116 竹中半兵衛
竹中半兵衛―――戦国好きでもそうじゃなくても、一度は聞いたことがある名前だと思う。稀代の軍師で、織田信長の家臣だった豊臣秀吉に仕え、秀吉の天下統一を助けた名参謀。
痩身で女性的な風貌でありながら槍働きにも優れるが、体が弱く最後は病に倒れる。
確か酒色に溺れた主君を諫める為に、少人数でお城を乗っ取っちゃったんだっけか。それですぐにお城を返すんだよな。織田で言う、平手政秀みたいなもんかね。どこの家にも、命をかけて主君を諫める忠臣っていうのがいるもんだな。
お城を乗っ取られた主君って斉藤義龍のことかな。今のトコ美濃をまとめにかかってるけど、途中で挫折でもするのかね。
それでどこかで隠居生活してるところに、秀吉が三顧の礼で勧誘して、信長兄上の直臣じゃなくて秀吉の家臣にならなるって答えたんだっけか。
その後、半兵衛の知略もあって、秀吉は信長兄上の家臣の中でも地位を上げていくんだよな。
あれ。そーすると、今現在、尾張に半兵衛がいるってことは、だ。もしかして秀吉の家臣にはならないってことか?
ちょっと待て。それはかなり歴史が違ってくるんじゃないか!?
いやでも、秀吉の躍進が半兵衛の策によるものも多いんだったら、半兵衛がいればあんまり変わらないってことにもなるけど、どーなるんだ。
うーん。分からんな。
まあとりあえず半兵衛が信長兄上に仕えてくれるなら問題ないか。うん。そういうことにしておこう。考えたって分からんものは分からんし、なるようにしかならないからな。
そして初めて見る竹中半兵衛は、美少女だった!
あ、違う。美少年だった。
でもこれ、ちょっと派手な模様の小袖着てたら、絶対女の子と間違われるぞ。思いっきりなで肩だし、首とか細いし。のどぼとけも確認できないんだけどさ、本当に男なのかな? 熊の妹の志保さんみたいに男装した女子なんてことはないのかな。
服装はちゃんと男の物なんだけど、髪の毛も背中まで伸ばしたのを結ってるだけだから、男装してるみたいに見えるんだよな。
これで志保さんと半兵衛が並んだら、普通に男女に見えそうだな。もちろん、志保さんが男で半兵衛が女だけどさ。
「それがしは竹中重元が長子、竹中半兵衛と申しまする。織田様に拝顔を賜り、恐悦至極に存じまする」
平伏した半兵衛の声は、声変わりしたばかりなのか、少しかすれた声だった。
いいな。俺まだ声変わりしてないんだよな。
「遠路はるばる、よう参った。美濃に比べて尾張は田舎だが、ゆるりと過ごされるがよい」
「有難いお言葉、かたじけなく存じます。ところで尾張には珠玉の名物があると聞いて参りました。ぜひとも一度、拝見させて頂きたく思います」
「珠玉の名物であるか……」
へ~。尾張にそんな名物なんてものがあるのか。何だろうな?
信長兄上は刀とか茶器の名物をコレクションするのが趣味だけど、さすがにまだ弱小大名だからな。名物って呼べるほどの物は持ってないはずだけどな。
「喜六。ここへ参れ」
「はい」
俺は膝をついたまま信長兄上の前までにじり寄った。
半兵衛が見てるからな。コケないようにしないと格好がつかんからな。
「俺の弟の喜六郎だ。竹中殿とは年も近いゆえ、仲良うしてやってくれ」
信長兄上に紹介されたんで、俺は半兵衛の真正面に座って挨拶をした。
名物の話はあっさりスルーされちゃったけど、半兵衛はあんまり気にしてないみたいだった。ふむ。穏和な性格なのかもしれんね。
「織田喜六郎と申します。まだ元服をしていないので、傅役の柴田勝家殿が城代をしております末森城にて居住しております」
「竹中半兵衛でござります。明智光秀殿より喜六郎様のお噂を伺い、一度お会いしてみたいと思っておりました。こうしてお目にかかることができて、恐悦至極にござりまする」
みっちゃん、俺の悪口なんて言ってないといいんだけどな。美化しすぎてても困るけど。
ほら、だって仲良くなるのに第一印象って大切だからな。
でも今まで年の近い友達っていなかったから、どう接していいのか分からんぞ。
ここは前世の対人スキルを……って。しまった。前世でも大した対人スキルは持ってなかった。
「私もお会いしたかったので嬉しいです」
本当にずっと会いたかったんだよな~。
いや~。しかし、これが本物の竹中半兵衛か~。確かに賢そうな顔をしてるよな~。やっぱり本とかたくさん読んでるのかな。
「竹中殿に滞在して頂く場所だが、喜六のたっての願いにより、末森城となったが良いか?」
信長兄上も最初は渋ってたんだけどさ。何度もお願いしてやっと許可してもらったんだ。
まあ半兵衛の立ち位置って微妙だからなぁ。信長兄上が渋るのも無理はないんだけど。
だってさ、半兵衛ってはっきりと織田に協力する代わりの人質として尾張に来たってわけじゃないんだよ。本当に一人だけでフラっとみっちゃんを頼ってやってきたんだよ。
美濃の間者だって疑われても仕方がない無謀さだけど、信長兄上はかえってその豪胆さを気にいって尾張での滞在を許したんだそうだ。
うん。すっごく信長兄上らしい。
でもってその信長兄上の性格を見越して一人でやってきたんだとしたら……さすが竹中半兵衛ってとこだけど、どうなんだろうな。
信長兄上の言葉に、半兵衛はちょっと驚いたように俺を見たけど、すぐににっこりと微笑んだ。
「もちろんです、喜六郎様。どうぞよろしくお願いいたします」
竹中重治が本名ですが、半兵衛のほうが知られているので竹中半兵衛と呼ばせていただきます。
半兵衛が稲葉山城を奪った時の美濃の国主は義龍の息子の斎藤龍興です。
半兵衛の尾張での立ち位置は、人質以上客人未満といった感じでしょうか。




