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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄二年

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189 夏の嵐 その4

 食事は、とても穏やかに進んでいった。それぞれの膳に一人前ずつ料理が乗せられているんだけど、景虎殿は敬虔な仏教徒だからか肉にも魚にも手をつけず、ご飯と昆布の佃煮しか口にしなかった。


 せっかく牛肉の味噌漬けとか親戚丼とか用意したのに。運の良い事に、今朝、津島で伊勢海老も仕入れることができたから、伊勢海老の塩焼きも出してるんだけどな。

 俺は伊勢海老を食べるなら味噌汁に入れた方が好きなんだけど、見栄えは塩焼きの方がいいからな。


 その代わり、お酒をぐびぐび飲んでいく。

 いや、大酒飲みは景虎殿だけじゃない。越後から来た全員がそうだ。さすがに景虎殿のようにお酒だけを飲んでるわけじゃないけど、食べては飲んで、飲んでは食べてと、食事の用意をする侍女たちは大忙しだ。


 お酒は津島と清須一帯の酒蔵から取り寄せた物を出しているんだけど、越後の人たちの飲む速度がハンパじゃないから、次から次へと酒瓶がカラになった。


 清酒はまだ出してない。これだけの人数が満足する数は揃えられなかったから、ある程度の人数を濁り酒で潰して……あ、いや、満足させてから、清酒を出す予定だったんだけど、誰一人として潰れないからその予定が狂っちゃったんだよな。


 越後の人たち、どんだけ酒に強いんだ。


 これはすきっ腹にスピリタス並みの蒸留酒を飲ませたほうが良かったか? でも、それで倒れたら毒を疑われるしな。


 ただ、このままじゃ尾張中の酒を飲みつくされそうな勢いだ。


「しかし、信長殿がもう少し京に滞在していれば、あちらで会えたかもしれませんね」

「俺のような田舎者には、京の華やかな空気は似合いませぬよ」

「せっかく上洛したのに、すぐに尾張に戻られてしまったとか。いとかしこき御方も、もう少し語らいたかったと大層残念がっておいででした」

「またいずれお会いすることもあるでしょう」

「その時はぜひ、東山の桜狩りでも共に参りたいものですね」

「機会があればぜひ」


 にこやかに笑みを浮かべながら杯を重ねる景虎殿に、信長兄上も愛想よく応じている。

 でも、信長兄上の目が笑ってない。

 これはあれだ。なかなか尾張に来た要件を言わないから、相当苛立ってるぞ。俺のシックスセンスがそう告げている。


 た、頼むから、景虎殿相手に暴れないでくれよ!? 織田はまだ弱小大名家なんだから、長尾家に睨まれたら、あっという間に潰されちゃうぞ。


 隣のみっちゃんなんか、さっきからしきりに胃の辺りを押さえている。うむ。その気持ちは分かる。俺も胃の辺りがキリキリしてきたよ。


 っていうか、ほんと、景虎殿は何をしに尾張まで来たんだか、はっきり言ってくれ……


「ところで」


 そう思った時、景虎殿の口調が変わった。俺は、いよいよ本題かと背筋を伸ばした。

 信長兄上なんかは、ようやく本題かという態度を隠そうともしていない。

 ……信長兄上、もう少し表情を取り繕おうよ。いや俺も内心では同意してるけどさ。


「最近尾張ではとても珍しいものを食せるのだとか。そう、例えばこの膳の上の馳走のように。しかも、見たことがない酒があると聞きました」

「確かに、ございますな」

「それを頂くことはできませぬか?」


 景虎殿の願いに、信長兄上は鷹揚に頷いた。元々最初から出すつもりだったしな。ちゃんと用意はしてある。


 でも本当に景虎殿って酒が好きなんだな。まさかそれを飲むのが用件ってことはないだろうから、お酒を出したら尾張に来た本当の目的を明かしてくれるってことだろうか。


 そして運ばれてきた酒を新しい盃に注ぐと、景虎殿は軽く目を見開いた。今は夏で熱いからな。井戸水でキンキンに冷やした冷酒だ。

 もちろん最初に同じ物を信長兄上が飲んで、毒が入ってない事をアピールしている。


「水――――? いや、しかし……」


 盃の中をじっと見た景虎殿は、顔を近づけてその匂いを嗅いだ。


「ほう。花のような香りだ……」


 ゆっくりと盃を傾けて口をつける。そして一口だけ口に含んで、目を閉じた。


「すっきりとした味わいですね。――――このような酒は初めて飲みました」

「清須で作られた酒ですので、清須酒(きよすざけ)と言います。もしくは、清酒(せいしゅ)、と」


 今まで作られたいた濁り酒は、ただ「酒」とだけ呼ばれていた。でも清酒を作った事によって、尾張では今まで作られていた酒を濁り酒と呼んで区別するようになったんだよな。


 それにしても清須で作った酒だから清酒って名前になるなんて、できすぎな気がするよ。


「なるほど。清酒と申すのですか……このような酒は初めて飲みましたが…………うまい」


 感心したかのように言うと、更に味わうようにもう一度口に含む。

 そして、ため息のような息を吐いた。


「うぅむ。五臓六腑に染み渡るうまさだ」

「お口にあったようで幸いですな」


 清酒を気に入った景虎殿は、次から次へと盃を重ねていく。


 気に入ったのはいいけど、飲むペースが尋常じゃない。まるでわんこそばの早食い大会みたいだ。しかも全く酔っている様子がないのが凄いな。あれだけ飲んでも、耳すら赤くなってないぞ。


 景虎殿に随行してきた人たちも、初めて飲む清酒に興味津々だ。盃に注がれると、我先にと飲み始める。


 護衛も兼ねてるだろうに、こんなにたくさん飲んで大丈夫なのか? 越後の人って、みんな酒好きなんだろうか。


 景虎殿はひたすら飲むだけで、肝心の尾張に来た用件を話し始めようとしない。

 さすがに信長兄上もしびれを切らせた。


「さて、そろそろ良いのではないですか?」


 そう言って話を促すと、景虎殿は目を瞬いて首を傾げた。


「そろそろ良いとは?」

「ですから、この尾張に来た理由をお聞かせ願いたい」


 単刀直入に言われた景虎殿は、「はて」と呟いて盃の酒を飲み干す。

 おいおい、どんだけ飲むつもりなんだ。


「先触れの文にも記しましたが、天王祭の見物と尾張の酒を楽しむためですよ」


 先触れの文って……文が着く前に、もう本人は尾張に来てたじゃないか。普通は行ってもいいですかって聞く為の物で、事後承諾のお願いじゃないからな!?


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