことだっていうんだ。それで信長兄上と秘密裏に手を組んで信光叔父さんを殺したけど、信長兄上はその坂井をも裏切って、謀反人として殺したんだと。


 あんなに奥さん一筋だった信光叔父さんなんだぞ? それなのに、その奥さんが他の人と不倫なんかするわけないじゃないか。

 それにもし仮にそれが事実だったとしても、なんで信長兄上が坂井をそそのかして信光叔父さんを殺さなくちゃいけないんだよ。


 いや。待て、俺。落ち着け、落ち着け。

 こういう時こそ、落ち着かないといけない。


 よし。深呼吸深呼吸。

 もう少し冷静に考えてみよう。


 たとえば、だ。仮に坂井孫八郎が本当に北御前と不倫してたとする。そしてその発覚を恐れて、坂井が信光叔父さんを殺す。ここまではいい。あり得ない話じゃないからな。

 もしそれが本当の事だったとしたら、発覚した後、坂井は当然処罰されただろう。首を斬られるか、腹を切らされるか、もしくははりつけにされるか。そうなる前に夫を殺してしまえ、なんていうのは、古今東西よくある話だ。


 では北御前の不倫を知った信長兄上はどうする? もし本当に信光叔父さんを排除しようとするなら、それをどう利用する?


 一番手っ取り早いのは、信光叔父さんが謀反を企てているという噂を立て、それを元に信長兄上と坂井で謀って信光叔父さんを殺すことだ。近習の坂井が裏切れば、信光叔父さんをどこかにおびき出すのも可能だろうしな。何も人の多い那古野で殺す必要はない。少ない供しかいない時に殺せばいい。


 信長兄上の家中での評判はダダ下がりだけど、謀反を計画していたと坂井が証言すれば、一応大義名分としては成り立つ。


 だがその後、織田家は荒れるだろう。本当に信光叔父さんが謀反を企てていたのかと、一族は疑心暗鬼にかられるだろうな。そしてこれは単なる粛清ではないのかと疑う。

 そうなれば、冷酷で非道な信長兄上でなく、折り目正しく品行方正な信行兄ちゃんの方が当主にふさわしいと言う声が、今よりもっと大きくなるはずだ。


 だけど、そうなったら。

 もしその状態で二人が戦ったなら、信行兄ちゃんのほうに分があるんじゃないだろうか。


 そしてそこまで分かっていて、信長兄上がこんなやり方で信光おじさんを殺そうとするだろうか……?


「どうなされましたかな、若君。浮かぬ顔をしておいでだ」


 月谷和尚に声をかけられて、俺は振り向いた。皺だらけの顔が、少しだけ心配そうに曇る。


「いえ。なんでもありません。今日はどのようなことを学ぶのでしょうか?」

「ふむ……。本日は荘子について講義しようと思いましたが……ふむ」


 信行兄ちゃんが父上の菩提を弔う為に建てた桃巌寺は、末森城の南、鳴海荘末森村二本松という場所にある。お城の正門を出てまっすぐ行けばすぐ着くから、俺は熊か、その家臣でイタチ似の玄久をお供にしてここまで勉強をしに来てるんだ。

 今日のお供はイタチの玄久で、大人しく俺の後ろに控えている。


 この桃巌寺の住職は曹洞宗の快翁玄俊かいおうげんしゅん和尚様だけど、俺が勉強を教わってるのはそこに居候してる臨済宗の月谷和尚さまだ。

 桃巌寺の西側に小さな離れがあるんだけど、そこだけ臨済宗のお寺ってことになってて、月谷和尚さまが一人で住んでる。


 宗派が違うから、隣同士で大丈夫なのかなとも思うんだけど、月谷和尚さまは宗派を超えて慕われてて、快翁和尚も、月谷和尚さまならいいですよ、って言ってくれたらしい。さすがスーパー爺さんだな。


