178 熊の婚礼
美和ちゃんとの婚礼の儀は、三日目のお披露目まで無事に終わった。
しょ、初夜の方は、うん、まあ、無事に終わったというか何というか。うむ。
美和ちゃんは可愛かった。以上。
三日目のお披露目では、嫁迎えの儀で美和ちゃんを迎えに行ってくれた熊と半兵衛も参列してくれた。
末席での参加だけど、これは別に熊と半兵衛をないがしろにしてるってわけじゃない。お迎え役の人たちは新郎側の護衛として不測の事態に備えるため、出入り口に近い末席に座るのも役目だからだ。
要するに、撤退戦で敵に背中を見せる時のしんがりを、信頼できて腕の立つ武将に任せるのと同じ理屈だな。
もちろん美和ちゃんの兄である生駒家長殿とか、養父になった千秋季忠殿も、美和ちゃん側の親族として参列してくれている。
さあ皆、龍泉寺城で用意できる限りの御馳走を用意したからな。思う存分、食べてくれ。
好評の親子丼とか味噌漬けの猪肉とか。
もちろん諏訪神社に一度奉納したお肉だから、問題なく食べれるからな!
っていうか熊と千秋さんが並ぶと、ダブル熊で絵面がとっても暑苦しい。
ちょっとソコ。ヒグマとグリズリーで、飲み比べとかしなくていいから。
おいおいおいおい。ちょっと待て。二人して龍泉寺城の酒蔵を空っぽにする勢いで飲むんじゃないぞ!
家長さん、その飲みっぷりに感心してないで適当なとこで止めてくれよな!
そして俺の方の親族席には信長兄上と信行兄ちゃんが並んで座ってて、仲良く盃を交わしている。
ああ、いいな。
血の繋がった兄弟だからな。こんな風に仲良く酒を酌み交わしてる姿を、一度でいいから見てみたいと思ってたんだ。
その夢が叶って、もう少しで殺し合う所だった二人が、こうして穏やかに笑いあっているのを見れて本当に嬉しい。
それが俺の結婚を祝ってのことだからな。嬉しさもひとしおだ。
熊と半兵衛も、思う存分、酒と料理を楽しんでくれてるみたいだ。
熊は少し酔ってきたのか、めでたいめでたいと、俺が元服した時と同じように、千秋殿の横で泣きながら酒を飲んでいた。
っていうか、次はお前の番だからな、熊。
酒蔵を空っぽにしたら、お前のお祝いに持って行く酒はなくなるぞ?
熊と市姉さまの結婚式は、俺の結婚式の一か月後に行われた。
三日目のお披露目の席には、市姉さまの親族として俺も参加したけどさ。
また熊が泣いてやがるんだよ!
いや、嬉し泣きなんだけど、あんなに大きな図体で泣きすぎだろう!
なんていうか、市姉さまに見とれて泣いて、市姉さまに見とれてる参列者を威嚇して、と、泣いたり威嚇したり忙しかった。
熊と市姉さまへの結婚プレゼントは、ちぎり絵を額縁に入れて贈った。
絵のモチーフは、市姉さまが好きな百合にした。熊に見立てたオレンジ色の鬼百合と、市姉さまに見立てた白百合が寄り添って咲いている。
熊と百合のモチーフも考えたんだけど、結婚のお祝いに贈るにはあまりにも似合わないからやめた。黄色い熊と白百合なら似合うんだろうけど、ヒグマじゃなぁ。
お土産でよくある、鮭をくわえてる木彫りの熊みたいに白百合を口にくわえさせようかとも思ったんだけど、どうにもしまらない絵になっちゃうから断念した。
熊を百合に見立てたとしても、百合は百合でも鬼百合だったら、鬼柴田とも呼ばれる熊には、鬼繋がりでちょうどいいだろう。
ちなみに鬼百合の球根はユリ根って呼ばれて食べることができる。現代でもよく茶碗蒸しに入れられていて、ちょっとホコッとした食感が特徴だ。
ちぎり絵の下書きには、圧搾機の完成によって製造量が増えたハゼ蝋と墨を混ぜたクレヨンを使った。絵具を溶かした色水に和紙をつけて色紙を作って、それを細かくちぎって下絵に貼っていく。
絵の才能は熊の方が上だからな。そのまま贈っても喜ばれないかと思って、ちぎり絵を思いついたんだ。これなら絵の才能がそれほどなくても誤魔化せるからな。
他にも蒸留酒とか、砂糖を使った紅白饅頭をお祝いに贈った。
今回作った饅頭は揚げるんじゃなくて蒸し饅頭だ。ほら、揚げると茶色い饅頭になっちゃって紅白のめでたい饅頭にならないからさ。
せっかくのお祝いだし、やっぱり饅頭は紅白だよな!
津島で「とらのや」って名前の和菓子屋を開いた黒川円光さんと共同開発して、米粉で作った皮にして白くした饅頭と、小豆のゆで汁で色をつけた米粉を使って赤くした饅頭を、二個セットにして箱に入れてもらった。
小豆の赤は、赤っていうよりえんじ色に近いけど、紅花で着色するより手軽だからこっちにした。
それから饅頭に使った砂糖は貴重だけど、市姉さまのお祝いに贈りたいって言ったら、信長兄上は二つ返事で了承してくれた。ほんとに家族には甘いよな。
でもしっかり自分の分は別に確保してたけど。
でもって、贈答に使えるなとか、黒い笑顔を浮かべてたけど。
うん。俺は見てない見てない。
熊と市姉さまの結婚式も、そうして無事に終わった。
俺の結婚式と熊の結婚式が続いて、尾張の国の人々は、まるで他国との一切の争いが存在しないかのように、慶事に沸いて、束の間の平和を甘受していた。




