蒼空帝国ーひとつの火種ー
蒼空帝国、西に神聖真白皇国、東に黒眞国と呼ばれる二つの大国のちょうど中心にこの国はあります。
初代皇帝、当時は王国として建国された陽王は、国民全てがこの青空のもと平等に幸福であることを願いこの国をつくったとされます。
優しき王のもとに人々は集い、小さかった王国は少しずつ大きくなっていきました。
今、この国にそんな面影はありません。
農産業で穏やかに発展してきた国は、今では近隣諸国を蹂躙する為の軍事国家に。
最初は生活を豊かにするためにと進められてきた政策は、いつしか国土を広げる為のものに。
民は重税で苦しみ、親は子を奪われ、奪われた子は意思を持つことを許されず国の歯車となり命を落としていきます。
奪われずに済んだ子は、人々は、明日を生きるのに必死です。
皇帝とそれに連なる貴族は、国土を広げ私腹を肥やすことのみを考え近隣諸国と争いは絶えません。
誰か……誰か……この国をどうか救ってください。
私に力はないのです。
私にも強力な法術が扱えていればどんなに良かったことでしょうか。
私が男だったら、力ある貴族の子どもだったら……どんなに良かったことでしょうか。
「お隣の息子さん、とうとう連れて行かれちゃったんだってよ」
「働き手がいなくなったら、どうやって食べていくんだろうねえ……ただでさえ、税が苦しくなってきて辛いっていうのにさ」
首都から少し離れた村の中を進めば、そんな会話が聞こえてきました。
この国では、ある程度の年頃の若者は国の兵となる為に連れて行かれます。
連れて行かれた者達は大抵、忠実な駒として使うために精神を、心を壊されます。
そして、死ぬまでこの国の為に戦い続けるのです。自分が何をしているのかもわからないまま。
「やあやあ、クルル遅かったじゃないか!待ちくたびれたよ」
「ヤココ様……護衛もつけずに本当にいらしたのですね……」
「そうだよーん。大丈夫、皆僕には期待していないし死んでも構わない存在だからね。仕方ないね」
村の中を進むと小高い丘があり、一見少女かと見間違えるほどに愛らしい青年がそこに座っていました。
さらさらと流れるような薄水色の髪は、光で反射しキラキラ輝いて見えます。
黙っていれば女性と間違えられるほどの愛らしいこの方は、この蒼空帝国第三皇子、ヤココ・F・フォルツ様。
ヤココ様は変わり者と有名で、よく市井に降りていらっしゃるし権力を振りかざすこともなく気づいたらそこらへんの民と混ざって過ごしていたという、かなり変わった御方です。
今この国で皇族となると憎しみの対象になるのですが、この方はその行動の為に皇族の方々から、ないものとして扱われている為か憎しみの対象とみられていません。
稀に、ヤココ様を責める者もいますがヤココ様は笑って謝るので、何を言っても無駄だと悟り、今では空気のように扱われることが多くなりました。
「クルルどうしたんだい?僕がそういう存在なのは今に始まったことじゃないだろう?父上や兄上の役に立たない無能な第三皇子なのだから」
「しかし、私はご自身のことをそんな風に仰るのは良いとは思いませんわ……」
「いいんだよクルル。まだ始末しないといけないって思われてないだけ僕は幸運だろうからね。結構自由に過ごさせてもらってるし」
ヤココ様は何事もないように笑っていました。この方は、決して暗い顔をせずいつも明るくふるまっています。
過去、それが自分の役割だからと笑いながら仰っていたこの方の目が、笑っていなかったことを知っています。
その胸の内に必死抑えている激情を私は、知っています。
私が浮かない顔をしていたからか、ヤココ様は困ったように笑った後そっと私の頭を撫でてくださいました。
憎しみの感情をぶつけられても笑っていられるのは、民の心がわからないおかしい奴だからと言われていたのを聞いたことがありますが、私はこの方がとてもお優しいことを知っています。
「こら、ヤココ。クルルにあまり迷惑かけるな。あと、一応皇子なんだから俺達の誰かをお供につけろって何度も言ってるだろ」
「むむむ、もう見つかっちゃったのか。流石僕の騎士だねえ~。君のいうこともわかるけれど、僕だってたまには一人で散歩したくなることだってあるんだよ?」
「少しは自分の立場を自覚してくれないか。お前は一応この国の第三皇子で、俺達の大切な主君なんだぞ」
私が大人しく撫でられていると、ヤココ様直属の第三騎士団団長ヌイ様がいらっしゃいました。
ヌイ様は眉間に皺をよせ疲れた様子でため息をつき、ヤココ様の頭を鷲掴みし、鷲掴みされたヤココ様はヌイ様の腕をバシバシと叩いてやめさせようとしていました。
主従関係であるこの二人ですが、幼少期からの仲で良好な関係を築いていらっしゃいます。
第一騎士団、第二騎士団はヤココ様のお兄様方の管轄で貴族で構成されていますが、ヤココ様の第三騎士団はほとんど平民からなっています。
第三騎士団は平民が多い騎士団ですが、どの方もヤココ様が幼少期に自らスカウトした方ばかりで優秀な方ばかりです。
