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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
戦国時代に平穏はない

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106 ポイント20000感謝御礼SS 眠れる虎

本日二度目の更新となりますのでご注意ください。


皆様のおかげで20000ポイントになりました。

本当にありがとうございます。


お題を募集した結果、光秀視点となりました。

千姫視点もそのうち書きたいと思います。

 凡庸な主だと思っていた。


 美濃が名門土岐家から油売りの一族である斉藤家の支配へと変わり、わが明智家もその身の振り方を考えなくてはいけなくなった。

 本来であれば守護である土岐家にくみするのが一番であったが、それを躊躇うほどに、利政様には勢いがあった。


 そして梟雄きょうゆうと呼ばれた斉藤利政様は、あっというまに美濃をその手に入れてしまった。そのはかりごとの見事さに、美濃を追われる直前まで、守護であった土岐頼芸様はまさか自分が美濃から追い出されるとは思ってもいなかったに違いない。


 だが、時の運が斉藤利政様に味方した。かのお方の望む方に、歴史は動いていったのだ。


 ゆえに、父と叔父はせめて土岐の一族である我らの血を美濃の国主の血筋に残そうと、万が一を考えて、頼芸様が追放される前に、妹である小見おみの方を斉藤利政様の正室として嫁がせた。


 利政様には既に義龍様という御嫡男がおられたが、母君は土岐頼芸様の側室ですらない愛妾だった深芳野様で、身の丈は六尺五寸と大きいものの、気が優しく常に部屋で書物を読むような大人しい方であった。


 これでは美濃の国は治められまい。

 誰もがそう思った。


 次代は小見の方の子である、孫四郎様か、あるいは喜平次様であるのか。

 おそらくは家督を義龍様に譲って入道し道三と名を変えた利政様も、そうお考えだったのだろう。


 義龍様の廃嫡は時間の問題。

 誰もがそう思っていたのに、先に動いたのは義龍様の方であった。


 孫四郎様と喜平次様を誅殺し、更には実の父親である道三様までも手にかけ。


 だがそれも義龍様の後ろにいる、庶兄である長井道利殿の策略であろうと思っていた。

 おそらく義龍様は長井道利殿の傀儡であるのに違いない。であれば、道三様にお味方して敗れたとはいえ、名門土岐家の支流である明智家をないがしろにはできまい。

 義龍様が主張する、自らが土岐家の主流であるとするならば、なおさら一門たる明智を無視はできない。


 道三様が美濃の行く末を頼んだ尾張の大うつけか、それとも凡庸な傀儡の当主か。

 明智家にとってどちらが良いのか、それを見定めよう。叔父上と相談してそう決めたのに。






「光安様! 明智城に義龍様の軍が向かっております!」

「なんだと!? して兵の数はいかほどか」

「長井道利殿を総大将として、その数、約三千五百かと思われます」

「三千五百だと……そんな馬鹿な……」


 報告を聞いた私は、思わず叔父上と顔を見合わせた。

 その数で攻めてくるということは、明智の一族を根絶やしにするつもりだ。こちらの手勢はわずか八百余り……到底、勝てぬ。


「叔父上。尾張に後詰の要請をいたしましょう」

「しかし、あそこは家督争いがあったばかりではないか。こちらに手を差し伸べる余裕があるのかどうか……」

「それでも織田殿におすがりするしか明智が生き残る術はございません。なにとぞご決断を!」

「さようであるな。誰か、筆を用意せよ!」


 一縷の望みをかけて織田へ援軍の要請をする。

 正直、期待はしていなかった。

 このまま明智城は陥落するのではないかと、皆、声に出さずとも同じ不安を抱えていた。


「よく聞け、光秀。いざという時には光春を連れて落ちのびよ」

「何をおっしゃるのですか、叔父上。私は皆と共に、最期まで城と運命を共にいたします!」

「わしの最期の頼みじゃ! 光春と共に、明智家を再興してくれぬか」

「ならば叔父上が光春をお連れください。元々は私がこの明智城の主となるはずでした。ですから叔父上にお貸しした物を、今、お返しください」


 そもそも明智の城主は我が父、明智光綱であった。だが後を継ぐべき嫡男の私がまだ若年なので、成人するまで父の弟である明智光安殿が代わりに後見をしてくださっていたのだ。

