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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄二年

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188 夏の嵐 その3

 あの上杉謙信が――――あ、いや、長尾景虎が何をしに尾張に来たっていうんだろう。想像もつかないけど、今からあれこれ悩んでも仕方がないか。

 とりあえず相手が何を目的に来たのか、あらゆるケースを想定しておいて、それに応じた対応ができるようにしておかないといけないな。


 それにしても、目的かぁ。目的、目的ねぇ。何があるんだろうなぁ、目的。

 うーん。

 …………うん。さっぱり分からん。


 これはあれだな。考えるのは信長兄上と明智のみっちゃんに任せよう。さすがに半兵衛には相談できない事態だし。


「信喜」

「はっ」

「金に糸目はつけぬ。明日の夕餉(ゆうげ)は贅をこらした物を用意せよ」


 いきなり明日!?

 景虎殿を清須城に招待するとしても、準備する時間とか色々あるし、せめて二・三日は先延ばししたほうが良いんじゃないかと思うんだけど。


 ああ、でも信長兄上は「思い立ったらすぐに実行」の人だから、言っても無駄か……


 うーむ。景虎殿に出して満足してもらえる食材なんてあったかなぁ。

 そうだ。確か肉の味噌漬けはまだあったはずだし、鷹狩りで手に入れた雉肉と生駒屋敷で生産してる卵の親戚丼は作れるな。えーと、それから……


 甘味の方は、砂糖の在庫があるか分からんから、今から作ってもらうのは難しいかもしれんね。だけど塩味の餡を入れた焼き餅ならすぐ作れるかも。

 よし、後で料理長の神田川さんに聞いてみるか。


 あとは酒の用意をしないといけない。確か謙信って酒好きだもんな。

 津島の酒蔵の酒は、祭りが終わった後って事でかなり消費されるだろうから、明日の宴会分を確保してもらえるようにすぐに指示を出さないといかんな。


 えーと、それから……



 そんな風に、急な客人の来訪を前にして、清須城は右往左往の大騒ぎだった。







 そして迎えた翌日の夕方。

 お忍びで来たという割には大所帯の、長尾景虎御一行様が清須城へとやってきた。


 景虎殿の身分からしたらそれでも少人数なんだろうけど、お忍びといいつつ五十人ほどのお供を連れてたら、それはもうお忍びじゃない気がする。


 馬に乗った集団の先頭にいるのが景虎殿だろうか。


 俺は、なんていうか憧れのヒーローをこの目で見れるっていう期待を胸に、馬上のその人を見上げた。


 いやほら、信長兄上との対面も感動だったけど、あれはいきなりだったし記憶も混乱していたし、今みたいな盛り上がりには欠けていたっていうか。


 うん。ここだけの話、昨日は緊張して胸がドキドキして眠れなかった。

 だってあの上杉謙信だよ! 興奮して眠れなくても仕方ないよね!?


 うわぁ。これが、本物の上杉謙信かぁ。


 軍神と呼ばれるほどの戦さ上手で、生涯で七十回戦って、そのうちたった一度か二度しか敗北したことのない、まさに戦の天才。

 そして、義に篤くストイックで、生涯独身を貫き通した孤高の人だったはず。


 景虎殿が乗っているのは、この辺りではあんまり見ない白馬だ。リアル白馬の王子様だな。


 騎乗しているから身長は分からないけど、景虎殿は全体にほっそりしている。

 軍神っていうくらいだからもっと筋骨隆々とした美丈夫を想像してたんだけど、手綱を握る手すら白くて優美だ。


 だからといって、決して女性的というわけじゃない。切れ長の瞳も、筆を刷いたようにスッとした眉も、理知的な雰囲気をたたえていて男らしく見える。


 武将というよりも文官にしか見えないこの人が、本当にあの上杉謙信になるんだろうか……?


 天王祭で感じた覇気も、全く感じられない。


 うーん。あの時感じたアレは気のせいだったのかな。景虎殿があの場にいたって聞いたから、てっきり景虎殿の放った物かと思ってたんだけど。


 ヒラリと軽い身のこなしで馬から降りた景虎殿は、出迎え役として待っていた俺に視線を合わせた。

 む……俺よりだいぶ目線が高いな。


「突然の訪問で申し訳ない。私は宗心と申します」


 宗心というのは、景虎殿が臨済宗のお坊さんから実際にもらった名前だ。だから一般的に知られてないだけで、偽名ってわけじゃない。

 もちろん、この場にいる人たちはちゃんと宗心が長尾景虎の別名だって分かってるけど、対外的にこんな所に越後の有力大名の長尾景虎がいるわけにはいかないからさ。

 あくまで、ここにいるのは宗心っていう名前のただの僧侶、ってことにしとかないと色々とまずいんだよ。


 それで、あえて宗心の名乗りを上げてる。


 でもなぁ。普通は景虎殿ほどの人が、前触れもなくいきなり尾張には来ないよな。しかも五十人ほどの手勢しか連れてなくて。


 このフットワークの軽さって、信長兄上にも通ずるところがあるよな。

 周りに迷惑かけまくってるところもセットで。


「ようこそいらっしゃいました。お話は伺っております。我が殿がお待ちしておりますので、どうぞこちらへ」

「かたじけない」


 景虎殿の声は、深く響くバリトンだった。

 イケメンで声も良いとか、羨ましいな。美和ちゃんと結婚する前の俺だったら、リア充もげろ、と呪っていたところだ。


 今の俺は、もう既に可愛いお嫁さんをもらったからな。そんなに羨ましくはない。

 ……背の高さだけ、ちょっと羨ましいと思うだけだ。うむ。


 景虎殿と護衛の皆さんを、宴会の場に案内する。

 評定の間よりも広いそこは、いくつかの部屋の襖を取り払って大きな部屋にした場所だ。上座のほうには何枚か畳を敷いてある。


 部屋では既に信長兄上が座って待っていた。いつも座っている上座は、景虎殿の席として用意されている。


 信長兄上の恰好は、狩衣を着た正装というわけではないけれど、今日はちゃんとしてくれてるな。湯帷子(ゆかたびら)だったらどうしようと思ったけど、一安心だ。


 が、なんといってもあの信長兄上だ。何が起こるか分からんから、気が抜けない。


 この場には、信長兄上と俺と明智のみっちゃんが同席しているんだけど、俺でもどうしようもない事態が起こったら、後は常識人のみっちゃんに任せるからな! 頼んだぞ、みっちゃん!


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