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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄二年

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187 夏の嵐 その2

 けれどもその威圧は、次の瞬間には霧散していた。気配の主も群衆に紛れてしまって、今となってはあれが誰だったのか確かめることもできない。


 気にし過ぎかな、とも思ったけど、そっと護衛についているタロに小声で指示を出した。


「あちらのほうに不審な集団がいるように思います。誰か人をやって様子を見てきてもらえませんか?」

「ただちに」


 周りが不審に思わないように視線を正面に向けたままにしていたけど、隣にいる美和ちゃんは何かあったのかと心配そうに俺を見ていた。

 大丈夫だよ、という意味をこめてにっこり微笑んでおく。

 そうするとホッとしたように表情が緩んだ。

 うん。このままずっと美和ちゃんを見ていたいなぁ。


 そう思いながらも背後からの視線を感じて振り返る。

 そこには案の定、信長兄上がイイ笑顔で俺を見ていた。


 ……はい。後でちゃんと報告しますから。だからそんなコワイ顔でこっち見ないで下さい。目が全然笑ってませんよ。


 ああ、まきわら船を飾るいくつもの提灯が水面に映って、それはそれは幻想的なのに。

 そして隣には新婚の奥さんがいて、ロマンティックなひと時になるはずだったのに。


 なんで俺は時折投げかけられる信長兄上の視線にビクビクしてないといけないんだろう。

 理不尽だ。とっても理不尽だ。


 そうだ。それもこれも、あの不審者たちが悪いんだ。絶対に怪しいから、尻尾をつかんでやる!


 不審者たちの様子を探りに行ったタロはなかなか戻ってこなかった。だからそのまま龍泉寺城に帰ることはできなくて、俺だけ清須城に拉致された。


 気の毒そうに俺を見る信行兄ちゃんとか熊とか市姉さまを見送りながら、俺は美和ちゃんと分かれて清須城へとドナドナされていった。


 不審者の件は放っておけないしな。仕方ない。

 仕方がないけど、やっぱり理不尽だ。


「して、何があった?」


 ドカッと座る信長兄上の横には前田利家の弟で小姓の佐脇良之がいて、団扇をあおいで信長兄上に涼を届けている。

 こういうのを見ると、小姓っていうか、身の回りの世話だけしてくれる人が欲しいと思うよな。それだけで済まなくなりそうだから、いらんけど。


「気のせいかもしれませんが、祭りに不審な者たちが紛れ込んでいるように思いました」

「ほう。なぜそう思った?」

「天王祭を見物しにきたにしては妙なことに、家族連れではなく男ばかりの集団で、しかもかなりの人数がいたようです」

「――――間者か?」

「それは分かりません。特に嫌な感じもしなかったですから。ただ……」

「何か気になるのだな?」

「ええ。一瞬ですが、尋常ではない覇気を感じ取りました。あれは、信長兄上にも匹敵したように思います」

「ほう」


 脇息にもたれかかった信長兄上は、目をつぶって何かを考えているようだった。そしてしばらくしてから、カッと両目を見開いた。


「おもしろい。正体の知れぬ集団か。斉藤や今川であったならば、のんびり祭り見物などせずに闇に紛れておろうよ。ならば一体、何者だろうな」


 再び目を閉じる信長兄上に対して、邪魔をせずにじっと控える。

 こういう時の信長兄上って色んな事を考えてるからな。うかつに話しかけると、熟考を邪魔されたって怒りだすから要注意だ。


 俺も口をつぐんだまま考えるけど、さっぱり相手の正体も目的も思いつかない。もしかして気のせいだったのかも、なんて思い始めた頃。


 再び信長兄上が目を開けた。そして俺の後ろにある出入り口に向かって、短く告げる。


「入れ」


 静かに襖が開くと、そこに信長兄上の忍びである饗談の頭領、簗田政綱(やなだまさつな)殿がいた。その隣にはタロもいる。どうやら二人であの謎の集団を追っていたらしい。


「正体は?」


 信長兄上がその一言だけ言うと、梁田殿はちらりと小姓の佐脇殿に視線を向けた。それに気づいた佐脇殿は、信長兄上をあおいでいた手を止めて、深く一礼してから部屋を退出する。


 佐脇殿と入れ替えに梁田殿が部屋に入るまで、誰も言葉を発しなかった。


 なんだろうね、この、訓練されてる感じ。


 タロは全権を梁田殿に任せたのか、いつものように部屋の外で警護するらしく、部屋の中へは入ってこなかった。


「ご報告させて頂きます。信喜様の近習でおられる太郎殿より注進があり急ぎ調べましたところ、五十人ほどの他国の者が天王祭を見物していたようです」

「どこの国の者か分かったのか?」

「常楽寺の僧より、文を預かっております」

「常楽寺だと?」


 常楽寺っていうのは津島神社のすぐ近くにある曹洞宗のお寺で、津島神社の宮司である氷室家の菩提寺にもなっている名刹(めいさつ)だな。そんなに大きくはないけど、百三十年前に作られた銅鐘(どうしょう)でも有名だ。俺はまだ実際に見たことはないけど。


「他国の者たちが常楽寺の中へと入っていきましたので様子を探ろうとしたところ、ちょうどこの文を持った僧が出てくるのに行き合いました」

「ふむ」


 文を受け取った信長兄上は、無言のまま内容を読み始めた。

 読み進める内に、眉間の皺が深くなっていく。


 うわぁ。これ、どう考えてもロクな内容じゃないな。


 何が書かれているんだろうと思いながら信長兄上が読み終わるのを待った。


「信喜」

「はい」

「読んでみよ」


 読み終わった文を、信長兄上が投げて寄こす。


 ふむふむ、なんだって?

 えーと、つまり、お忍びで常楽寺に貴人が泊まりに来てるってことか。お忍びとは言っても、最低限の護衛は必要だからな。なるほど、それであの集団になったわけだな。


 それで、誰が滞在してるんだ?

 へえ。越後の長尾景虎か。


 ――――ん? 長尾景虎!?


 それって、戦国時代で信長兄上に次ぐ人気を誇るあの武将の最初の名前じゃないか!?


 そう。そこに書いてあるのは、あの上杉謙信の名前だった。


 えええええ!?


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