156 半兵衛再来
濃姫の襲来の翌日。品野城の戦いから、信長兄上たちが戻ってきた。
結果は敗戦。
途中までは織田勢の方が優勢だったんだけど、付城の落合城、桑下城からの後詰によって、負けた。多勢に無勢だったらしい。
信長兄上も熊もリーダー滝川も無事だったけど、織田方は五十人の死者を出した。
信長兄上は亡くなった家臣一人一人の名前を呼び、黙とうした。
そしてただじっと空を見つめていたらしい。
俺は、そんな話を、熊から聞いた。
負け戦によって清須城が重い雰囲気になる中、なんと我が親友竹中半兵衛が美濃から戻ってきた。
しかも、帰省中になんだか城を一つ落としたらしい。
いやもちろん半兵衛一人で落としたわけじゃなくて、大将は半兵衛の父である竹中重元殿なんだけども。
「元々、我が竹中家は美濃の北西にある不破郡の漆原城を治める岩手家を祖としております」
半兵衛は、歓迎の宴でふるまった親戚丼を食べながら城攻めの経緯を説明してくれた。負け戦のあったばかりの清須城では表立ってあんまり歓待できないけど、せめてもと思い、厨房に頼んで作ってもらった。
今回の滞在は清須城になるらしいんで、今日は俺もこっちにお泊まりの予定だ。
「ですが曽祖父、岩手重久の時の美濃は度々武田軍の侵攻を受けておりました。そこで守護である土岐氏によって岩手家は武田家から養子を迎え、武田氏の通字である信の名を持つ岩手信忠を当主とし、祖父の重氏は竹中の名を名乗り大御堂城に移りました」
ああ。力のある大名による、お家の乗っ取りだな。この時代では結構よくある話だ。
大抵の場合、養子として迎えた当主は大体その家の娘婿ってことになるけど、それでも外戚である、この場合は武田家か、の影響は大きいだろう。
美濃にありながら武田の家臣みたいなもんだしな。
通字っていうのは、家に代々継承され、先祖代々、特定の文字を名前に用いる字の事だ。武田は「信」の字だな。武田晴信とか。
織田も「信」の字だけどな。思いっきりかぶってるな。
「ですが、現当主の岩手信冬は酒肉に溺れ、領民を顧みぬ暴君であるとの訴えがありました。そこで本来の主流である竹中家に岩手家を取り戻して欲しいとの要請があったのです」
「なるほど。たとえ時は経とうとも、領民の方たちはずっと主家である竹中家を慕っていたということなのですね」
「ええ。有難いことです」
破れた岩手信冬は城から追放されたらしい。多分、武田家へでも保護を求めたんだろう。
そして竹中家は大御堂城から不破郡に居城を移すんだそうだ。
不破郡といえば、陸奥から近江に続く東山道の琵琶湖寄りにある不破関が有名だな。今はもう非常時以外は関所としては機能してないけど、東山道が通ってるっていうのが重要だ。
出羽、今の山形とか秋田の辺りから諏訪を通って美濃に行き、そこから京都へ向かう陸路の要だ。
つまり物流の流れを抑えてるってことだな。京の町に昆布とか運んでるらしい。
「では、あまり尾張にはゆっくりしていられないのではないですか?」
これからお城を建てるんなら、色々と大変だろう。新しく住む城の近くの領民たちの心もつかまないといけないしな。
「そうですね。ですが父にはゆっくり尾張に滞在しても良いと許可を受けましたから」
にっこりと笑う半兵衛は、ちょっと見ない間にすっかり声変わりも終わって青年らしくなっていた。相変わらず美少女顔ではあるけれど、背も伸びたし、美女に近づいている。
いや、まあ、どっちにしても女顔なんだけど。俺もあんまり人の事は言えんけど。
「それに今回は尾張で少し所用もございますし」
ほほう。
何か重要な役目を担ってやってきたってことか。
確かに今回は末森じゃなくて清須に滞在するんだもんな。普通に考えて、信長兄上に何か用事があるんだろうな。
どんな用事だろう。織田に臣従……は、ないだろうから同盟を組むとか。敵の敵は味方ってことで。
大御堂城は周りに斉藤義龍側の武将の城がたくさんあるけど、不破郡のほうは美濃のはずれだから周囲に城は多くないんだよな。
つまり斉藤家に臣従しなくても、独自勢力を保てるのかもしれんな。
隣国は浅井かね。
浅井かぁ。うーん。
竹中家が斉藤家と決別するなら、浅井と手を組むって可能性もあるんだよなぁ。その流れで織田とも手を組むこともありうるかもしれない。
でもなぁ。浅井って織田を裏切るイメージしかないんだよな。
いやでも今のところ織田家は朝倉とは敵対してないわけだし、平気かな。だけどいずれは敵対するのが分かってるんだから避けた方がいいのは確かだ。
竹中家がこれからどこにつくのか、それが問題だな。