 叔父上は何度も私に家督を返すと言ってくださっていたが、私には執務よりも勉学の方が楽しく思え、その時を先延ばしにしていた。


 だが、こうなった責を負うのならば、私でなければならないのだ。明智の当主である私が―――。


「……ならぬ。生い先短いわしが残る」

「光春はどうなさるのですか」


 叔父上の嫡子である光春は、このまま明智城を任せても良いのではないかと思うくらい優秀な若者だ。もう二十の年となったが、まだまだ叔父上に学ぶところは多かろう。


「わしよりもお主から学ぶことの方が多かろうて」

「ですが―――」

「この老いぼれの命。ただ散るよりも、意義ある散り際にしてくれぬか」


 それは、囮になってでも私と光春を逃がすつもりだという言葉だった。

 そこまでの覚悟の上ならば、私は……私は泥水をすすることになろうとも必ずや生き延びて、明智を再興してみせましょう。


 私は叔父上に深く頭を下げながら、涙をこらえるばかりであった。






 だがその覚悟を果たす時はこなかった。

 尾張から、織田信長様が手勢を率いて自ら援軍に来てくださったのだ。

 それによって明智の一族は滅亡する運命から逃れられたと言っても過言ではないだろう。私たちは諦めの漂っていた城内で、肩を抱き合って喜んだ。


 初めて拝見する信長様は、大うつけの評判とは裏腹に、とても冷静で鋭い目をしたお方だった。じっとこちらを見られると、何やら全てを見透かされそうな気がして、その覇気に震えた。


 ただ者ではない。


 私は道三様がなぜあれほどまでに、婿たる信長様を贔屓ひいきしていたのか理解した。


 道三様が奪い取り大きくしていった美濃の国。それをさらに大きくするには、この方と共に歩むしかない。そんな気を起こさせるからだ。


 長井道利殿が率いてきた兵は、織田、明智、土田、生駒の奮戦によって撃退することができた。だが周りは敵に囲まれている。


 義龍様と敵対した以上気を緩めることはできないが、それでも我らの後ろには織田がいるとなれば、少しは牽制することもできよう。

 その間に力をつけるのだ。

 やすやすと食われぬように。


 そうであるならば、まずは明智の有益さを織田に見せなければならない。そしてまた義龍様の軍と相対した時に、明智は救わねばらぬ一族であると思っていただかなくてはならない。


 名門たる明智が織田におもねるのは忸怩じくじたる思いにかられるが、一族の存続のためだ。頭を下げろと言われるならば、この頭などいくらでも下げよう。


 だが心の奥の誇りは捨てぬ。

 土岐家の支流である明智の一族であるという矜持は、私だけのものだ。


 私は自ら尾張へ人質として向かう事を決めた。

 尾張の武士は田舎者で粗雑な者が多い。光春には辛かろう。

 私ならば清濁併せ飲むことができる。今はまだ雌伏の時と見定めた。


 美濃は長井道利殿の傀儡でしかない義龍様によって荒れるだろう。なにせ父殺しの人でなしだ。道三様の国盗りの経緯ですら美濃の国人には忌避感が強い。さらに父殺しの無能となれば、今は従っている者もやがて離れていこう。


 いずれ、その化けの皮が剥がれることになる。


 そう思っていたのだが。


「では調略を行っていた大御堂城おおみどうじょうへ義龍の兵が攻めてきたのか?」

「はっ。城主の竹中重元(しげちか)殿の留守中ではございましたが、奥方と御嫡男の奮戦により、それを退けたそうでございます」


 評定の間で報告をすると、信長様は不機嫌そうに手にした扇をもてあそんだ。脇に控える数人の側近の方々は、その様子を見て目を伏せた。


 なるほど。気性が荒い方ゆえ、些細なことでも勘気をこうむるのやもしれぬな。信長様の気性に慣れた方たちは、こうして嵐が通り過ぎるのを待つのか。


 竹中重元様は先だっての長良川の戦いで、道三様方として戦った。その後も勝った義龍様に恭順の意を示していなかったゆえ、調略をかけていたのだ。竹中殿が内応すれば、西美濃に足がかりができる。

