108 三河のお土産
傷に一番効くのは、大量の水で傷口を洗い流すことなんだけど、戦場ってただでさえ水不足になりがちだからな。飲み水確保のために尿を取っておいたりするわけだし。それを考えると、傷を水で洗い流すのは無理だろうなぁ。
そういや、織田にも金瘡医っているのかね。外科専門のお医者さんだけど。
「勝家殿。わざわざの報告、ありがとうございました。お疲れでしょうからゆっくりお休みください」
戦から帰ってきたばっかりだから全体に薄汚れてるしな。ムクロジ石鹸を使って、綺麗にしてくるといいと思うぞ。
「その前にこちらをご覧くだされ」
熊が懐から折りたたまれた和紙を取り出した。少し膨らんでいるから、中に何かを入れているんだろう。
ガサガサと音を立てて開いた和紙の中には、白いモコモコしたものがいくつか入っていた。
手渡されてよく見ると、赤い色のガクがついている。
ん? これ、植物か。……って、これってもしかして綿か!? 初めて本物を見たぞ!
「勝家殿!? これはどちらに!?」
「進軍途中に三河で見つけたゆえ、取って参りました。以前、喜六様が欲しいとおっしゃっていたのは、これでござりますか?」
おおおおおお。
熊凄い! お手柄だ、大手柄だ!
これで綿製品ができるし、消毒する時にも使えるじゃないか!
早速、信長兄上に報告して―――
あ、いや、ちょっと待て。
これを持ってきたのは熊のお手柄だ。だから熊から信長兄上に献上しないといけない。
それで熊を綿栽培の監督にしたらどうだろう? もちろん実際にお世話するのは熊の家臣だろうけどさ。
もし綿の生産に成功したら、熊の株がドーンと上がって、今回の失態もチャラにならないもんかね。
失態って言っても、熊が出兵したのは信長兄上の命令で、敵の援軍がいっぱい来るなんて分からなかったんだから負けたのは仕方ないと思うんだけどさ。でもどんな状況でも、負けは負けで、失態になるんだよな。
なんか、戦国時代って厳しいよな。
だけどそこで甘い顔をして叱責しないでいると、失敗した家臣が図に乗るし、他の家臣はえこひいきされたって妬むんだからな。本当にメンドクサイ。
でもその今回の熊の失点も、綿の栽培に成功すればチャラになるんじゃないか!?
そしたら熊が市姉さまと結婚できるんじゃないかな。
正直、今回熊が福谷城を落としてれば、その功績と今までの実績で、市姉さまとの結婚も信長兄上にお願いできたと思うんだけどさ。
結果が負けだから、それはできなくなっちゃったんだよ。
うーん。なんとかして浅井長政が出てくる前に、熊と市姉さまには結婚して欲しいところなんだけどなぁ。
ちょっとだけ先の未来を知ってるとはいっても、なかなか思い通りにはいかない。
うまくいかないもんだな。
もっとも、未来を知ってるって言っても、史実通りに歴史が進むかなんて分からないわけだから、今この時をどう生きればいいかを必死に考えるだけだ。
あー。でも綿の栽培のノウハウがないから、そっちで失敗したらまたマイナスが増えちゃうのか。それも問題だな。
ってことは、戦働きで功績を上げるしかないのかね。
とりあえず俺と共同開発っていうのはどうだろう。うん。それなら栽培に失敗しても、熊だけの失点にはならないからいいんじゃないか?
成功すれば熊の功績になるしな。
実際、三河から持ってきてくれたのは熊なわけだし。
「勝家殿。この綿の栽培を私と一緒に研究してみませんか?」
「いや、それがしには研究など分かりませぬ。研究ならば喜六郎様がなさるのが良いと思いますぞ」
ここで功績を横取りしようとしないところが、熊のいい所だよなぁ。
たとえばこれが秀吉とかだったら、誇大報告して自分の手柄だって言って回りそうだ。本人のことはそんなに知らんから、イメージだけど。
あ、それで熊と秀吉って史実でも仲が悪かったのかもしれんね。
性格が正反対だもんな。
「でも、危険な思いをしてこの綿を持ち帰ってくださったのは、勝家殿ですし。成功するかどうか分かりませんが、一緒に栽培をしてみませんか? そして私たちの栽培した綿で小袖を仕立てて、市姉さまに差し上げましょう」
そう言うと、熊はうろうろと視線をさまよわせた。
おー。迷ってる迷ってる。
現代なら挙動不審で通報されそうだな。
「市姫様はご迷惑ではなかろうか……」
「きっと喜んでいただけると思いますよ」
「さ、さようでありますか」
うん。最近照れる熊は可愛いなと思えるようになってきたぞ。このゴツイ顔にも、慣れてきたんだなぁ。
最近は、たまに男前に見える。特に、市姉さまの為にひたむきに努力してる姿とか。
「あ、でも先に信長兄上に差し上げないと、へそを曲げますよね」
「さようでござるなぁ」
ナチュラルコットン・メイドイン喜六&熊の第一作は、信長兄上に取られ……じゃなくて献上する一品になりそうだな。