皆兄弟のように育ったのだと、ヤココ様が嬉しそうにお話されていました。
「クルル、いつも無理を言ってすまない。君が協力してくれるおかげで大分俺達も動きやすくなっている、本当にありがとう」
「いえ、ヌイ様もったいないお言葉ありがとうございます。私がお役にたてるのでしたら何でも致しますわ」
「いいんだよ、クルル。君のおかげですごく助かっていることに変わりはないのだからね!もっと胸をはっていいのだよ!!はっはっはっはっ!」
「どうして、お前がそんなに偉そうなんだよ!!」
「実際僕は偉いからね!!」
ヌイ様とヤココ様がじゃれあうように殴り合いを始めるのを微笑ましく思います。
自分の無力さに絶望し涙を流すことしかできなかったあの日に、このお二方と出会えることができて私は幸運でした。
我が家は貴族でしたが、位は下の方。力のない下級貴族は貴族とは名ばかりで、平民とは変わりません。
ちょうど今年18になったばかりの弟は、近々起こる次の戦の為に連れて行かれてしまいました。
身体の弱い父をいつも心配し、周りの者に常に優しく慕われている心優しい良い子でした。
騎士団に所属している者以外は例外なく、あの処置を受けると聞いています。
兵として向かうということは、あの子はあの子のままでいられることはないでしょう。
連れて行かれる間際に浮かべたあの子の笑顔が、私の頭の中でこびりついて消えません。
何も言えずにいる私を安心させようとしたのでしょうね……全てを受け入れた様な、優しい笑顔でした。
あの子が戦死したという知らせを聞いたのは、また少しこの国の領土が広がった日のことでした。
人目を避け国の外れの寂れた教会で、自分の無力さを嘆きました。
帰ってきたとしても知っているあの子ではないだろうとは思っていたけれど、二度と会えることはないという現実に、ただただ涙を流すことしかできませんでした。
「私はなんて無力なのでしょう……私に力があればっ……この国を変えて見せるのにっ……!」
「それじゃあ手伝ってもらおうかなっ!」
誰に訴えるわけでもなく絞り出すようにこぼれた小さな私の言葉に、高らかに響き渡る声が返ってきました。
声のする方向を見れば、入口に立っているのはこの国の第三皇子ヤココ様でした。
間違いなく反逆の意思があるととられる言葉を自分が言ったことを思い出して、血の気が引く思いでしたが返ってきた言葉に首を傾げます。
「あの、それはどういう意味でしょうか……?」
「こら、ヤココ!どこ行ったのかと思ったらこんな所にいたのか。ちゃんと行き先を言ってから遊びに行けっていつも言っているだろう」
「君は僕の母親か!!」
「ちょっと、ヤココが息子とか無理だわ」
目の前で繰り広げられる会話についていけませんでした。一体何が起こっているのでしょうか。
第三皇子は気さくな性格で、よく市井におりてきていて普通に過ごしているというのは聞いたことはありました。
ですがそれはこんな外れの方ではなく、賑やかな都心部だと思っていたのです。
「ヌイヌイとこんなところで漫才するつもりはないからー!僕はこの子とお話してるんだよ」
「ヌイヌイ呼ぶなし、次から気を付けろよ」
「はいはい、わかったよ!さて、お嬢さんいいかな?」
流れるように弾む会話を呆然と見つめることしかできない私に、いつのまにか皇子は目の前に立っていてにこりと微笑まれました。
どうしたらいいかわからない私に、皇子は右手を差し出して言いました。
「君の力を貸してくれ。この国を終わらせるために。」
「この国を終わらせる……?」
「そう、この国はこの国の為にも終わらなければいけないんだよ。この国は一度死に、生まれ変わるんだ」
目の前の皇子は何を言っているのでしょう。信じられない気持ちで私は、差し出された手と彼を交互に見ていました。
この国が生まれ変わる……私なんかが役に立てることはあるのでしょうか……。
不安と期待に胸がいっぱいになりながら、震える手をそっと差し出された手に重ねました。
蒼空帝国は革命によりその歴史に幕を落とすことになる。
革命の主導者は蒼空帝国第三皇子とされていたが、革命の最中に彼は命を落としたとされている。
第三皇子が革命を強く決意した背景には、一人の女性の存在があったとされるが真実は謎のままである。
クルル:祖国を変えたいと心から願い、そして自分一人の力ではどうしようもなく苦悩した少女。彼女はただ全ての民が笑って暮らせる国を望みできることは何でもした。
ヤココ: 圧倒的な軍事力により世界から恐れられる蒼空帝国の第三皇子。破天荒な振る舞いに国からは疎まれ民からも理解されていなかったが、重税に苦しむ民を救うために日々暗躍した。
ヌイ:平民出身の騎士団長。平民出身だが、幼き頃か友を守るために鍛え上げた剣術は素晴らしく騎士団長まで上り詰めた実力者。平民から騎士団長まで昇りつめたゆえに、民から好かれ男性ファンが多い。