196 武者修行のすすめ
野良犬を 拾ったけれど 手に余る 早く飼い主 引き取りにきて
作 織田信喜
結局、情けない顔でうなだれている野良犬こと、前田利家を拾う事にしたんだけどさ。
うん。はっきり言おう。
駄犬だ。
どうしようもなく、駄犬だ。
最初こそ殊勝な態度をしていたものの、慣れてきたらすぐに地が出てきた。
とにかく気が強くてケンカ早い。口より先に手が出る。
尾張の人間は脳筋ばっかりだと思ってたけど、利家と比べたら頭脳派に分類されるなっていうくらい、利家の脳筋ぶりは飛びぬけてる。
「信喜様っ、前田様が竹中様を女のようだとからかい、怒った竹中様から堀に突き落とされました」
「少し頭が冷えたでしょう。冬なので風邪をひいてはいけません。後で風呂に入れてあげなさい」
「大変です、信喜様。前田様が創屋で巾着のお代を払わずに店主と揉めております」
「払わせなさい」
「それが一銭も持っておらぬと開き直っており、信喜様に支払いを回すように申しております」
「……立て替えておきなさい」
「信喜様! 長屋の住人が井戸の使い方で前田様ともめております!」
「隣人の藤吉郎に仲裁させなさい」
「信喜様」
「今度は何ですかっ」
「あ、いえ。こちらの書状を見て頂きたく……」
声を荒げて振り返ると、そこには恐縮した武藤舜秀殿がいた。俺より三歳年上の、能吏だ。
「失礼しました。また前田殿が何か問題を起こしたのかと思いまして」
声を荒げた事を謝ると、武藤殿は苦笑した。
「どうも、元気があり余っているようですなぁ」
「私がいくら注意しても、一向に態度が改まらないのです」
「前田殿は殿の言うことは良く聞いていたのですが。止められる者がいないと、ここまで傍若無人に振る舞われるとは思いませんでしたなぁ」
「まったくです」
ほんと、信長兄上の言う事なら良く聞いてたんだよな。犬、犬、って呼ばれてシッポ振ってついて回っててさ。
それなのにその弟である俺の言う事は、全然聞きやしない。
まったく、誰が行き場のない野良犬を拾ってやったと思ってるんだか。もう少し感謝の気持ちを持つべきだと思う。
はあ。こんな駄犬、拾うんじゃなかった。
ダンボールの空き箱はないから、木箱に「拾ってください」って張り紙をして、清須の門の前に捨ててこようかな。
でもなぁ。信長兄上の事だから、まだ怒りが収まってない状態で利家を見たら、そのまま斬り捨てそうだな。さすがに駄犬とはいえ一度は拾った犬だから、殺されちゃうと寝ざめが悪い。
信長兄上に返品するにしても、何かきっかけがないと受け取り拒否されそうだよな。
うーん。きっかけかぁ。
利家は脳筋だから、武勇でアピールするしかないよな。
よく言えば、一芸に秀でてるとも言える。確か槍で有名だったはずだ。
徳川の時代では加賀百万石の大名になったわけだし。
ってことは、利家はこの不遇の時代に成長したってことかもしれん。
それなら成長させるために、修業させるか!
修業じゃ、修業じゃ。これぞホントの武者修行じゃー!
ということで、さっそく前田利家を呼び出した。利家は俺が仲裁して信長兄上の許しが出たんだと勘違いしたらしく、すぐにやって来た。
「お呼びでございますかっ、信喜様」
うん。幻のしっぽがブンブン揺れてるけど、別に信長兄上のお許しが出た訳じゃないからな。
むしろいつの間にか龍泉寺城下での利家の行動を知ってて、さっさとよそへ捨ててきなさいって言われてるくらいだから。
「しばらく様子を見ておりましたが、全く反省の色がないようですね」
「反省って……でもあれは拾阿弥が――」
「揉め事の原因が何であれ、利家殿が信長兄上の命令を無視したという事実は変わりませんよ。むしろそれこそが信長兄上の叱責の原因でしょう。それなのに、きちんと反省するでもなく毎日問題を起こしているようではないですか」
「反省はしております。でも!」
なおも言い募ろうとする利家の前に掌を向けて言葉を遮る。その向こうに、不満げな表情を隠さない利家の顔があった。
まったく……俺より年上で一児の父親だっていうのに、子供みたいな性格してるな。
「きっと甘い対応ではいけないのでしょう。よって、利家殿には武者修行を申しつけます。しばらくその身一つで武芸を磨いてきなさい」
「しかし、それがしには嫁と子供が――」
「まつ殿と幸殿は、この長屋で面倒を見ましょう。安心して武者修行の旅に出なさい」
俺がきっぱりと言い切ると、利家はしばらく唇を噛んで何事かを考えていたけど、やがて諦めたのか伏せ目がちになってうつむいた。
「では準備をしたのち、出発いたします」
「腕を上げて戦で名を挙げれば、いずれ信長兄上のお怒りも冷めましょう。精進なさい」
多分、そう遠くない内に桶狭間の戦いがやってくるしな。そこで武功を建てれば、信長兄上のところへ帰参するのも夢じゃないだろう。
がんばるんだぞ、利家わんこ!




