127 熊がんばれ
「二年」
と、信長兄上は言った。
「それはつまり、二年で市姉さまを娶れるだけの功績を上げよ、という事ですか?」
「それ以上は待てぬ」
二年の間に戦働きか内政で功績を上げないといけないってことか。
綿の栽培にめどがつけばなんとかなりそうだけどな。
「弘治五年の末日までお待ちください」
もう今年は半ばも過ぎちゃってるからな。弘治三年から数えて弘治五年の正月とか言われたら、実質一年半しかないもんな。
「……良かろう」
よし。言質は取ったぞ!
小さくガッツポーズを取ると、信長兄上がそのまなざしを少し和らげた。
「俺はどうもお主たちには甘くなるな」
「もっと甘くなっても良いですよ?」
にこっと笑いかけると、深いため息をつかれてまたゲンコツを食らった。
「この大うつけめ」
えーっ。なんで? あんなに優しい雰囲気だったのに、なぜにゲンコツ!?
……げせぬ。
末森に戻った俺は、スキップしながら熊のところへ行って報告をした。信長兄上の言葉を伝えるのと、あの後お会いした市姉さまの様子を伝えるためだ。
一応、市姉さまには今回の話は内緒にしてる。だって二年の間に功績を得られるかどうか分からんしな。
それに、今は戦乱の世だ。熊が戦で武功を上げようと思うなら、必ず戦働きをしないといけない。そしてそれは死と隣り合わせだ。
確かに熊は強いし無双するし、秀吉に殺されるまでは生きてるはずだけど、多分歴史が変わっちゃってるだろうからなぁ。もし熊に万が一の事があったらさ、熊のプロポーズを待ってる市姉さまはショック受けちゃうだろうし。
だってなぁ。ほら、熊が市姉さまと結婚できるかもしれない可能性が出てきてるっていうのがさ、まず歴史にはないことだからさ、熊がお亡くなりになるような事態が全くないとは言えんしな。
いや、待てよ。
もしかしたら俺が知らないだけで、実はこういう申し出が信長兄上からあったけど、功績がなくて話が流れちゃったとかってことはないかな。
その可能性はなくはないよな。
そしたら何としても綿の栽培を成功させないといかんな。熊のためにも。
ああ、俺ってなんて家臣思いなんだろう。
熊は顔を赤くしたり青くしたりしながら俺の話を聞いて、そして唸った。
「これは何としても戦功を上げねばなりませぬな!」
おい。ちょっと待て。内政での功績は考えてないのか。
「綿の栽培が成功するのでも良いと思いますが」
「いや。あれは喜六郎様の功績にて、それがしの功績ではありませぬ。ここはやはりきちんとした戦功を上げねば、胸を張って市姫様をお迎えなどできませぬ」
いつもの事ながら、真面目だなぁ。まあそこが熊の良いとこなんだけど。
「心より応援致しますので、頑張ってくださいね。でもお命だけは大事になさいますようお願いします」
「ははっ。かたじけなきお言葉、ありがとうござりまする!」
平伏する熊の顔を上げさせて、俺は他にも信長兄上から聞いたことを伝えていく。
「それから信長兄上は、これよりご側室を何人か清須にお招きするそうです」
奇妙丸が生まれたとはいえ、信長兄上の後を継げる子が一人だけっていうのは心もとない。それに、お艶殿を嫁がせる事で、姻戚外交の重要さに気づいたんだろう。はっきり「駒を増やす」って言ったもんな。
これから生まれてくる子供を「駒」って言っちゃうのはどうなんだ、って思うけど、でもこの姻戚外交が有効なのは確かなんだよな。
女子は有力な大名に嫁がせて手を結んだり、男子は養子に出して名家を継がせたりと、駒として使う方法はいくらでもある。
織田家の場合は、今まで手を結んでもおいしい家じゃなかったからそれほど政略結婚とか養子縁組はなかったけど、これからはそういう手段も使っていかないといけないって思ったのかもしれんね。
父上はなんていうか、色々と元気だったから子だくさんだったけどさ、信長兄上はどうなんだろう。
家の為に子供作るとかさ、種馬みたいだよな。ただそれが当主の務めって言われたら仕方ないのかな。俺には無理だけど。
そういう義務みたいなのも、俺は信長兄上に押し付けちゃってるんだよなぁ。俺の嫁っていうカードはもう使えないわけだし。ほら、好きな人と結婚する権利もらって美和ちゃんを選んだわけだからさ。
今度会いに行ったら肩でも揉んであげよう。それより、精のつく食べ物を考えたほうがいいのかな。
醤油もどきはできたしな。鰻の蒲焼か?
鰻って確か血液に毒があるんだっけ。そんでヌルヌルも体液だからヤバイんだよな。でも熱を加えたら大丈夫だったはずだ。
剛腕でGOの剛腕海岸のコーナーで、リーダーが鰻捕まえて調理してたからな。それで覚えてるんだ。手に傷があったら危険だからってビニール手袋で調理してたけど、皮の手袋でもなんとかなるのかな。
血が飛び散らないように背中側からさばくんだよな。
鰻か~。
あ、ヨダレ出そう。
「では清須はおなご衆でにぎやかになりますな」
「そうですね。ああ、市姉さまと犬姉さまは救護隊の方に協力してくださるそうなので、勝家殿ももし怪我をなさった場合は、市姉さまに手当をしていただくとよろしいですよ」
「い、いやっ。市姫様にそのような無様な姿は見せられませぬ」
「でも、優しく手当してくださると思いますよ?」
俺の悪魔のささやきに、熊はしばらく陶然としていたけど、それを断ち切るように激しく頭を振った。
「いや、やはりそのように情けない姿は見せられませぬ」
ほんとマジメだな。でもそんな熊だから応援したいんだよ。
熊、がんばれ!




