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3-1 瑠々と淳悟

 自由研究の調べ物をする、と図書館へ行ったり、予定として入っていたテニス部の練習に顔を出したり。

 どんな顔して部活の子と会えばいいのか、と夏休みが始まった時は悩んだけれど、淳悟さんと瑠々との夏休みがあるんだ、と思うと気持ちに余裕が出来た。

 そうしたら、今までより周りの人が心を開いてくれているような気がした。

 私の心構えが変わっただけなのか。それとも本当に、私に対して優しくしてくれているだけなのか。

 今まで自分がどう見えているか考えたことも無かったけれど、きっと怒りっぽくてツンケンした嫌な子だと見えていたのかもしれない。自分でも、そういう部分があると思っていたのかも。それがわかっただけで収穫。

 金曜土曜はすぐに終わった。宿題が終わるわけもない。難関の読書感想文もあるし、数学ドリルに漢字の書き取り。面倒だなぁ。

 土曜の夜、荷物を詰めて、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。

 初めて親戚以外の人の家に泊まる。相手は不思議でイマイチ素性のわからない人たち。どうなるんだろうという不安もあるけれど、それ以上に楽しみだった。

 明日の夜は、どんな風に過ごしているんだろう。ケンカしてなければいいけれど。

 瑠々の怒った顔だったり、照れた顔だったり。淳悟さんの柔らかい笑顔だったり、ちょっと戸惑って口ごもる姿だったり。

 色々な想像をしていると、自然と眠りに落ち、夢も見ずに朝が来た。


 泊まりなんて大丈夫か、と心配するお父さん。偽物パパの淳悟さんがかっこいい人、というのも気になっているらしい。

「子離れも大切だよ、お父さん」

 娘にこう言われ、しょんぼりした様子のお父さんと、あれこれ手を貸して荷造りを協力してくれたお母さん、お姉ちゃんに手を振り、私は初めてのお泊まり会へと向った。

 大きなリュックの中に着替えや洗面用具を詰め込んだ。元々荷物は少ない方だし、夏だから薄手のシャツばかりで済むからありがたい。

 自転車の前カゴには、お土産に用意した水ようかんセット。高いものではないし、そもそも和菓子は好きだろうか。

 ジンジャーブレッドもいいけれど、私は和菓子も好きだ。カゴの中でぴょんぴょん踊っている水ようかんを眺めながら、アスファルトの照り返しを浴びて自転車を漕ぐ。今日は焦げそうなくらい暑い日だ。

 すっかり慣れた砂利道を通り、いつもの柵の前を通り過ぎた。今日はもう少しだけ緩やかな坂を上る。

 長時間自転車を柵の前に置いておいてはいけないから、いつも二人が使う屋敷に近い柵の鍵を開けておいてくれるという。

 しっかりとした柵に大きな鍵が付いていたから今までなら入れなかったところだけれど、手で押すと錆びた鉄の擦れる音と共に、格子の扉は開いた。

 自転車を中に入れ、柵の鍵を閉める。とても大きな南京錠というものだ。瑠々からの指令通りに事を進められていることを確認し、ほっと一息つく。ここは丁度、ふじくぼの看板があるところだ。ここで様子を伺っていたら、帰宅した淳悟さんに見つかるのは当たり前だろう。

 ふじくぼに向って歩みを進める。木々の隙間からすぐに屋敷が見えてきた。

 広場に出ると、私のサッカーボールが転がっていた。屋敷の前にある水の出ない噴水の側だ。人に借りたものを転がしておくなんて! 私はイラッとしながらそれを拾う。噴水を周って屋敷の方へと歩みを進めると、噴水の影に隠れて瑠々がしゃがみこんでいる。

 驚いて私は小さく悲鳴をあげる。危うく蹴っ飛ばしてしまうところだった。

「なんだ、驚かせようと思って隠れていたの? 私、そういうことじゃ驚かないよー」

 笑って言ったけれど、瑠々は何も言い返してこない。

「どうしたの?」

 座って顔を覗き込むと、この暑さなのに青白い顔をして、手で頭を押さえていた。

「ああ、梨緒子……。なんだかめまいがして」

 この間「散々注意しているから」と偉そうにしていた瑠々が、熱中症になってしまったというのか。

 動悸が激しくなる。私の血の気が引いてしまう。

「どうしよう、えっと、涼しいところに行こう」

 屋敷はすぐだ。私は荷物をすべてその場に放り出し、瑠々をおんぶしようとした。けれど、小さい体の瑠々でも、ぐったりと力を無くしている状態では厳しい。

 力があると思っていたのに、情けない。

「淳悟さんは?」

「……家の中にいるわ」

「呼んでくる!」

 私は屋敷の中へと走っていった。

 か細い瑠々の声が、耳に残る。早くしなくちゃ。焦る気持ちで大きな扉を開ける。

「淳悟さん! 淳悟さん!」

 玄関ホールから大きな声で叫ぶと、二階から淳悟さんが顔を出した。

「どうしました梨緒子ちゃん」

「瑠々が熱中症になっちゃったみたい!」

 淳悟さんは返事もせず、勢いよく階段を降りてきた。強張った顔は、今まで見たことがなかった。

「噴水のところです」

 私が指を指すと、頷きながら外に飛び出した。

 石畳の道を行くと、すぐに噴水。そのヘリに手をかけてしゃがむ瑠々を、淳悟さんはひょいと抱き上げた。おお、お姫様抱っこ!

「淳悟、平気よ、そんな大げさな……」

「いいから、黙っていてください」

 私に構うことなく、二人は屋敷に戻っていった。

 雑草が刈り取られた芝生の上に投げ捨てたリュックやお土産の水ようかんを拾う。何しているんだろう、私。

 やっぱり、男の人は凄いな。あんなに軽々と。

 心が波立つ。瑠々が熱中症なのは大変なことだ。そんな時に、なんでこんなにイライラしているのだろう。

 私がサッカーでもしなさい、なんて余計なことを言ったから。

 モヤモヤの原因はそれだけじゃない。

 あの二人、どういう関係?

 そんなこと、こんな時に考えちゃダメだ。

 首を振って、私も屋敷の中へ入っていく。


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