154 紙を使って
「共に、というのは違うかもしれません」
「では、殿に仇なすとでも言うのか」
「いえ、そうではなく……兄上は私がいなくても一人でこの日の本に平和をもたらしてくれると信じております。ですから私にできるのは、手助けだけですね」
そもそも史実でもそうだしな。弟と一緒にがんばったなんて話は聞かない。
なんかこう、誰かと手に手を取って助け合って、ってイメージはないよな。盟友も、ああ、家康くらいか。
浅井長政は義弟にするくらい買ってたけど裏切られたし、光秀も謀反だしなぁ。
そう考えると、織田信長ってこんだけ有能な家臣が周りにいても、本当に信頼できる相手っていたのかなって考えちゃうな。
いなかったとしたら、なんて孤独な一生なんだろう。
日本の統一を。戦乱の終わりを夢見て戦って。
その夢が叶う目前で、目をかけていた家臣に裏切られて死ぬ。
もっとも、この世界では俺がそんな未来は阻止するけどな。
俺は……俺だけは、最期まで信長兄上の味方でいるよ。その為に、俺は織田の家に生まれたんだと思ってるから。
あ、でもいきなり信長兄上が極悪非道な性格になっちゃったらどうしよう。人が変わったようになったりしたら……
そしたら、皆で信長兄上を止めればいいな。
うん。俺一人で止めるのは無理。
「手助けじゃと?」
「ええ。そして兄上が天下を統一したら、私はおいしいものを食べてのんびりしたいです」
信長兄上にも言っている、俺の夢だな。
目指せ、百歳まで生きて、畳の上で大往生、だ。
俺がそう断言すると、濃姫は軽く目を見張った。
「喜六郎殿、そなた、殿よりうつけじゃのぅ」
呆れたようにしみじみと言われて、なんだか俺の心に絶大なダメージを与えた。
やめてー。俺のライフポイントはもうゼロよー。
「……兄上と同じという事で、誉め言葉として受け取っておきます」
「ほほほほ。そなた、ほんに面白き男子になったものじゃ」
張り詰めた空気をさっと霧散させた濃姫は、楽しそうに笑っている。
それを見る俺と市姉さまたちは、お互いに渋い顔だ。
「それよりもこの折据じゃが、鶴だけなのかえ? 蝶はないのか?」
蝶か~。ああ、濃姫って結婚する前は帰蝶っていう名前で呼ばれてたんだっけ。それで蝶に思い入れがあるのか。
折り紙で蝶ねぇ。あるんだろうけど、さすがにそんな高度なのは知らないなぁ。
あ、そうだ。これならどうだろう。
「折据ではないですが、他の物でも良いでしょうか?」
「うむ。構わぬ」
俺は市姉さまと犬姉さまに、書き損じて捨てる予定の紙がないかどうか聞いてみた。市姉さまが出してくれたそれを西洋ハサミで正方形に切り、更に墨で黒く塗りつぶす。
ある程度乾いたところで、紙を更に二つに折る。
それを蝶が羽をたたんだ形に切りぬいていく。
触覚が難しいな。これ、太くすると、蝶じゃなくて蛾になるからな。
そういや、日本の国蝶のオオムラサキって、蝶だけど蛾みたいに胴体が太いんだよな。触角は……どうだろ。たまにそれっぽい蝶が飛んでるけど、触角なんて気にしたことなかったな。
今度ゆっくり見てみよう。
っていうかオオムラサキって蝶なのに武闘派なんだよな。この間、木に止まって樹液を吸ってたっぽいのがいたんだけどさ、そこを狙ってきたスズメバチを、羽で蹴散らしてたんだよ。
スズメバチに勝つ蝶。
凄いよな。
まるで目の前にいる濃姫のような蝶だ。げふんげふん。
俺は切り絵にした蝶を、白い紙の上に置いた。糊でもあればくっつけるんだけどな。ここにはないから仕方がない。手で押さえておこう。
「このような蝶はいかがですか?」
両手で紙を持つと、濃姫は手を叩いて喜んだ。子供か。
「おお、なんと素晴らしい。まるで飛んでおる蝶の影を、そのまま紙に写したかのようじゃな。お市殿もお犬殿も、そう思わぬかえ?」
「ええ、ほんに素晴らしい出来ですこと」
「ほんに、市姉さまのおっしゃる通り」
三人に褒められて、俺は嬉しくなってにこにこしてしまう。
やっぱりさ、こうやって喜んでもらえると嬉しいものだよね。
そしてさっきまでの剣呑とした空気がなくなったのも嬉しい。やっぱり争いは苦手だしな。
側に控えてるジロにも目線でどう、と聞いてみる。
ジロは言葉を口にはしなかったけど、その目の輝きで凄いと思ってくれているのが分かった。
うん。こんなに高評価だと、どやぁってしたくなるよな。うん。
「さきほどの鶴の折据もそうですけれど、この蝶の切り絵も、団扇に貼ると見栄えもしますし飾っておいても楽しいと思いますよ。ああ、折据は折る前に何か色をつけておいた方が良いと思いますけれど」
紙に色を塗るんじゃなくて、色のついた紙を使うといいかもしれんね。
「なるほど。団扇か。ふむ……」
何事か考えこむ濃姫に、俺は無茶振りする前の信長兄上と同じ雰囲気を感じた。
え。何かとんでもないことを言いださないよね?




