120 風流踊り
七月になると、さすがに暑い日が続いてくる。
尾張は相変わらず敵に囲まれていたけど、大きな合戦もなく小康状態を保っていた。
と、思っていたら、いきなり信長兄上が敵対している織田伊勢守家の当主、織田信安の家老の山内盛豊の居城である黒田城を夜襲で落とした。
黒田城は尾張の北西の端にある城で、木曽川を越えればすぐそこは美濃だ。だから去年の清須への放火の時には、義龍側として一緒に火をつけて回ったらしい。
信長兄上はその報復に、黒田城の南にある奥城に少しずつ手勢を集め、夜陰に紛れて奥城の城主である梶川高秀と共に一気に攻め込んだんだそうだ。
何の備えもしていなかった山内盛豊は、城を捨てて一族と共に織田信安のいる岩倉城へと逃げた。
信長兄上の完全勝利である。
そしてよっぽどご機嫌になったのか、いきなり津島神社で踊りを行うと言いだした。
「踊り、ですか?」
津島でお祭りがあるって言うし、盆踊りでも踊るのか?
「無論、ただの踊りではつまらぬゆえな。風流踊りをするのじゃ」
風流踊りっていうのは、鉦鼓・太鼓・笛などの楽器や小唄に合わせて仮装して踊るものだ。日本版・ハロウィンのパレードみたいなもんだと思えばいい。
でも身分が高い人が踊るものじゃないから、家臣の皆さんはざわめいている。例えて言うなら、由緒正しいオーケストラの団員に、ヒップホップを演奏しろって言ってるようなもんだもんな。そりゃあ抵抗感があるよね。
でも信長兄上は配役まで決めちゃっていた。
うん。誰かに意見を聞こうとは思わなかったんだね。いつものことだけどさ。たまには誰かに相談したらどうなのかな。
「平手久秀」
「はっ」
「家来衆を赤鬼に扮させよ」
「ははっ」
平手久秀は信長兄上の傅役で諌死した平手政秀の長男で、信長兄上が駿馬を寄こせって無茶ぶりした相手だ。一時期はそれが原因で仲違いしていたけど、今は仲直りしていて、信長兄上の忠臣としてがんばっている人だ。
「浅井信広」
「はっ」
「家来衆を黒鬼に扮させよ」
「ははっ」
浅井信広は奥城のさらに南、ちょうど清須城の北西にある苅安賀城の城主だ。
「滝川一益」
「はっ」
「家来衆を餓鬼に扮させよ」
「ははっ」
我らがリーダー滝川殿は餓鬼かぁ。
常に飢えと渇きに苦しみ悩まされて、お腹がぽっこり出てて皮と筋と骨だけの姿なんだよな。赤鬼と黒鬼はカッコいいのに、餓鬼って可哀想だよな。
でも信長兄上が餓鬼にするって決めちゃった以上、覆らないもんな。
リーダー、がんばれ。
「織田信張」
「はっ」
「家来衆を地蔵に扮させよ」
「ははっ」
織田信張っていうのは名前を見ても分かるけど、織田の一門衆だな。清須城のすぐ東にある小田井の城主、織田藤寛故の次男だ。信張の妻は父上の弟である織田信康の娘、つまり俺たちとは従妹にあたる姫だから、信張は義理の従兄弟だな。
「柴田勝家、前野長康、伊東夫兵衛、市橋伝左衛門、飯尾定宗は弁慶に扮せよ」
お、熊は弁慶か。似合いそうだな。
「祝重正は鷺に扮せよ」
鷺ねぇ。やばい。バカ殿の白鳥のコスプレを思い出しちゃったよ。ほら、あのバレリーナみたいな衣装着てさ、股間のとこに白鳥の頭があるやつ。
いや、さすがにそんなコスプレはしないだろうけどさ。でも、もしアレだったらどうしよう。
「織田喜六郎」
「へっ?」
白鳥のコスプレを想像していて返事が間の抜けた物になっちゃったよ。
あ、信長兄上が呆れたような顔をしてる。
えへへ。ここは笑ってごまかそう。
「そなたは牛若丸に扮せよ」
「えっ」
思わず不満の声が上がると、信長兄上のこめかみがピキピキって動いた。
あ、やばい。本気で怒ってる。
いやでもさぁ。義経は勘弁してほしいんだよな。ただでさえ今牛若とか呼ばれてるのに。そのうち、信長兄上に粛清されちゃいそうじゃないか。そんなの嫌だよ。
信長兄上は立ち上がると俺の前に立って、手加減なしでゲンコツしてきた。
痛い、痛い、痛いってば!
「返事は?」
「っは、はい」
うー。
そりゃ、ちゃんと返事しなかった俺が悪いけど、本気で殴る事ないじゃないか。頭がパカッと割れたらどうするんだよ。死んじゃうぞ。
「殿はどのような扮装をなさるのですか?」
頭を押さえながら聞いてみる。
へん。俺だって一応TPOは弁えてるんだぞ。ちゃんとこうした場所では兄上じゃなくて殿って呼んでるもんな。
俺の質問に、信長兄上はニヤリと笑った。
「当日を楽しみにせよ」
うわぁ。信長兄上のコスプレか。どんな格好をするんだろうな。楽しみだ。
山内さんは山内一豊の父親ですが、喜六は気づかず。
津島踊りに出てくる平手内膳は平手久秀ではないかもしれませんが(監物と呼ばれてましたし)内膳は役職で名前ではないので、当てはめました。




