146 山王社での騒動
とりあえず、皆で急いで揉めている清須山王社へと向かった。到着すると、境内の方から言い争っている声が聞こえてくる。
「あんたがうちに盗みに入ったんだ!」
「俺は知らん!」
「嘘言うな! 火起請でも、神様がお前の言うことは嘘だって言ってるぞ!」
「知らん。俺は手斧なんぞ落としておらん!」
「この嘘つきの盗人め! うちの旦那の友達の振りしてうちの金を盗みにきただろう!!」
一番大きな声を出しているのは、盗みに入られた甚兵衛さんの奥さんらしき人と、犯人の左介だ。
左介は見た所きちんとした身なりをしていて、盗みをするようには見えない。
こうして見ると、盗みをしなくちゃいけなくなるほど生活に困ってる感じじゃないよなぁ。もしかして、いきなりお金が必要になったのかね。それにしてもわざわざ友達のところに盗みに入るくらいだから、よっぽどの事だよな。
それか、あるいは、今まで発覚しなかっただけで盗癖があるとか。
いやでも待てよ。
甚兵衛さんの奥さんが犯人は左介だって言ってても、証拠はちゃんとしてるんだろうか。鞘が残ってたみたいだけど、それで個人が特定……ああ、できるんだな。
「左介の刀の鞘は真ん中のとこに大きな傷があるから間違えん! あれは左介の鞘じゃ!」
「そうじゃ、そうじゃ。あれは確かに左介のもんだ」
「俺も見たことあるぞ」
「傷なんぞ、他のやつの鞘にもあろうよ! いい加減なことを言うな!」
甚兵衛さんの奥さんの後ろにいる旦那さんらしき男がそう怒鳴ると、左介の後ろにいる仲間も同じように怒鳴った。
うん。左介はクロだな。
っていうか、それにしてもこんな状況で滝川リーダーは何してるんだよ。
俺が境内を見回すと、大きな木の陰にリーダーがいた。腕を組んで、ただ見守ってる。
俺の視線に気がついたリーダーがこっちに来た。なんていうか、足音が聞こえないんですけど。やっぱり、ニン……げふんげふん。
「一益、あれはどうなっている」
「義兄上。私も声をかけたのですが、火に油をかけるような状況でどうにもなりませんな。得物も持っておりますし、これ以上刺激するのは危険でございましょう」
「ふむ。しかし、このままという訳にもいかぬだろう」
「さようですな。しかし、家人に見つかるような愚か者が盗みを働くのが間違っておるのです」
リーダー。それちょっと違うよ! それじゃ見つからなかったら盗みをしてもオッケーってことじゃないか。
そもそも、見つからないとしても、盗みをしちゃダメですから!
「私が仲裁しましょうか?」
まあ、そのつもりで来たわけだし。
ほら。俺だって一応、織田の若様だからな。
「いや。あそこまで殺気立っておると、喜六郎様が危険でござる。得物を持っておらねば何とかなるでございましょうが……喜六郎様に、かすり傷一つでもつけられませぬゆえ、それも難しいかと」
「別におなごではないのですから、傷の一つや二つ―――」
「何を申されますか! 喜六郎様の美しい顔に傷などつけたら、殿の勘気をこうむりまする」
えー。そうかなー。
別に男の顔なんて、傷があろうが何があろうが大して変わらないじゃないか。
もっとも、顔に傷がついたら、俺の唯一の取り柄がなくなるって話もあるけどさ。
俺がそう言うと、熊はぶんぶんと首を振った。
「殿も、喜六郎様に説教をなさる時は、顔ではなくて頭を叩かれるでござりましょう? あれは顔に傷をつけない為でござりますよ」
えっ。そうだったのか。
いやでも、それって熊の気のせいじゃないかなぁ。信長兄上がそこまで俺に気を遣ってるとはとても思えん。っていうか、どうせなら、ゲンコツもやめて欲しいところだ。うむ。
「往生際が悪いぞ、左介! 観念しねぇか!」
「だから俺はやってねぇって言ってるだろう!」
「なにおぅ!」
とか、のんびり話してる場合じゃないな。
やっぱりここは俺が止めないといけないだろう。
そう思って一歩踏み出したら―――
「これは何の騒ぎだ!」
反対側の道から、信長兄上が現れた。
うわぁ。なんてグッドタイミング! さすが兄上。いい所に来てくれたよ。
どうやら信長兄上は鷹狩りの帰りだったらしい。後ろにいる鷹匠らしき人が、鷹を連れている。
信長兄上は鋭いまなざしで境内を見回した。
そこで反対側にいる俺たちに気がついたらしく、こっちに来た。
そして怒鳴るような声で詰問された。
「して、喜六。今度は何をやらかした?」
えええええっ。
今度は、って。いつも俺は何にもしてないよ!?
この騒動だって俺のせいじゃないよ!?
俺は無実だぁぁぁぁ。