 お寺っていうより、いおりっていう感じだけどな。まあ、こじんまりして居心地はいい。


「拙僧が思いますに、若君は心無い噂に心を痛めておいでかな?」

「……お分かりになりますか?」

「迷いが顔に出ておりますでな」


 むう。信長兄上にも、よく考えてることがすぐに顔に出るって言われるんだよな。そんなに分かりやすいかな。


「さて。噂というものは厄介なものですな。何も実体がないのに、さも本当のことのように語られる」


 本当にそうだと思うので、俺も思いっきり頷いた。


「しかしながら、火のないところに煙は立たぬとも言いますな」

「それでは和尚様は兄上が叔父上を誅殺したという噂が正しいとおっしゃるのですか!? いくら和尚様でも―――」


 信長兄上を疑うような言葉にムカっときて言い返そうとすると、月谷和尚は右の手の平を俺の顔の前に突き出して、続く言葉を止めた。


「まあまあ、落ち着きなされ。ふむ。そうですな。では今日はその噂を手本に学びましょうか。ささ、こちらにお座りなされ」


 月谷和尚は上座にどっかりと座った。一見、胡坐あぐらをかいているように見えるけど、実は両方の足の裏を合わせて座る、楽坐という座り方だ。基本的に公家、僧侶、大名なんかはこういう座り方をする。


 俺の座り方は、左ひざを立てて右ひざを正座の状態にする建膝たてひざってやつだ。現代で立て膝は行儀が悪いって叱られたもんだけど、この時代だと正式な座り方なんだよな。女の人もこれが正式な座り方になってるんだ。時代が変わるとお作法も変わるんだなぁ。


「さて。こたびの噂ですが、信長さまが叔父である織田信光様を誅殺なさったというものですな?」


 俺が頷くと、月谷和尚はまた、ふむ、と言って髪のない頭を撫でた。


「そのような噂がでるということはですな。信長様に、それによって得られる利があるからこそ噂されるということでございます」

「兄上に、利などありません」


 むしろ、噂によって評判が下がって、事態は悪くなる一方じゃないか。


「はて。そうですかな。ところで若君は知っておられましたかな? 信光様のご領地は、清須城を奪取した際の功によって、於多井川おたいがわを境にした下二郡でございました」


 ふーん。それが何か関係あるのか?


「石高にして約10万。それが信光さまが亡くなられたことにより、信長様のものになりましたな」


 ……え?


「家中においても、先の弾正忠様が身罷れて後、叔父君である織田信次様は先日の家臣が若君を誤射した罪によって蟄居されており、今回、信光様が亡くなられたことによって、信長様に物申せる御一門はいなくなりました」


 ……え? で、でも……


「さて。これが信光様が亡くなられたことにより、信長様が得られる利でございますな」


 そうか……俺は、信光叔父さんが死んでも信長兄上が得することなんてないじゃないかと思ってたけど、得るものがあるのか。


 でもさ。それでも俺は。


「それだけでは信長兄上が叔父上を誅殺したという証拠にはなりませぬ。私は信長兄上を信じておりますゆえ、そのように非道なことはなされないと思っております」


 後世で信長兄上は冷酷非道な第六天魔王だって言われるのは知ってる。比叡山の焼き討ちとか、長島の一向一揆の殲滅なんかは、歴史に疎い俺でも知ってる大虐殺だ。


 でも、俺にとっては優しい兄上なんだよ。


 もちろん戦国のこの世の中で、兄上が優しいだけの人じゃないのは知ってる。だけど、それでも、家族のことは凄く大切に思ってくれる人なんだ。


 だから、他の皆が兄上の事を疑っても。

 俺だけは、絶対に信長兄上のことを信じるって決めた。


「ふむ。ふむ。では次に、他に利を得る者がいないかどうかを考えてみましょうかの」

「他に、ですか?」

「さようでございますな。ふむ。まずは織田信行様のがわの利を考えてみましょうかな」


 信行兄ちゃん?

 信行兄ちゃんにも、叔父上が死ぬ事によって何か利があるってことなのか!?



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