173 トンボ帰りの理由
暗殺未遂事件があったせいなのか、信長兄上たちはわずか五日間しか京に滞在せずにとんぼ帰りで尾張に戻ってきた。
もちろんお土産がないのは覚悟していたけど、戻ってきた信長兄上に挨拶をしたらいきなり無言でゲンコツされた。しかもそのまま言葉も交わさずにスルーされた。
な、なんでだよ!
俺は大人しくお留守番してたじゃないか!?
ゲンコツされる理由が分からなくて内心で涙目になったけど、さすがに元服したしな。ほっぺ膨らますのもリアル涙目も卒業だ。ここは大人しく、理由を知ってるはずの明智のみっちゃんに聞いてみた。
自分で言うのもなんだが、我ながら成長したと思う。うむ。
「明智殿。京で何かあったのですか?」
みっちゃんは理由を言おうか言うまいかしばらく悩んでたみたいだけど、俺の教えて攻撃に負けて口を開いた。
「その……幕府の方たちとの宴席で、池田殿が信喜様の事を大層褒めておいでだったのです」
ん? ツッチーが俺のこと褒めてくれてたんだ?
へ~。あんまり関わってないけど、それは、ちょっと嬉しいかな。えへへ。
「それに問題があったのですか?」
「その話を聞いた大樹が信喜様に興味を持たれたらしいのです」
……それってさ、もしかして超ヤバくないか?
自分で言うのもなんだけど、俺って凄い美少年なんだよ。でもって戦国時代はホモの巣窟だ。将軍だって例外じゃない。
もし万が一、見染られちゃったりしちゃったら、小姓に寄こせって言われるのは確実だ。
っていうか、今回俺が上洛の一行に加えてもらえなかったのって、思いっきりそれを避けるためだからな。
「も……もしかして、信長兄上たちがこんなに早く帰ってきたのって、言質を取られない為でしょうか?」
仮にも将軍様だからな。直接連れて来いって言われたら、まだまだ田舎大名に過ぎない信長兄上に拒否することはできない。
「……殿は何もおっしゃいませんが、おそらくは」
の、信長兄上……
俺は今、猛烈に感動している!
この恩は一生忘れません! 俺の……俺の貞操を守ってくれて、ありがとう!!
いやでも実際、衰退してきてるっていっても一応足利将軍だからな。三好にけちょんけちょんにされちゃってても、将軍様だからな。それなりに権威は持ってるから、普通だったら弟の一人や二人、人身御供に差し出すのが普通だ。
なのに、俺がホモ嫌いだから、信長兄上はそれを回避してくれたんだな。
ハバネロトラップの話も聞いてたから、余計感動したよ。
俺、絶対、一生、信長兄上についていく!
絶対絶対、裏切らないから!
「それならそうと、いきなりゲンコツなどなさらずに、大変だったと私に言ってくだされば良かったのに」
俺が思わずそう呟くと、みっちゃんは切れ長の目を細めて、信長兄上が立ち去った方角を見た。
「あえて言わぬところが、殿らしいですな」
ホント、そうだよな。壊滅的に言葉が足りない。
だけどそれをちゃんと明智光秀が理解してくれてるってことが。
とても、嬉しかった。
「ですが、信長様が無事にお戻りになって良かったですね」
「ええ。今、信長兄上に何かあれば、途端に尾張は飲みこまれますからね」
まだ色々と書類を作ったりしないといけないみっちゃんを置いて、俺は先に龍泉寺城に戻ってきていた。部屋の一つを半兵衛に貸しているので、お茶を飲みがてら情報交換だ。
「確かにそうですね。……それにしても、義龍様も暗殺などと卑怯な手を使おうとするとは……」
以前、半兵衛に聞いた限りでは、書物を読んで大人しい性格だったって聞いてたんだけどな。なんだかイメージが違うよな。
美濃の梟雄と呼ばれた斉藤道三は、知識人と名高い美濃の崇福寺の住職である臨済宗妙心寺派の僧侶、快川紹喜和尚を稲葉山城に招いて、そこで兵法なんかを有力家臣の子弟に学ばせていた。
半兵衛と斉藤義龍と、そしてみっちゃんは、そこで共に学んだ兄弟子・弟弟子の間柄だ。
それで義龍のことも良く知ってたんだけど、いくら敵対している相手とはいえ、暗殺を企むような性格ではなかったらしい。
でも、本来の性格がそうなんだとすると。
そこまでしなければ信長兄上を倒せないと思うほど、追い詰められてるって事なんじゃないかな。
「戦場でなら信長兄上と馬廻りの方たちが負けるとも思えませんが、さすがに暗殺の危険は事前に分かりませんしね」
今回は饗談の丹羽さんががんばってくれたけど、毎回そう都合よく暗殺計画が漏れるとも限らないしなか。
ここは一つ、甲賀忍者の鵜飼さんにもがんばってもらうのが一番かもしれんなぁ。
情報を制するものは世界を制すって、誰かが言ってたような気がするしな。