 わが明智城のある東美濃と、大御堂城のある西美濃の両方から揺さぶれば、まだ盤石の体制ではない義龍様たちの元から国人たちは離れるだろう。


 さすれば美濃攻略がはかどるはずだったのだが、うまくいかなかった。また別の策を模索するしかあるまい。


「さすが美濃のまむしの子ということか。なかなか一筋縄ではいかぬな」


 長井道利殿も庶流とはいえ道三様の血筋に連なる者。だが、なぜだろう。私の脳裏には穏やかに笑っていた義龍様の姿が浮かぶ。

 まさか、あの凡庸と言われたお方の策では。

 まさか……


「ふん。当主でなければこれほど迅速な動きはできまいよ。厄介な奴を目覚めさせたものだ」


 凡庸な主だと思っていた。

 道三さまも、日向で寝ている猫のようにのんびりしておるなと呆れたようにおっしゃっていた。


 だが、もしそれが仮の姿で、眠れる虎だったのだとしたら。

 目覚めて敵に牙をむく、百獣の王であったとしたならば。


「だが、父殺しの外道に美濃は渡さぬ。舅殿に任されたのは俺だからな」


 ゆらりと立ち上がる、この方もまた、並の覇気の持ち主ではない。


 義龍様が目覚めし虎だとすれば、信長様はまさに龍。

 あの、天高く登る龍ではないだろうか。


 もしもあの時、義龍様の器量を計り損ねていなければ、と思わないこともない。

 だが既に私は選んでしまったのだ。明智一族のこの先を、尾張の大うつけと呼ばれる織田信長様に託すと。


 それに、と思う。

 義龍様は実の父親を弑逆しいぎゃくしたが、信長様は、父と母との違いがあるとはいえ、はかりごとを巡らせて信長様を廃嫡しようとした母である土田御前の命までは奪ってはいない。


 やはり義龍様のような道理にもとる輩には従えぬ。


 そうだ。加えて信長様には神仏の加護を受けし弟君がいる。


 織田喜六郎様。


 尾張に来るまでついぞ名を聞いたことにない方であったが、まだ元服前と聞いて腑に落ちた。


 初めて見た時はおなごかと思った。

 ゆるりと後ろで結んだ射干玉ぬばたまの黒髪。雪のように白い肌に紅を刷いたような唇。切れ長の涼し気な瞳は、濡れたように輝く。

 まだ幼きもの特有の、少女とも少年ともいえぬ、伸びやかな肢体に目を奪われる。


 これほどの美童、都にあったならばどれほどの噂になったことだろう。

 もしも女子であったならば、まさに傾国となっていたやもしれぬ。それほどにうつつの者とは思えぬ、天女のごとき美しさであった。


 元服前で尾張にいるからこそ、いずれの噂にも登っておらぬのだとは思うのだが、世にその名を轟かせたならば、やんごとなき方々が競って寵愛なさるのではないだろうか。


 もちろん同腹の兄君である信長様もご寵愛されていると聞いて、さもあらんと頷いた。

 弟君とはいえ、このように美しい少年に慕われて、邪険にできる者など一人もおるまい。


 そして、言葉を交わしお側近くはべる事ができるようになって、ただ美しいだけの少年ではなかった事を知った。


 信じられぬ事だが、この喜六郎様は一度極楽浄土に招かれてより後は、神通力まで授かったのだそうだ。

 その証拠に神仏から授かった神力のおかげで、寡兵でありながらも喜六郎様がお味方した信長様は、家督を争っていた弟君の悔悛殿との戦いに勝ち、織田の当主としての地位を確固たる物にしたのだという。


 この戦いに勝って、なおかつどちらの兵もあまり損なわれていなかったからこそ、明智への援軍が可能だったと聞いて、私は喜六郎様をこの世に送り出してくれた御仏に感謝した。


 信長様と戯れている時は年相応のいといけなさだが、時折、年経た者のような叡智を見せる。そのような時の眼差しを覗きこむと、まるで深淵に囚われたような錯覚を覚える。


 これがもしや、神仏の目なのであろうかと心が震える。

 それが畏れなのか、歓喜なのか、自分の事なのに分からない。


 分からぬが―――決して嫌ではなかった。


 眠りから覚めた虎と、天高く昇る龍。

 龍が握る竜玉は、神仏より賜りし宝玉。


 龍虎の戦いは、どちらに軍配が上がるのだろう。


 神仏よ。願わくば、寵愛されしいとし子の行く末を見守りたまえ。

 そしてその先が光に包まれていますようにと、願わずにはいられない。



僧侶の悔悛は信行兄ちゃんです。

竹中さんは半兵衛のお父さん。

まだ出会って間もない頃なので、チョロク(ちょろい喜六)なのはバレてません。

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