122 友情っていいな
結論から言うと、風流踊りは大成功だった。
赤鬼、青鬼、餓鬼が人々を怖がらせてるところに、義経である俺が退治しに行くんだけど、そこを弁慶たちが襲ってきて危機一髪ってとこで、天女な信長兄上が助けてくれるって物語になってた。
そして鬼と弁慶は天女の家来になって、義経は天女と手を繋いで踊るという、最後は訳の分からん感じになってたけど。
踊ったり笛吹いたりしながらだから正確じゃないかもしれないけど、大体そんな感じの流れだった。
笛は昔習ってたけど、最近は全然やってなかったから、吹く真似だけだったけどな。
でもまあ、あれだ。その場の雰囲気っていうか盛り上がりとか熱気に飲まれたっていうか。
結構楽しかった。うん。
「さすがですね。信長様は決して喜六様を見捨てないという思いを、こたびのことで周知させましたね」
えー。信長兄上、そんな大層なこと考えてたのかなぁ。ただ単に自分がハメを外したいだけじゃないのか?
「正室のお子ではないとはいえ、後継者たる男子が生まれて、喜六郎様のお立場は微妙な物になっていたのですがご存知なかったのですか?」
風流踊りが終わって着替えていた時に半兵衛に言われて、俺はびっくりして目を瞬いた。
え? 俺の立場って微妙になってたの!?
「でも私は織田の家督には関係ありませんよ? 八男ですし」
喜六で名前に六がついてるけど、八男だからな。上に七人も男の兄弟がいるってことだからな。
「ですがご正室のお子様は四人。一番上が信長様で、次が家督争いに敗れて出家なさった悔悛様。その次が喜六郎様ですからね。奇妙丸様が生まれるまでは、喜六郎様が信長様の後継でいらしたのでしょう?」
「それは……どうでしょう。もし奇妙丸様がお生まれになる前に信長兄上に万が一の事があれば、信行兄上が還俗なさって家督を継いだのではないでしょうか」
「信行様というと……悔悛様の出家前のお名前ですね」
「ええ。信行兄上の方が、私よりもよほど立派なお方ですから」
「しかし謀反なさった方を後継などにするでしょうか。それでは家中が荒れることになりましょう」
うーん。まあなぁ。それは言えてるかもしれんなぁ。
戦場で信長兄上が討ち死になさったとかならともかく、病死とかだったら、信行兄ちゃんが暗殺したって思われそうだな。
でも、俺が跡を継ぐとかないない。
俺が嫌だ。メンドクサイ。
「ですが、私が織田を継ぐことはありませんよ。荒れた家中をまとめる能力もありませんし」
「……野心のかけらもないと言うのですか?」
だから何でみんなそんなに家督を欲しがるのかね。あんなのもらったって、めんどくさいだけじゃないか。
それに信長兄上は50歳までは健在だからな。本能寺の変フラグも折れたみたいだし、もっと長生きしてもらって天下統一してもらわんとな。
「光秀殿にも同じことを聞かれたのですが、答えは変わりませんよ。私は織田の家督を譲ると言われても受け取りません」
「受け取らねば、織田が滅ぶとしてもですか?」
「私が受け取っても滅ぶでしょうから、どちらにしても同じことですね」
きっぱり断言すると、半兵衛は俺の真意を探るようにじっと見つめてきた。
「この乱世の世で、そこまで我欲のない方がいらっしゃるものでしょうか」
「私の我欲は、私が安穏とした生活を送れるかどうかということに向いています。おいしい食事、十分な睡眠、そして戦のない世の中」
半兵衛もみっちゃんから俺の話を聞いてるんじゃないかと思うんだけどな。それでも自分の耳で聞きたいって思うもんなのかね。
俺はさらに言葉を続ける。
「ですが戦のない世の中を作るためには、夥しい数の戦を潜り抜けねばならぬでしょう。その先に進むには私では力不足なのです。兄上には天の時、地の利、人の和がございます」
天の時、地の利、人の和っていうのは孟子の言葉で、天の与える好機、土地の有利さ、人心の一致、この三つが揃えば戦略的に優れているという意味だ。つまりこの三つがあれば天下を取れるよ、ってことだな。
「天の時、地の利、人の和ですか……。正直、私にはなぜ喜六郎様がそれほどまでに信長様を称揚なさるのか分かりませんが、明智殿のおっしゃるように、喜六郎様には我らには見えぬものが見えておられるのでありましょう」
うん。まあね。歴史を知ってるからね。
でも君も、稀代の名軍師として後世に名を残すんだよ。俺とは違って。
ふ、ふん。別に悔しくなんてないからなっ。
「私も、喜六郎様と同じものが見られるのでしょうか?」
そりゃあ、見られるんじゃないかな。信長兄上の神懸かった勝利の数々を。
本当にここぞ、って時には必ず勝つんだよな。一番有名なのは桶狭間の戦いだけどな。
負け戦とはいえ、浅井が裏切った時も間一髪で逃れてるしな。あれなんか、絶体絶命の危機だったんじゃないかね。
「半兵衛殿。我ら兄弟と共に、戦のない世を目指してみませんか?」
俺は手を出して、握手を求める。
でも半兵衛は不思議そうにその手を見つめるだけだ。
あれ? 握手の習慣ってまだなかったっけ? そういや見た事ないな。
説明しとかないといかんな。
「これはお互いの手を握る事で、友好の意を表している動作なのです」
「なるほど。得物を持つ手を相手に預けるということは、己の命をも預けるという意味にもなりますね」
「はい」
にっこり笑って答えるけど、ごめん。そんなに深い意味はなかったんだ。
でもいい話だって誤解してるから、このままにしとこう。うん。
俺たちはガッチリと握手をして笑い合った。
友情って感じがして、いいな!
天の時……は、天の時より、地の利の方が優れ、地の利より人の和のほうが優れる、という意味もありますが、あえて本文の方の意味を取らせていただきます。




