143 押し花
「冬に夏の花が見られるなど、なんと風流なことでしょう」
美和ちゃんは、押し花の栞を裏返したりして、様々な角度から見ていた。
「枯れずに色鮮やかなままなのは……喜六郎様が何か神力をお使いになったからですか?」
美和ちゃんの俺に対する認識がちょっと間違ってる件。
俺は神力なんて使えないからね!
「いえ。綺麗な花をそのままに残そうとするなら、花をこうして広げて、紙で挟んで重しを均等に乗せるのです。花の水分が早くなくなるほうが、色鮮やかに仕上がりますね」
実はこの押し花が完成するまで、結構試行錯誤したんだよな。普通に押し花なんてすぐにできると思ってたんだけど、意外と色がすぐ落ちちゃうんだよ。
せっかく上手にできたと思っても、パサパサになった押し花がすぐに壊れちゃったりとかさ。
その試行錯誤の時に手伝ってくれたのが、親友の半兵衛君だ。
なるべく短時間で水分をなくせるように押し花を挟む紙の種類を変えたり、押し花が壊れないように、上から薄い紙を重ねるのを考えたのも半兵衛だ。
押し花の栞の応用で、団扇バージョンも作ってみたんだけどさ。これがまた凄い綺麗にできたんだよな。扇子だと折りたたまないといけないから押し花はつけられないけど、団扇ならアート感覚で何でもできるからな。
押し花だけじゃなくて、絵を入れるのもいいな。絵師に描かせれば、それだけで美術品になるだろう。
あおいで良し、飾って良しと、万能団扇だな。
ただなぁ。押し花も団扇の骨になる竹も手に入りやすいからいいんだけど、紙が高いんだよなぁ。
いずれはこの団扇作りを後家さんたちの内職にできないかな、と思ってるんだけどさ。千歯扱きの発明で仕事がなくなっちゃったから、その代わりってことで。
一応那古野布団を作る仕事を回してもらってるけど、値段が高いから、思ったよりも売れてないっていうのが現状だ。今持ってる人って、ほとんどが信長兄上から下賜された人じゃないかな。
あ、そうすると、信長兄上が最大のお得意様か。うーん。なんというか自給自足って感じか? ちょっと違うか? いやでも、論考行賞の時の褒美にも使えるからいいって言ってたし、役に立ってると信じよう。うん。
でも本当は安くてもいいから、たくさんの仕事を斡旋してあげられるほうがいいんだよな。
団扇にしたのは、ほら、よく時代劇で浪人が傘を作ってるじゃないか。あのイメージでひらめいた。
でもこの時代だとそこまで傘って必要とされてないからさ。似たような物で何かないかなって考えたら団扇があるなって気がついたからだな。
和紙で有名なのは美濃、越前、播磨だな。斉藤道三が討たれるまでは美濃紙は手に入りやすかったんだけど、最近は敵対してるからな。大矢田ってとこで、毎月三のつく日と八のつく日は紙市っていう卸売りをやってるらしいけど、買いに行くのは無理だろう。
伊勢桑名の辺りの紙問丸、つまり問屋に買い付けに行けば買えるけど、マージン取られるから高値になる。
「まあ。そんな風に作られるのですね」
「本当は栞に歌でも添えれば良いのでしょうが、どうにも私は歌が苦手で……」
「喜六郎様でも苦手なものがおありになるのですか?」
びっくりお目目の美和ちゃんに言われて、こっちがびっくりした。
え、何その人物評価。俺は苦手な物ばっかりだよ!? っていうか、むしろ得意な物がないっていうか。
「もちろんです。和歌は苦手ですし、武芸も苦手ですし、かといって半兵衛殿のように智略に優れているわけでもありません。……そう考えると、私には何も取り柄がないのかもしれません。がっかりなさいましたか?」
どうしよう。他にもっと良い人がいたら、そっちがいいって思われそうだ。
一応、この時代の結婚って、家と家との結びつきだから本人の気持ちは二の次になっちゃうけどさ。でもやっぱり、どうせ結婚するなら両想いになりたいとか思うわけで。うん。
「まさか。喜六郎様をそのように思う事はありません。それよりも、私のほうこそ、喜六郎様に釣り合わないのではないかと思って……」
美和ちゃんは、そう言うと目を伏せた。
「私は……姉上とは違って、武家ではなく、商家に嫁ぐことになるだろうと言われていたのです。ですから、武家の室など立派に務められるのかどうか不安でたまりません。しかも側室として迎えられるならばともかく、正室など……」
姉上って信長兄上の側室になった吉乃さんか。
でも、そう言われてみれば吉乃さんって言葉遣いも武家の妻って感じだな。亡くなった旦那さんも土田家の一族だったしな。
それに比べると、美和ちゃんは喋り方もちょっと庶民的かもしれない。
え、でもちょっと待って。普通って自分が正室になれると思ったら喜ぶんじゃないのか!?
っていうより、正室とか側室とか、そんなにたくさんいらないんだけど!? 嫁は一人、一人でいいんだよぉぉぉぉぉ。