149 弘治三年師走
幸い、信長兄上の火傷の跡はひどくならなかった。手甲をしてたのと、すぐに冷やしたのが功を奏したんだろう。いずれにしても、後遺症が残らなくて良かった。
っていうか、後遺症が残ったのは俺の心のほうだ。
うん。ほら。やっぱり目の前で人が死ぬっていうのは、やっぱりかなり衝撃的だったわけで。
あの時は信長兄上が大火傷しちゃったかもって必死だったけど、落ち着いたらあの惨状を思い出しちゃったんだよな。
それで、しばらくは夜中にうなされて起きたりした。
でもさ、人間って時間が経つと、そういう衝撃的な体験も薄れていくんだな。それにこの戦国時代で人が死ぬたびにぶっ倒れる訳にはいかない。
まだちゃんと自分の心と折り合いをつけたわけじゃないけど、それでも自分自身で乗り越えるしかない。
熊が言うには、そういう時におなごの柔肌が良いのですよ、とか言ってた。うん、まあ、つまりアレだ。うむ。
体温のある、柔らかい肌を抱いてると、自分が生きてるって確認できて良いんだそうだ。
確かに戦の後なんかは動物としての本能で、自分の遺伝子を残そうと思うからエッチしたくなるらしいんだよな。
熊は俺にそういう、なんだ、閨の手引きができる未亡人あたりを用意しようとしたんだけど……前世で魔法使い一歩手前まで行った俺にはハードルが高かった。
しかも熊の親戚の未亡人だ。いや、まあそんなに熊には似てなかったと思う。多分。
でも顔はおしろいで真っ白に塗られて、口紅は真っ赤で。そんな女の人が薄着でわずかな灯りしかともされてない部屋で待ってたんだぞ? 一瞬、幽霊かと思った。
悲鳴を上げなかった俺を誰かほめてくれても良いと思う。うむ。
もちろん俺はそのまま回れ右をして、戦略的撤退をした。行き先は親友の半兵衛のところだ。
っていうか、確実に身の安全を計れるところがそこしかなかったとも言う。
いや。決して俺はヘタレじゃないから!
ただ初めては好きな子とって決めてるだけだから!
とりあえず熊にも分かってもらって、俺も何とか自分の心に折り合いをつけて。
これで心おきなく年が越せるなと思ってたんだけど、なんと我が心の友、竹中半兵衛が家からの手紙によって一度実家に帰ることになってしまったのである。
もちろん信長兄上の許可は取ってるらしいけど。
いや里帰りじゃなくて、また尾張に戻って来る方の許可だ。
「正月くらいは顔を見せろと言われてしまいまして……またすぐに戻ってまいります」
そう言えば、半兵衛って単身で尾張に来たんだった。すっかり馴染んでるから忘れてたよ。
でも美濃は尾張と敵対してるから、戻る途中で襲撃されたりしないのかな、と思ったんだけど。
よっぽど名のある武将でもない限り、そうそう襲われたりしないんだそうだ。
山賊とかには気をつけなくちゃいけないみたいだけどな。でも織田の兵も護衛につくらしいし、半兵衛のお供もいるから大丈夫らしい。
お土産もくれるって言うから、期待しておこう。
お土産って何だろうな。食べ物だといいんだけどな。美濃の名産って何だろう。美濃和紙くらいしか知らないけどな。
もちろん半兵衛にはこっちからのお土産を持たした。
本当は那古野布団セットが欲しかったみたいだけど、あれはなぁ。そもそもデカすぎて持っていけないよな。すのこベッドとか藁マットレスは無理にしても、キルトの掛け布団くらいならなんとかなるかもしれないけど、さすがに敵地を突っ切るわけだからな。そうそう襲われないって言っても、万が一ってことがあるからな。
それで諦めたんだけど、なぜか酒はしっかり持って帰ることにしたらしい。父君へのお土産なんだそうだ。
基本的に、この時代の男は酒飲みが多いからなぁ。きっと大喜びするんだろうな。
俺からは半兵衛のリクエストで押し花団扇をあげた。
なぜかそれを見た信長兄上の眉間に皺が寄った。そんでもってなぜかゲンコツされて、押し花団扇は信長兄上の許可がない人にはあげちゃダメだって言われた。
半兵衛にはもうあげちゃったからセーフだったけど。返せって言われないで良かったよ。
押し花の団扇は献上品に使えるからって事みたいだけど、でも今の織田家に献上する相手っていないような気がするんだけどな。
将軍家とか朝廷かね。
でも確か室町幕府の将軍って、今京都にいないんだよな。三好長慶に追われて、朽木谷ってとこに逃げてるらしい。朽木谷は琵琶湖の西にある、安曇川に沿った渓谷にある。若狭、つまり北陸と京都を結ぶ若狭街道と交差していて小さいながらに繁栄しているところらしい。
先代である足利義晴も何度も朽木谷に逃げたらしいから、朽木家って結構力のある家なのかもしれんね。今度、月谷和尚さまに詳しく話を聞いてみよう。
まあ、そんな感じで弘治三年の師走は過ぎて行った。
体調を崩してて更新が遅れてすみません。
なんとか今日は更新に間に合いました。
明日も更新時間は遅れると思います。




