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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄二年

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198 今川義元

 野良わんこになった前田利家を修業の旅に出したけど、無事にやってるのかね。


 そんな事を考えながら月谷和尚様の講義を受けていると、「何か心配事でもお有りかな?」と聞かれた。


「申し訳ありません。少し、前田殿の事が心配で……」


 そう言うと、月谷和尚様は納得したように頷いた。


「ふむ。ふむ。確か信長様から出仕停止の沙汰を下されたとか」

「それだけの事をしましたから」

「さようですな。……しかしながら、柴田様が信長様に手討ちにされそうになった前田様を助けたのは善行でございましたな」


 利家が拾阿弥を殺害した件を、詳しく聞いているんだろう。月谷和尚様は、利家を助命した熊の行動を褒めた。


「勝家殿らしい行いですね」


 熊って顔はゴツクて怖いけど、心根は優しいんだよな。

 うん。まあ、自慢の義兄だ。恥ずかしいから本人には面と向かって言えないけど。


「ですが、前田殿はご自分の所業を一切反省なさっておられず傍若無人な振る舞いを続けたとか。若者というのは、大概にして道理をわきまえない者が多いのじゃが、普通は年を取ると共に落ち着いてくるものです。しかし、中には何か気づきがないと分からぬ者もおりますな」

「気づき、ですか」

「きっかけとも申しますな。さて。若いうちの失敗を挫折と取るか、成長へのきっかけと取るか。それは自らの心の持ちようで変わりましょう」

「なるほど……。前田殿は気づいてくれるでしょうか」

「なに。柴田様が命を惜しんで助けたほどの御仁じゃ。きっと気づいてくださるでしょう。艱難(かんなん)は人を泥珠(どろだま)から(ぎょく)にいたします。前田様も、修業をして立派な若武者になって戻られることでありましょう」

艱難(かんなん)は人を玉に、ですか?」

「さよう。人というものはですな、信喜様。困難や苦労を乗り越えることによって、初めて立派な人間に成長するものなのです。むしろ、若いうちはたくさん失敗をして、たくさん悩む事ですな。それが、若さというものでしょう」


 ふぉっふぉっふぉ、と笑う月谷和尚様は、皺くちゃの顔をさらに皺くちゃにして笑った。


 まあつまり、若いうちの苦労は買ってでもしろ、ってことかな。


 史実通り、立派なサムライになって戻ってくればいいな。それで桶狭間で活躍して――


 って、あ、そうだ。

 ちょうど良い機会だから、月谷和尚様に聞いておきたい事があるんだった。


「話は変わりますが、月谷和尚様に聞きたい事がございます」

「ほう。何ですかの」

「今川義元公の事を教えてください」

「ふむ……義元公ですか」


 月谷和尚様は何度か頷くと、どこか遠くを懐かしむような目をした。


「信喜様は、義元公についてどれほど知っておいでですかな?」


 そりゃ、桶狭間で戦う相手だからな。月谷和尚様が教えてくれたことは全部覚えてるよ。


「駿河国と遠江国(とおとうみこく)の守護大名で、海道一の弓取りと呼ばれる東海道で一番の 武将――で、ございましょうか」

「ふむ。ふむ。大変よく覚えていらっしゃる。そうですな……義元公の事を一言で言うならば……名君、でしょうな」


 今川義元――この博識にして含蓄(がんちく)の深い月谷和尚様に、そこまで言わせるほどの人なのか!?


「まだ義元公が栴岳承芳(せんがくしょうほう)と名乗られていた折りに、少々ご縁がありましてな。わずかな間ではございますが、妙心寺にて共に学んだことがございます。そこで、そのお人柄に触れる機会がございました」


 京にある臨済宗妙心寺派の総本山、妙心寺か。つまり月谷和尚様とは同門なんだな。


「どのようなお方だったのですか?」

才気(さいき)煥発(かんぱつ)にして矜持に()ちたお方でしたな」


 つまり才能があって、プライドの高い人物ってことか。

 後世に伝えられている今川義元の姿と変わりないな。


「ですがそれほどの才に恵まれておっても、今川氏親公の五男ということで仏門に出されたのです。しかしながら、氏親公の跡を継いだ兄の氏輝様とそのすぐ下の弟君である彦五郎様が、同日に亡くなられるというご不幸がございましてな。亡くなられたお二方と同様、正室のお産みになった承芳様が、義元と名を変えて今川の当主となられました」


 え? 嫡男と次男が同日に死んだ!?

 それって、かなり怪しくないか? どう考えても陰謀の匂いがプンプンするぞ。


「月谷和尚様、それは――」

「さよう。それに納得せぬ家臣の一部が、氏輝様と彦五郎様の死は、義元公の陰謀ではないかと反乱を起こしたのです。ですが、墨染衣(すみぞめごろも)の軍師と呼ばれた太原(たいげん)雪斎(せっさい)殿の働きによって、すぐに鎮圧されました」

「太原雪斎殿……」

「さよう。今川は坊主でもっている、とまで言わしめた、稀代の知者でございますな」


 確かそれまで快進撃を繰り広げてた亡き父上が、小豆坂の戦いで太原雪斎と戦って大敗しちゃったんだよな。


 それからの父上は、今川と戦っても負け戦ばっかりだったはずだ。


 でもそれが契機になって、信長兄上と濃姫の結婚が決まったんだよな。今川と戦う上で、美濃に背後から襲われたらたまらんからさ。


「月谷和尚様は、太原雪斎殿にお会いした事はあるのですか?」

「無論。義元公と共に、妙心寺で学んでおりましたからな」


 へえ。そんな昔から雪斎と義元って一緒にいたのか。


 そこでまた、月谷和尚様は懐かしむような目になった。


「雪斎殿は――その身のうちに、修羅を宿したお方でありましたなぁ」


 ええっ!? 修羅?

 太原雪斎って、お坊さんだよね。それなのに、修羅なのか!?


艱難は汝を玉にする、ということわざは

「Adversity makes a man wise.」という西洋のことわざの意訳です。

時代を先取りして和尚様に言ってもらいました。


この時代で軍師という呼び方はしないと思いますが、墨染衣の軍師、という呼び方がかっこいいので使っております。

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