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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄二年

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192 夏の嵐 その7

突然ですがタイトルを変更しました。

「信長公弟記」と書いて「のぶながこうていき」と読みます。

よろしくお願いします。

 その話を聞いた信長兄上は、おもむろに立ち上がって置いてある雷切を手に取って鞘から抜いた。


 ちょ、ちょっと待ってくれ。もし万が一、雷切が本物の妖刀だったらどうするんだよ。


「つまらん。何も起こらんではないか」

「はっ……いや、それは、その……」

「それとも長尾殿が真に毘沙門天の化身であるということか……?」


 柿崎殿も、いきなり信長兄上が雷切を抜くとは思わなかったんだろう。普通は警戒して触ろうとも思わないよな。


「その刀は、お屋形様以外の者が抜いても普通の刀と何ら変わりはございませぬ。ただお屋形様のみが、その真の力を引き出すことができるのでござる。……ただ……お屋形様にはその時の記憶はございませぬ」

「記憶がないだと?」

「はい。ですから、こたびの責は全てわし一人が負いまするゆえ、なにとぞお許しいただけないでござろうか」


 いや、そこで柿崎殿が腹切ったらこっちが後で困るよ。景虎殿に暴れた記憶がないなら、信長兄上が無礼打ちしたって誤解されるかもしれないし。

 って、ああ、そうか。だからわざとこんな話をしたんだ。向こうからそう言われれば、許すしかないしな。


「ふむ。では詫びとして、この刀をもらっておこうか」


 って、許してないしー!

 信長兄上、さっきの話聞いてたのかな!? 第一、その刀は妖刀かもしれないんだよ! 使ったら危険だと思うんだけど。


「そ、それはできませぬっ。お屋形様の愛刀にございますれば」

「しかし刀を手にするたびにあのような様子になっては困るであろう。俺がもらってやるゆえ、安心するが良い。なに、俺が刀に憑りつかれたとしても、我が織田家にも破邪の技を持つ者があるゆえ問題ない」

「いえ、手にしただけで降神(こうしん)なさったりはしませぬ」

「他にも何かあると?」


 信長兄上は刀を抜いたまま聞く。でも柿崎殿は口を引き結んでそれ以上話そうとはしない。


 俺はさっきの光景を思い出そうとする。

 確か雷切を受け取った時までは普通だったんだよな。それで刀を腰に()いた途端に豹変したんだ。

 その後に、景虎殿の家臣たちが慌てて、帯の二枚目がどうたら、って。

 ……あっ。


「もしかして帯の二枚目に刀を差すと、こうなってしまう……?」


 思わずそう呟くと、柿崎殿はハッとして俺を見た。

 えっ。もしかして正解!?


 不思議な事に、景虎殿は帯の二枚目と三枚目の間に雷切を差した時だけ、あんな風に神がかった状態になるんだそうだ。それはまさに軍神そのものの姿で、今までどんなに厳しい戦いでも負けたことがないらしい。


 なるほどなぁ。確かにあの様子で敵に斬りかかって無双してたら、毘沙門天の化身だって言われるよ。


 本当に神仏が乗り移ってるのかどうかは分からんけど。

 なんか、話を聞けば聞くほど、景虎殿が厨二病としか思えない。


 お……俺の憧れのヒーローだったのに。

 この時代に転生してから、密かに会えるのを楽しみにしてたのに。


 ただの厨二病だったなんて、あんまりだー!

