118 半兵衛くんとお泊り会
茶碗蒸しの具は、細切れの雉肉と小海老と干椎茸を入れた。干椎茸は高級品だけど、半兵衛を歓迎するためにお願いしますと信長兄上に頼み込んで入手した貴重品だ。
やっぱり椎茸を入れるとうま味が出るな。
茶碗蒸しといえば銀杏だけど、今のところあんまりメジャーな食べ物じゃないらしい。それにイチョウの木もあんまり見かけないんだよな。
でも確か鎌倉幕府の三代目の征夷大将軍の源実朝が鎌倉の鶴岡八幡宮で暗殺された時に、暗殺した公暁が隠れてたのが大きなイチョウの木の陰じゃなかったっけ。
それで鎌倉幕府を開いた源頼朝の直系が途絶えちゃったんだよな。
平家は清盛が死んだ後にすぐ滅んで、源氏も三代で滅んで。なんか武家ってすぐに滅びるよな。まあ武力でもって権力を握るから、その武力で逆に倒されちゃうんだろうけど。
それを考えたら天皇家って凄いな。世界で一番長く続いている王朝ってことで、ギネスか何かに載ってるんじゃなかったっけ。
「これは何という食べ物ですか?」
半兵衛に聞かれて、俺は茶碗蒸しですと答えた。
そういえば、茶碗蒸しって言うけど、最初は茶碗に中身を入れて蒸したのかな。だとしたらガッツリ食べる用に作られたのかもしれんね。今回用意したのは、湯のみサイズの入れ物だけどな。ちゃんと蓋とお揃いになってるんだぞ。
清須で茶碗蒸し作りにチャレンジした時に、神田料理長が銀杏の代わりに百合根を入れてくれたんだけど、ほこっとした食感で結構おいしい。これはこれでイケルな。
確か銀杏は食べ過ぎると中毒になるって話を聞いたことがあるから、見つけても食べちゃダメかもしれんね。
いわゆるティースプーンくらいの大きさに作ってもらった木のさじで、プルンとした茶碗蒸しをすくう。熱々の茶碗蒸しをふうふう息をかけながら食べると……う~ん。幸せの味がするぞ!
チラっと半兵衛を見ると、さじを口にしたまま固まっている。
そうかそうか。そんなにおいしいか。お代わりもできるぞ。たーんとお食べ。
結局、半兵衛は茶碗蒸しをお代わりした。基本的に食が細いらしくてそれ以上は無理だったみたいだけど。
これが熊なら、きっと五回はお代わりしてるな。……見てるだけで胸やけしそうだから、今日は一緒に食べなくて良かったな。
本来は城代の熊が半兵衛を接待するのが筋なんだけど、最初に印象良くして仲良くなりたいから、熊には遠慮してもらった。
いや別に熊がいたら仲良くできないってわけじゃないけどさ、でもやっぱり熊はだいぶ年上だからな。半兵衛のほうが遠慮しちゃったりするかもしれないからな。
でも、おいしいご飯でかなり半兵衛の態度がリラックスしてきてないか? 親友までとは言わんけど、せ、せめてお友達くらいにはなれそうじゃないか!?
ご飯を食べた後は半兵衛には部屋でゆっくりしてもらうことにして、俺はお風呂へと向かった。いつもご飯を食べた後にお風呂に入って歯磨きして寝るのが習慣だしな。半兵衛くんにはちょっと待っててもらうしかない。
早くお湯につかってまったりできるようになりたいもんだけどなぁ。龍泉寺で偶然温泉が湧き出てこないもんかね。
今度、龍泉寺のお寺で拝んでこようかな。それより龍が住むっていう多々羅池で拝むといいかもしれんね。
元々龍泉寺は「伝教大師が熱田神宮に参篭中、龍神の御告げを受け、龍の住む多々羅池のほとりでお経を唱えると、龍が天に昇ると同時に馬頭観音が出現したので、これを本尊として祀った」っていうのが由来だ。
だから神頼みするなら多々羅池だろうな。ご利益ありそうだもんな。
歯磨きも終わらせて護衛のタロジロと一緒に部屋に戻った。いつもはどっちか一人が部屋の外で寝ずの番をしてるんだけど、今日は二人とも部屋の中で待機するらしい。
ジロは昨日不寝番をしてたから、二日連続で徹夜になるんだよ。タロも今日と明日で二連続の徹夜だ。大丈夫なのかな。でもタロ曰く、何日か寝なくても大丈夫な修業してるから平気なんだってさ。
体とか壊さないといいんだけど。
俺が心配だから、親戚丼はいっぱい食べさせた。体力だけでもつけてもらわないとな。
一緒にいるのはあの竹中半兵衛なんだから心配ないとは思うんだけど、タロジロにとっては単なるよそ者だからなぁ。しかも敵対してる美濃の国人だしな。
火皿を和紙で覆って行燈にした灯りが一つだけついている部屋は、うっすらと明るい。寝る時の常夜灯よりちょっと明るいけど、まあ寝れないことはないだろう。
「お待たせしました」
そう声をかけると、緊張した表情の半兵衛が振り返った。夜着に着替えたらしく、白っぽい着物を着ている。
でもその着物だけじゃ、もう三月とはいえ、寒いんじゃないか?
「半兵衛殿。体が冷えるのではないですか? 先に布団に入っていらっしゃれば良かったのに」
「いえ。大丈夫です。お気になさらず」
でもなあ。ちょっと手が震えてないか?
俺は半兵衛が遠慮しないように、先にベッドに上がって布団をかぶった。
う~ん。ぬくぬくだな。
俺はちょっと布団の端を上げて、ぽんぽんと藁マットレスを叩く。
「遠慮なさらず、どうぞ」
「……では、お言葉に甘えて」
そおっとベッドに入ってくる半兵衛の足が、俺の足の甲に少し当たった。やっぱり冷たくなってるじゃないか!? 風邪ひくぞ!
「半兵衛殿。体が冷えておりますよ。ほら、布団を肩までかけてください」
この日のために、ベッドはセミダブルの大きさに作り替えてもらったんだ。さすがに大人の男二人じゃ厳しいけど、俺も半兵衛も細身だからな。まだなんとかなる。
えへへ~。なんかこういう友達とお泊り会って雰囲気いいよなぁ。
まあ部屋の隅にタロジロがいるけどさ。最近はさすがにあいつらがいても気にならなくなったしな。
「さあ、半兵衛殿。寝るまでたくさん話をしましょう!」
「話……ですか?」
思ったよりもまつ毛長いなと思いながら、結構近くにある半兵衛の美少女顔を見る。
「ええ。私は美濃に行った事がないのですが、どういうところですか? おいしいものはありますか?」
半兵衛はぱちくりと目を瞬かせると、花がほころぶような微笑みを浮かべた。
「では私にも、尾張のことを教えていただけますか? それからおいしい物も」
「もちろんです!」
俺たちは顔を見合わせてくすくす笑いながら、話し疲れて眠るまで、それぞれのお国自慢をしていった。
銀杏は生で食べたりローストしたりすると危険だそうです。




