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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄二年

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191 夏の嵐 その6

 景虎殿は、抜刀したまま、爛々と黒光りする目を右へ左へとさまよわせる。その目がひたりと信長兄上の元で止まった。


「ひっ」


 ついでに俺の息も止まりそうになった。


 でも信長兄上は面白いものを見ているかのような態度で、微動だにしない。

 そしてすぐに景虎殿の視線は外れて、ホッと安堵の息をつく。


「まずいっ! 殿がうっかり帯の二枚目に刀を差してしもうた!」

景家(かげいえ)! 景家はどこじゃっ」

駆毛(かもう)を他の者には任せられんと、(うまや)に行っておる」

「ええい。大事になる前に景家を呼べっ」

「承知したっ」


 景虎殿の家臣たちが慌てふためく間にも、景虎殿は悪を見定めようというかのように視線を巡らす。

 一瞬でも動いたらそのまま斬りかかられそうで、俺はその場から一歩も動くことができなかった。


「……おもしろい」


 でも今の景虎殿の様子は、信長兄上にとっては興味をそそられるものでしかないらしい。


 いやちょっと待ってくれ。信長兄上、面白がってあの景虎殿に立ち向かったりするなよ!?


 脳内で、龍と虎の超絶バトルの幻想が繰り広げられる。

 本人たちはともかく、巻きこまれた周囲はたまったもんじゃないぞ。ヘタしたら死人が出る。


 だ、誰か。誰か、止めてくれぇぇぇ!


 その願いが通じたのか、厩のほうから渋いおじさんが走ってきた。その手には鞘に入ったままの刀を持っている。


「む。これはいかん。殿! 失礼いたす!」


 渋いおじさんは景虎殿の様子を見ると、鞘に入った刀を振りかぶり――――


「ごめんつかまつる!」


 そのまま景虎殿の胴に当てた。

 鞘に入ったままとはいえ手加減なしの胴打ちに、景虎殿が「ぐうぅっ」とうめき声を上げた。その隙に、おじさんは手にした刀を左手に持ち替え、右手で景虎殿が持っていた刀を奪い取る。

 それを確認したもう一人の家臣が、景虎殿の腰から刀の鞘を抜き取った。

 さらにもう一人が、グラリと倒れる景虎殿の体を支える。


 うわぁ。なんて絶妙なコンビネーションなんだ。


 その頃になると、信長兄上の家臣たちも我に返っていた。俺と同じく、景虎殿の覇気を浴びて凍りついていたらしい。


「貴様ら! 殿に向かって抜刀するとは何ごとか! 無礼であろう。そこに(なお)れぃ!」


 刀に手をかけた近習たちがいきり立つ。


 いやでもちょっと待ってくれ。皆は知らないけど、この人、ただの坊主じゃなくて越後の大名だから! 斬りかかったりしたら、問題になるのはこっちだから!


 だけど本当のことを言うわけにもいかずに、どうしたらいいのか迷う。

 そうだ。みっちゃんなら賢いからきっと解決策を考えて――――


「はっはっはっは。毘沙門天の化身とは、酔っぱらって法螺(ほら)を吹くにしても大きく出たものだ。気に入ったぞ。その様子では宿まで帰りつけまい。部屋を用意するゆえ、泊まっていくが良い」

「殿! いくらなんでも、それは不用心に過ぎますぞ!」


 宋心が誰かを知らされていても、清須城で家老を務めている村井貞勝殿は信長兄上の言葉に反対した。

 確かに景虎殿はいきなり刀を抜いたからな。刀を抜いた時の様子も普通じゃなかったし、清須に泊めるのは俺も反対だ。


「俺がそう決めたのだ、貞勝」

「しかしながら――――」

「那古野布団も用意してやれ。さぞかし良い夢を見るだろう。ついでに信喜も泊まっていけ」


 うえええええ!? 俺も!?


 遠慮します、と出かかった言葉は、信長兄上の一睨みで引っこんだ。







 そしてなぜか、信長兄上と平伏する、景家と呼ばれた景虎殿の家臣が俺の部屋の中にいる。

 ちなみに、気を失ったままの景虎殿は、他の部屋だと騒ぎになるからってことで俺のマイベッドに寝かされている。


 あれ? 他の部屋を用意するんじゃなかったのか? 俺の部屋を提供するんだとしたら、俺の今夜の寝床がなくなるんだけど。


「誠に申し訳ございませぬっ。このような騒ぎを起こすのは本意ではなかったとはいえ、織田様には大層ご迷惑をおかけいたしました。かくなる上はそれがしが責を取って腹を――――」

「御託はよい。まず名を名乗れ」

 

 信長兄上が手にした扇で床を叩くと、景家殿は床に置かれた二振りの刀に視線をさまよわせ、しばし口ごもった。


 けれども一度目を閉じた後は、何かを決心したかのように口を開いた。


「それがしは越後の国人、柿崎景家と申しまする。長尾為景様の代より越後守護代に仕え――――」

「口上も不要じゃ」


 再び信長兄上にピシャリと言葉を遮られ、観念したかのように話し始めた。


「この手前の刀は備前(びぜん)長船兼光(おさふねかねみつ)の作で、当家の家臣、竹俣慶綱(たけのまたよしつな)より献上されたことから『竹俣兼光』と呼ばれております。しかしながら、雷神を二度も切ったと伝えられていることから、別名を『雷切(かみなりぎり)』と申しまする」


 ええっ。雷切!?

 前世でも聞いた事あるぞ。名前が特徴的だから覚えてたんだ。

 えーっと、確か現存が確認されてない刀だったはずだけど、本当に存在してたんだな!


「お屋形様は、この雷切を手にいたしますと、真に毘沙門天の化身となられるのでござります。そして義を乱す悪を成敗なさるのです」


 はあ? なんだそれ?

 俺が今いるのって、戦国時代だよな。ファンタジーな異世界じゃなかったよな?

 ちょっと心配になってきたぞ。


「戦でのお屋形様は、それはもう毘沙門天の化身にふさわしい戦いぶりで、立ちふさがる敵を縦横無尽に蹴散らして参ります」

「ほう。毘沙門天の化身と申すか」

「はい。ただ現身(うつしみ)であるお屋形様が現世に戻られるには、やはり神仏の御力を必要といたします。それを担うのがこの七星剣(しちせいけん)が一振り、禡祭剣(ばさいけん)でございます」


 七星剣は刀に七曜星を象嵌した刀の名称で、破邪や鎮護の力が宿るとされている。儀式の時に使うらしいな。


 実は俺、刀剣にはちょっと詳しいんだ。いやほら、戦国時代で男の子が趣味にできる物って少ないだろ。どんな刀剣があるんだろうって、月谷和尚さまに教わって勉強してみたんだよ。


 もっとも、有名な刀は目玉が飛び出るほど高価だから、もちろん買えないんだけどさ。


 だけどいつかは正宗とか村正とか持ちたいよなぁ。男のロマンだ。

 あ、でも村正は妖刀だったか。それじゃダメだ。呪われる。


 ……って。

 ちょっと待てよ。破邪の剣で叩かれて正気に戻るって、もしかして雷切も妖刀の類なんじゃないのか!?


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