 俺の憧れを返せぇぇぇぇ。






 翌日。

 昨夜のことは何もなかったかのように、景虎殿は出された朝食を結構な勢いで食べていた。

 一応二日酔いを想定して胃に優しい梅干しのおかゆにしたんだけど、出汁をしっかり取ったからか、二杯もお代わりしたらしい。

 夕飯時にはほぼ酒とつまみしか口にしないらしいけど、その分朝食はしっかり摂るんだとか。


 朝食をしっかり摂る方が健康に良いって言うから、それでいいのかね。


 信長兄上と連れ立って、景虎殿が泊まった俺の部屋に様子を見に行くと、そこにはすっかりくつろいでお茶を飲んでいる景虎殿がいた。


「おお。これはこれは信長殿。昨夜はつい飲み過ぎたようで、いつの間にか寝てしまったようだ。世話をかけてすまぬな」


 昨日の夜叉っぷりはどこへ行ったんだっていうくらい、爽やかですがすがしい姿だ。昨夜のことはまったく覚えてないらしい。


「お気になさらず。私も大層面白い余興を見せて頂きましたしな」

「……余興?」

「ええ」


 はて、と小首を傾げる景虎殿は、しばらく考えていたようだけど、きっと自分が寝てから楽しいことがあったんだろうって結論づけたみたいだ。


「それは重畳(ちょうじょう)


 景虎殿が頷くと、信長兄上も頷いた。


「はっはっは」

「はっはっは」


 そして同時に笑いだす。


 いやもう、意味が分かんないから。

 なんで今ので分かりあってるんだ!?


 っていうか、俺は今、はっきり確信した。

 俺のような凡人には、信長兄上とか上杉謙信みたいな天才のことは一生理解できん!

 したいとも思わんけどな!


 その後も景虎殿はしばらく尾張に滞在していた。

 信長兄上とは気が合っていたらしく、ちょくちょく話をしにきていた。……もっとも、その時に振る舞われる酒が目当てだったのかもしれんけど。


 相変わらず二人の会話は、


「ほう。信長殿は安くてうまい米を大量に作れないかと考えておられるのか」

「領民が飢えぬ事が大切ですからな」

「素晴らしい(こころざし)であるな。しかも安くてうまい米を大量に作れば、それだけうまい酒がたくさん飲める」

「少量しか取れぬうまい米でもいい」

「希少価値を高めるというわけですな。確かにその米で作った清酒ならば、大枚はたきましょうぞ」

「はっはっは」

「はっはっは」


 こんな感じで、まったくもって意味が分からない。


 とりあえず分かったのは、景虎殿の頭の中には酒のことしかないってことだった。


 でもまあ、酒のおかげで景虎殿と信長兄上がこんなに仲良くなったんだからいいか。

 って、あれ。酒のおかげってことは、清酒を作るきっかけを作った俺のおかげってことでもあるか?


 じゃあ、少しは俺も信長兄上の役に立てたってことだな。うむ。

 ……ちょっと嬉しい。うむ。


 景虎殿は一向に越後に帰る気配がなかったんだけど、さすがに三週間も経つと京に残した家臣たちから戻ってきてほしいという書状が頻繁にくるようになった。


 まだ生産量が少なくて流通してない「火酒」の味も知った景虎殿は、その書状を一切無視して清須で酒盛りしてたんだけど、遂にお迎えまで来てしまったんで、渋々ながら京都へ戻っていった。


「うまい酒を馳走になった。また必ず来ますぞ」

「お待ち申しております。その頃には果実の酒もできておるやもしれません」

「ほう。果実の酒ですか」


 景虎殿の目がキランと光ったのは、見間違いじゃないに違いない。

 甘い酒もいけるのか。っていうか、酒なら何でも良さそうだな。


 本当はぶどうでワインを作りたいんだけど、この辺りにはないからエビヅルと桑の実で試してる。そろそろいい感じにワインっぽいのができあがりそうだ。


 前世で甲州ワインって結構有名だったから、甲斐の方にはぶどうが自生してるのかもしれんね。いつか手に入ったらアイスワインとかも作りたいもんだけど。

 甲斐は武田だからなぁ。いつのことになるのやら。




 こうして、突然尾張に吹き荒れた夏の嵐は去っていった。

 嵐が過ぎ去った後の置き土産は、雷切の代わりに信長兄上がせしめ――あ、いや、譲ってもらえることになった刀が一本。


 景虎殿が京都で見つけた無銘の刀だったんだけど――――これが実は、あだ討ちで有名な曾我時致が所有していた星切の太刀だってことが後で分かることになる。でもそれはまた別の話ってことで。 



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