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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄二年

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180 木下藤吉郎

 買い物を終えて出ようとすると、店先に並べてある巾着を手に取っている男がいるのに気がついた。

 よく見ると、最近は食生活が改善されてちょっとふっくらしたせいか、禿げ鼠から猿に進化した木下藤吉郎、つまり未来の豊臣秀吉がそこにいた。


「おや、これはこれは信喜様に奥方様。お買い物でいらっしゃいますか」

「ええ。藤吉郎もですか?」


 藤吉郎は確か今年で二十一歳だから俺よりずっと年上なんだけど、身分としては足軽なんで、名前を呼び捨てにしてる。最初は慣れなかったけど、慣れるもんだな。色々と。


 藤吉郎が手に取っているのは、どう見ても女物の柄の巾着だった。自分で使うはずはないからプレゼントなんだろう。


 そういえば秀吉って女好きで有名だもんなぁ。こんな顔してるけど、結構モテたはずだ。確か正妻のねねとは、この時代には珍しい恋愛結婚をしたっていう話だし。しかも、出会った当初はねねの家の方が家柄が上だったから、秀吉との結婚は家族に反対されたんじゃなかったかな。


 ん? そうすると、こいつがプレゼントを贈る相手って、ねねなのかな。


「あ、いや~。まあそんなところですなぁ。お恥ずかしい」


 頭の後ろをかきながら照れる藤吉郎の手元を見る。そこにあるのは赤と黄色の、なかなか斬新な模様の巾着だった。


 これって元は、赤い生地に大ぶりな黄色の菊の花でも描いてあったのかな。微妙なところで切られてるから、色見は派手だけどイマイチな気がする。 


「誰かに、贈り物かな?」


 そう尋ねると、藤吉郎は軽く頭を振った。

 でもその耳は薄っすらと赤くなっている。


「贈り物っちゅうか、お礼ですかね。だけども、若いおなごに何をあげていいのやら悩んでるところでございますよ」

「なるほど。相手の方の好みにもよるけれども……どんな色が好きなのか、知ってるのかな?」

「それが分かりませんのです。あんまり派手な着物は着ておらなんだが……年の割には落ち着いた着物でしたな。だけども、もうちっと華やかな色も似あってらっしゃると思うんですけどもねぇ」

「ああ、なるほど。それでこの色合いの巾着なんだね」


 確かに地味な色の巾着を贈るより、華やかな色の物を贈った方が喜ばれそうだよな。着る者は地味でも良いけど、小物は派手なのが好きってこともあるし。


 うーん。でもなぁ。もうちょっとセンスの良い柄の巾着にした方がいいんじゃないかな? 例えば、同じ赤系統なら、こっちのえんじ色に紺の小さなトンボの絵が描いてある巾着とかどうだろう。

 藤吉郎が手に持ってるのよりは地味だけど、センスの良さで言うならこっちのほうがいいと思う。


「私はこちらの方が良いと思うけど。美和はどう思う?」


 えんじ色にトンボの絵が描いてある巾着を手に取って、振り返って聞いてみる。

 そうしたら、美和ちゃんはうーんと首を傾げた。

 くうっ。なんだこれ、可愛いな。


「そうですね……普段、あまり派手なお召し物を着ていらっしゃらないのであれば、こちらでも十分華やかに思われるのではないでしょうか?」

「そんなもんですかねぇ」


 おいこら。藤吉郎のくせに美和ちゃんのアドバイスに気のない返事をするんじゃない。失礼だろうが。


 と、俺は内心でムッとしたけど、心優しい美和ちゃんは藤吉郎の無礼をさらっとスルーした。なんて心が広いんだろうな。


「お年はいくつくらいの方ですの?」

「確か、十二歳とお聞きしました」


 なんだと!? 二十一歳と十二歳ってことは、立派なロリコンじゃないか!?

 は、犯罪だ!

 いやでも、この時代だとセーフなのか!?


「でしたら、この柄だとちょっと大人びているかしら。ああ、でも、贈り物がこれで終わりという訳ではないなら、差し上げる時に様子を見てみればいいかもしれませんよ?」

「様子、ですか?」

「ええ。喜んでらしたならそれで良いでしょうけれど、もしあまり喜んでいらっしゃらないようなら、その時にどんな柄が好きかお聞きすればいいのよ。それで次はその柄の巾着を贈りますと言えばいいのじゃないかしら」


 なるほど。気にいってもらえたら好印象を与えられるし、そうじゃなくても買い直して渡すのであれば、また会う機会が増える。どっちに転んでもいいって事だな。


「……受け取ってもらえりゃあ、いいんですがね」


 自嘲を含んだ声に、目を見張る。いつも飄々として人の良い笑みを浮かべて軽口を叩いて。心の奥底に眠る野心を、そうして隠しているばかりの男だと思っていた。


 だけど今の藤吉郎は、身分違いの恋に身を焦がす、ただの男のように見えた。


 ―――そう、か。

 こいつは、木下藤吉郎なんだ。豊臣秀吉じゃ、ないんだ。


 その時、初めて俺は気がついた。


 俺は今まで、木下藤吉郎じゃなくて、その後ろにいる豊臣秀吉を見ていたんだって事に。


 本能寺の変の後、中国大返しをやってのけて、織田信長を誅殺した明智光秀を討った豊臣秀吉。そして織田信長の後継者として一気に名を上げた秀吉は、やがて柴田勝家を殺し、関白の座に上り詰める。


 本能寺の変は、実は秀吉が黒幕だったんじゃないかって話がある。それくらい、秀吉が毛利攻めから戻ってくるのは早すぎた。そしてその後の天下を取るまでの見事さ。まるで、最初から全てが秀吉の策略だったかのように―――


 だから、俺は秀吉を警戒していたんだけど。


 でも、こいつはまだ豊臣秀吉でも羽柴秀吉でもなくて、ただの木下藤吉郎なんだよな。そして、もしかしたら羽柴秀吉にはなっても、豊臣秀吉にはならないかもしれない。


 だとしたら、俺はちゃんと木下藤吉郎と向き合わなくちゃいけないと思う。


「きっと受け取ってもらえるよ」

「―――信喜様?」

「藤吉郎が、真摯にお願いすれば、受け取ってもらえるよ」

「それなら、ええんですがなぁ」


 鼻をかきながら照れ笑いする藤吉郎に、誰に贈るのかと聞いてみる。


「実は先日、殿のお供で鷹狩に行ったんじゃが―――」


 藤吉郎を気に入っている信長兄上は、龍泉寺城にある温泉につかった後で鷹狩に行く時は、たまに藤吉郎も連れて行く。その時にたまたま、弓衆の浅野長勝殿の屋敷に立ち寄った。そこで、その娘であるねねの気立ての良さを気に入って、藤吉郎に嫁にもらったらどうか、って言ったんだそうだ。


 それに驚いた藤吉郎が飲んでた白湯を吹いて、濡れた着物を拭くためにねねが手ぬぐいを貸してくれて。


 それで藤吉郎は、ねねさんに惚れちゃったってわけだ。


 信長兄上……何やってるんだよ……



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