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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
弘治三年

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138 禁裏様

 酒飲みたちの酒宴が終わり、清須も翌々日には平穏を取り戻した。

 翌日はどうだったかって? うん。至る所に屍がごろごろしてたよ。熊はあれだけ飲んでてもピンピンしてたけど。


 やっぱりあいつは人間じゃな―――もごもご。


 津島と熱田のクジは、まだまだ微調整が必要だ。津島神社の氷室殿と熱田神社の千秋殿と、みっちゃんと藤吉郎ががんばっている。なんかいつの間にか藤吉郎が熱田神社のクジの方にも関与してるけど、一応みっちゃんの部下になったって形らしい。


 まあなんだかんだ言って藤吉郎は有能だからな。アッと驚くアイデアを出してくれればいいや。


 それでもって、トントン拍子に色々決まって、年末のドリームジャンボが開催できるといいんだけどなぁ。ドリームジャンボをこの時代で言うと何て言えばいいんだ? 特大夢くじかな。





 だけどその後。

 事態が急変して、宝クジが開催できるかどうか、分からなくなった。


 弘治三年九月二十七日。

 帝が、崩御なさったのだ。






 帝の崩御。つまり、天皇陛下がお亡くなりになったわけだ。

 世間はもう大混乱に―――




 ならなかった。





「月谷和尚さま」

「どうされましたかね、喜六郎様」


 天皇陛下が亡くなったっていうのに、俺はいつものお勉強をしに桃巌寺にある月谷和尚さまの庵に来ていた。

 いつもと同じ毎日すぎて不思議なんだけどな。


「ええと。少しお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ふむふむ。なんなりと」

「先日、禁裏様がお隠れあそばしましたが、なぜ尾張はこのように平穏なままなのでしょうか」


 そう尋ねると、月谷和尚さまはおや、という顔をして俺を見た。そして「ふむ、ふむ」と言いながら顎の下を撫でた。


「尾張は京から少し離れているということもありましょうな」


 まあ、確かに隣接はしていない。でも、もっと大騒ぎになっててもいいと思うんだけどな。

 確かに帝の御威光は薄れてしまっているけど、でも当代の帝が亡くなったら、次の帝が即位するわけだ。つまり元号も変わる。それって大変なことだけど……


 ああ。でも亡くなった帝は大永、享禄、天文、弘治と、何度も元号を変えてるんだよな。それだけ疫病が流行ったり、世が乱れたりしての改元だったんだけどな。


 でもそれで、民衆は改元に慣れちゃってるっていうのがあるのかもしれんね。


 それと、遠くの天皇の死より、身近な隣人の死の方に関心があるのかもしれん。


「先の禁裏様は―――」


 と、月谷和尚さまはしみじみと語った。

 禁裏様と呼んで、個人を特定する名前を呼ばないのは、まだ亡くなった後に贈られる諡号しごうが決まっていないからだ。


 帝は、主上、帝、禁裏様、内裏様、って呼び方で呼ばれるけど、個人名では呼ばれない。先の禁裏様は東宮時代には知仁親王って呼ばれてたけど、帝の地位にいる方を一般国民は知仁様って呼んだりはしないんだ。


「世が世ならば、稀代の名君と呼ばれていたお方でありましょうなぁ」

「そうなのですね」

「はい。大永六年に践祚せんそなさってより以後、常に民の安寧を祈ったお方ですよ」


 へえ。そうなんだ。知らなかったよ。


「応仁の乱より後、朝廷の威光は薄れるばかりでございました。践祚をしたものの、ご即位まで実に十年の月日を必要としたのです」


 応仁の乱は、それまでの公家と武家が並び立っていた政治を、武家の一人勝ちにしちゃった内戦だ。


 きっかけは、室町幕府管領家の畠山氏、斯波氏の家督争いが始まりだ。そこから色んな家のお家騒動が連鎖反応みたいに次々と起こって、細川勝元と山名宗全の勢力争いとか、室町幕府八代将軍足利義政の継嗣争いも加わって、ほぼ全国に争いが拡大した。


 結果として、京の町は戦火に焼かれて荒廃し、各地で荘園を武家に奪われた公家の暮らしは困窮し。

 それまでは京都で政治を行っていた守護たちは、これじゃ自分の領土が奪われるってことで、京の町から地元に帰った。


 つまり、朝廷で政治を行うべき公家の力が衰え、地方政治を担う守護がいなくなり、どうなったか。


 朝廷権力の没落だな。


 月谷和尚さまに聞いたところでは、なんでも二代前の後土御門天皇なんて、お金がなくて四十三日も葬儀ができなかったらしい。


 それは先の禁裏様の時代になっても同じだった。というか、困窮はさらに加速した。噂によると、帝の住む内裏の生け垣が壊れていて、外から中が見えるとかなんとか……


「そのように困窮された生活を送っていらしても、これは帝としての徳が自分にないせいだとおっしゃって、常に民の幸福を祈願なさっておいででした」


 月谷和尚さまは、まるで自分が見てきたかのように、滔々(とうとう)と語った。


「天文九年に疫病がはやった際には、疫病の終息を祈願なさって、金字の般若心経を全国の一宮、二十五カ所へ奉納されたのです」


 全国の一宮っていうのは、この時代の律令国りつりょうこく、つまり尾張とか大和とかに一つだけある一番偉い寺社ってことだな。


 有名どころだと摂津、つまり現代でいう大阪の住吉大社とか、出雲の国、現代の島根にある出雲大社なんかだな。


 驚いたことに、熱田神社は三宮なんだよ。一宮は尾張の北部にある真清田神社ますみだじんじゃってとこなんだ。二宮は犬山城の近くにある大縣神社おおあがたじんじゃだな。

 ただ勢いっていうか、参拝する人なんかは熱田神社の方が多いんじゃないかと思う。


 でもさ、貧乏なのに、金字で写経したってことは、金の混ざった金泥で書いたってことだろ? しかも装丁にも凝っただろうし、金銭的に凄く大変だったんじゃないのかな。


「その奥書には、今茲ここに天下は大いに疾し万民の多くはえんして死亡す。朕は民、父母の為に徳を覆うことあたはず、甚だ自ら痛めりと書いてありました」


 えーっと。

 今や天下には疾病が蔓延し万民の多くは斃れて死んでいく。私は民やその父母の為に徳を施すことが出来ず、甚だ自分の心を痛めている、って意味か。


 疫病とか、別に帝のせいじゃないのになぁ。

 むしろ内戦で京の町が荒廃したのが原因じゃないかな。死体とかが辻にそのまま転がってたって話だし。


感想返信が遅れます。

すみません。

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