179 龍泉寺城の城下町
いちゃいちゃ注意です。
結婚したばかりだからゆっくりしてもいい、って事じゃないんだろうけど、最近は信長兄上からの出陣要請もなく、俺はまったりした生活を送ることができていた。
朝、日が昇る前に鍛錬を終えて、その後温泉でひと風呂浴びて、執務をして、週に三回は清須城に信長兄上に会いに行く。同じくらいの頻度で信長兄上が風呂に入りにくるから、ほぼ毎日会ってる気がするけど。
そして城下町の様子を見たり薬草園を見たりして、たまに拝領された篠木村を視察に行く。
篠木村では米の収穫量が上がっているらしく、今年も稲がすくすくと育っているらしい。このまま天候が荒れなければ、豊作が見こめるだろう。
そこで、俺は良い機会だから、と、美和ちゃんを城下町へのデートに誘った。
ほら、釣った魚に餌をあげないなんて、って嫌われるのはゴメンだからな。
「だいぶ、街ができてきましたのね」
「ええ。熱田からも商人が来てくれているので、活気が出てきました」
美和ちゃんが熱田の千秋さんの養女になってたからな。その縁で、数人の商人がこの龍泉寺城の城下町に来てくれたんだよ。龍泉寺城は庄内川に面しているし、熱田との行き来も船を使えばいいから物資を運ぶにも適しているんだそうだ。
津島でお店を開いている「とらのや」の黒川円光さんと、味噌と醤油を扱ってる「かくや」の喜多衛門にも来て欲しかったんだけど、さすがに無理だった。
まあ、津島はそれほど遠いってわけじゃないしな。欲しい時は注文して持って来てもらえばいいんだけどな。
ただなぁ。「とらのや」の、貴重な砂糖を使った饅頭は、信長兄上が注文した時しか食べれないからさ。近くにいれば、いつ作るかを把握できて良かったんだけどな。
え? なんでいつ作るのかを把握しないといけないのかって?
そりゃ、共同制作者というか作り方を一緒に考えた俺としては、ちゃんと作れたかどうか試食をして確かめるのが当然だからじゃないか。
決しておこぼれに預かりたいとか、そんな卑しい気持ちじゃないからな。うむ。
「そうだ。鵜飼殿の小間物屋も覗いてみましょう」
「はい」
デートだから手を繋ぎたいところだけど、それやると目立つからなぁ。美和ちゃんは俺の二歩後ろを歩く感じだ。そして俺の横にはタロがいて、不審なものがないかどうか目を光らせている。
あれ? なんかこれじゃ俺がタロと並んで歩いてて、美和ちゃんがお付きの人みたくなってないか?
いやでも、これがこの時代の適切な距離感ってやつだしなぁ。
……二人っきりになれれば、手をつなげるかな。
さすがに城の外じゃ危ないだろうけど、薬草園の一角とか。桔梗なんかも植えてるしな。花が咲いたら綺麗だと思う。
うん。桔梗の見ごろになったら誘ってみよう。
「おお、これはこれは信喜様。いらせられませ」
「突然すまないね。小物を見せてくれるかな」
「もちろんでございますとも。ささ、どうぞこちらへ」
いきなりの訪問でも、鵜飼さんの、えーと、確かお兄さんだったかな。名前は孫次郎さんが、ニコニコと俺を出迎えてくれた。
このお店は俺に名前をつけて欲しいって言われたんで、「創屋」って名前をつけた。
名前の由来はあれだ。現代で雑貨を百円均一で売ってる、タイソーってチェーン店だ。
店先には手軽な値段で買えるな巾着なんかを置いてあるけど、中にはそれよりも少しだけ高価な物が置いてある。朱塗りの文箱とか柘植の櫛とか、そんな感じだな。でも凄く高価な品物は扱っていない。おいても売れないし、そういった品物はお抱え商人が取り扱うからだ。
小間物屋、って聞くと、小さい細々した物を売るからその名前がついたのかと思うけど、博識の月谷和尚さまによると、元々は朝鮮半島を支配した高麗国なんかの輸入ものを扱う店の事を高麗物屋って呼んだのが始まりみたいだ。現代で言うと、輸入雑貨店ってとこかね。
もちろんそのウンチクはすぐ孫次郎さんに披露したけどな。ちゃんと月谷和尚さまから聞いたっていうのも付け加えたけど、ほほ~と感心されるのはちょっと気持ちいいよな。うむ。
「先日、京の町へ仕入れに参りましたが、奥方様にはこちらの櫛などいかがでございましょうか」
孫次郎さんが取り出した櫛は、手彫りで梅の花が掘られている見事な一品だった。大きさは四寸五分、約十三センチメートル強の大ぶりな物だ。
「まあ、なんて素晴らしい細工でしょう」
手に取った美和ちゃんが感嘆の声を上げる。きらきらと輝く瞳が、なんとも可愛らしい。
いやもう、こんなに可愛かったら、何でも買ってあげちゃうよね。新婚だしね。仕方ない仕方ない。
その他にも美和ちゃんに似合いそうな髪紐も買ってしまった。
孫次郎さんは代金はいらないって言ってくれたけど、それじゃ悪いし、これからも気兼ねなく買い物をしたいから、押し問答の末にお金を支払った。
多分、オマケしてくれてるとは思うけど、それくらいは甘えてしまう事にとにした。
やばい。
前世で彼女に貢ぐ男の気持ちが分からなかったけど、こんな風に喜ぶ顔が見たくて貢いじゃうんだな。
貢ぎすぎて、身代を傾けないようにしないといかんかもしれんな……。
といっても、結果的に、そんな俺の心配は杞憂に過ぎなかったけどな。
「もう。信喜様、それ以上は買い過ぎですよ」
あれもこれも、と買おうとする俺にストップをかけたのは、貢ぎ相手の美和ちゃん本人だった。
美和ちゃんは商家に嫁ぐ心構えをしてただけあって、経済観念のしっかりした子だったってことだな。うむ。
俺は、なんて素晴らしい嫁さんをもらったんだろう。
これからの人生は薔薇色だな。うむ。うむ。
うむうむ言ってるのは、照れ隠しということでお願いします。




