181 鷹狩り
結局、藤吉郎は俺と美和ちゃんが薦めた巾着をねねに贈ったみたいだった。これで二人の距離が縮まるのかねと思っていたら、なぜだか日ごとに藤吉郎の顔が暗くなってきた。
変だな。史実ではねねと結婚したはずなんだけど、どうなってるんだろう。
疑問に思った俺は、執務の合間に明智のみっちゃんに聞いてみた。
「浮野の戦いで亡くなられた岩倉方の林弥七郎殿を覚えていらっしゃいますか?」
藤吉郎の事を聞いたのに、なんで林殿の話になるんだろうとは思ったけど、俺は頷いた。
目の前で起こったあの一騎打ちの事を、きっと俺は、生涯忘れることなんてできない。
「林殿には残された家族がおりました。そのうち寡婦となった朝日殿は、息子二人を連れて妻に先立たれた同じ弓衆の杉原定利殿の元に嫁ぎ、娘二人は、朝日殿の妹であるふく殿の嫁ぎ先である浅野長勝殿の元へ養女として迎え入れられたのです」
うん。確かそんな話は聞いたことがあるな。
「その浅野長勝殿の養女となったのが、藤吉郎が懸想しているねね殿でございますよ」
おお。そこに話が繋がったのか。
「そうだったのですか。それは知りませんでした」
「しかし、ねね殿の母である朝日殿が、弓の名門である林家の血を受け継ぐ娘が足軽など相手にしてはならぬと、きつく言い含めているようですね。最近では、藤吉郎が殿の鷹狩りに同行している時だけ、ねね殿を奥に隠すように浅野殿に頼んでいるのだとか。朝日殿の嫁した杉原家も、元は平清盛公の家令を務めた平貞能殿の系譜ということですし、血筋にこだわる方なのでしょう」
「なるほど」
「それに朝日殿は、ねね殿を前田利家殿に娶せたいという意向のようです。ですが前田殿は去年、篠原一計殿のご息女まつ殿が嫁いできたばかりですので、ねね殿との婚姻は実現してはおりませんが」
「……ずいぶん、詳しいのですね」
足軽なんて小物のことを、よくそこまで調べたよな。凄いな、部下の事は全部把握しちゃってる有能上司がここにいたよ。
「殿が目をかけておりますからね。どのような人物かは、把握しておかなければなりません」
しかも有能部下も兼任してた!
みっちゃんが有能すぎてコワイ。
「信喜様が気にかかるのであれば、殿の鷹狩りにご同行なされば良いのではないでしょうか?」
「そうですね。久しぶりに信長兄上と鷹狩りを楽しみましょうか」
「殿もお喜びになると思います」
にっこりと微笑むみっちゃんは、話が一段落ついたと見るや、すぐに仕事に取りかかった。
みっちゃんは与力として来てくれてるんだけど、ほんと、有能で助かるな。いずれは信長兄上のとこに戻るにしても、それまではがんばってくれたまえ。うむ。
温泉に入りに来た信長兄上に一緒に鷹狩りに行きたいと言うと、二つ返事で快諾してくれた。美和ちゃんと結婚してからお供してなかったからな。久しぶりの、兄弟水入らずの鷹狩りだ。
もちろん藤吉郎も信長兄上に拉致……じゃない、お供しろって呼ばれている。
他にはもちろん鷹狩り六人衆がいる。
弓衆として、浅野長勝殿の甥の浅野又右衛門殿、太田又介殿、堀田孫七殿。そして槍衆として伊藤清蔵殿、城戸小左衛門殿、堀田左内殿。この六人が、信長兄上の鷹狩りに必ずお供するメンバーだな。
最近の信長兄上のお気に入りの狩場は、龍泉寺城から清須城に向かう途中にあるあし原ってところだ。そこによく、ナベヅルっていう頭から首にかけては白くて、他は黒っぽい色の鶴が飛んでくるらしい。
なんとなく鶴っていうと丹頂を連想してしまいがちだけど、丹頂は瑞鳥だから狩っちゃいけないらしい。その点ナベヅルは、農作物を荒らす害鳥ってことで狩ってもいいらしい。農作物を荒らすのは丹頂も同じだと思うんだけどな。
「そろそろ暑くなってくるゆえ、狩りも終わりか」
信長兄上の飼っている鷹はオオタカだ。オオタカって名前を聞くと、大鷹って字を連想すると思うんだけど、実際の大きさはカラスくらいしかない。元々は蒼い鷹だから「あおたか」って呼ばれてて、それがオオタカって名前に変わっていったらしい。
確かにオオタカの背中ってくすんだ蒼の色だから、納得だ。
「オオタカは暑さに弱いですからね」
「灰鷹が手に入れば良いが、与助に灰鷹の調教は難儀かもしれぬ」
信長兄上の鷹匠は沢与助さんって人だ。鷹匠としては経験豊富な人だけど、オオタカに比べてハイタカは調教が難しいらしいんだよな。だから鷹匠頭っていう、鷹匠の中でも腕の良い人が調教を担当する。
与助さんもそこそこ腕の良い鷹匠だけど、ハイタカの調教はできるのかなぁ。ハイタカ自体が滅多に手に入らないから分からんね。
生息地が尾張よりだいぶ北の方の、陸奥とかその辺らしいからな。でも北の方が生息地なのに、オオタカより暑さには強いんだけどな。
そもそも鷹狩りに使う鷹は、巣から捕った「巣鷹」と野生から捕った「網掛け」に区別される。でも野生から捕った網掛けは、自分より体の大きい鶴とか白鳥なんかの獲物を獲ろうとはしないから、巣鷹の方が重宝されるんだよな。
ただ、巣から捕るって言っても、現代みたいに人工孵化装置なんてないから卵を捕ってきて孵化させるのは大変だし、孵化したばかりの雛もすぐに病気で死んじゃうから、孵化して一カ月弱くらいの、尾羽が伸びて横縞が二本くらい見えるようになってきた二斑見せを捕って調教するのが一般的だ。
だからハイタカを手に入れるには、東北の鷹匠が調教したのを手に入れるしかないんだけど、そもそも東北の大名がほいほいと貴重な鷹を手放すはずがない。手放すにしたって、尾張の田舎大名には譲ってもらえない。
ハイタカがいないなら、オオタカでいいじゃないか。
信長兄上ほど鷹狩りにハマってない俺はそう思うんだけど、やっぱりマニアはそう思わないらしい。
いつかハイタカが手に入るといいね、信長兄上。
沢与助さんは近江の国で信長から所領保証の書状をもらった沢源三郎の父親です。
今年の七月のニュースに出てました。




