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2-3 青春の無駄な一ページ

 恐ろしくって、瑠々と淳悟さんの顔を見られない。手伝うとは言うけれど、何が出来るともわからないのに。こんなお願い、厚かましいって思ってる。でも実現させなくてはいけないんだ。

「おとまりかい?」

 すぽどり? と同じように、耳慣れない様子で瑠々はキョトンと私を見つめ返した。また焦らしてくるのか。

「瑠々ちゃんの秘密は聞かない。言いたくないから、孫に寄生しているなんて訳わかんないこと言うんだろうし。それより、私の勝手なお願いが大事なの。なんだってするから! 瑠々ちゃんの言う事きくから!」

 必死で頼み込む。机に手をつき、自然と頭を下げていた。

「梨緒子ちゃん、机におでこくっつけなくてもいいですよ」

 苦笑いで淳悟さんは頭をぽんぽんと叩いてくれた。飛び上がるように顔をあげる。

 男の人に、頭ぽんぽんされたのは初めてだ。

 感動で体中の血が煮えくり返っているが、今はそうじゃない。ふっと息を吐いて、再び瑠々を見る。

 相変わらず、瑠々は要領を得ない顔をしていた。

「ここがホテルだったのは昔の話よ」

 小首をかしげる。焦らしているのではなく、本当にわかってないみたい。

「そうじゃなくて。私と瑠々ちゃんで、お友達としてお泊りしようってお願いしているの。出来れば、ここで」

 頼む方法として、苛立つのもおかしな話だ。それぐらい切羽詰っている。

 友達として、という言葉が理解できた途端、瑠々は顔を赤らめた。

「つまり、二人でってこと? 友達? えーそう。そうか」

 独り言のように呟く。そんなに、わかりにくい言い方だったかな。

「それで、お泊まり会って何するの?」

 まだ不審な様子で尋ねてくる。

「何っていうより、パジャマパーティーしたり、恋バナしたり?」

 学校の林間学校とか修学旅行でしか、家族以外と泊まったことがないからわからない。あくまで、想像上の話だ。

「何それ。有意義なの?」

「お泊り会に有意義という言葉を出す人初めて見た。そうじゃなくて、ただ、一緒に夜更かししようっていうこと」

 だんだん面倒になってきた。なんだろう、この子は。反対に、瑠々はどんどんと顔を輝かせてきた。

「なるほど。理解したわ。青春の無駄な一ページを刻みたいというわけね」

 無駄、と言われると。私はそういう出来事に対して、よく知らない人に熱心にお願いをしているのかと悲しくなる。

「大方、友達がいないのに親にいい格好したいという所かしらね」

 思わず体が硬直する。どうしてお見通しなんだろう。怖い。

私が何も言い返せないでいると、瑠々は淳悟さんに向って言った。

「だそうよ。いいかしら。私も無駄な時間を過ごしてみたいわ。想い出たくさん作っておきたいもの」

 手で何かを丸める仕草をする。どういう意味だろうと顔を見るが、それを口に入れるフリをしただけで答えてくれなかった。

 瑠々が前向きになったところで、淳悟さんはにっこり笑った。メガネの向こうの目が細められる。

「ええ、もちろん。四六時中瑠々さんと一緒というのも、もう息が詰まりかけていましたからね」

 淳悟さんの言葉に、瑠々が舌打ちをした。舌打ちをする美少女。さすがに品が無くて、絵にならない。

「梨緒子ちゃんなら、大歓迎です」

 舌打ちを無視して、私に笑顔をくれる。ときめいて、顔が赤くならないように私は気持ちを抑えた。

「いいんですか? ここに泊まって」

 思わぬ話の流れに、私は改めて瑠々と淳悟さんの顔を見る。

「何十年ぶりのお客様かしら」

 すると、瑠々はすっと立ち上がる。テーブルを周り、こちらへ歩いてきた。なんだろうと警戒する私の前で、瑠々は美しく礼をした。なんて慣れた動作なのだろう。こういうの、所作って言うのかな。

 見とれていると、瑠々は顔をあげ今まで見せなかった美しい笑みを浮かべた。

「ようこそ『ふじくぼ』へ」

 白いふわふわのワンピースが、光り輝いて見えた。

 聞かないって言ってしまったけれど、やっぱり気になる。こんな小学生いないもん。

 おばあちゃんって本当なの? どうして?

 今はその疑問を口に出来なかった。瑠々の美しさに、私はただ「はぁ、よろしく」と間抜けな返事をしただけ。

「よし、じゃあ色々決めないとね!」

 お泊まり会って何? と言っていた割に、瑠々はてきぱきと私に指示を出してきた。

 まず、私たちの関係。

 学校の友達でもないのに泊まりに行くのは、ご家族に不安を与えると言う。

 そこで仕立てたストーリーは、小学五年の時、同じクラスだった子。瑠々は家庭の事情により半年で転校。久しぶりにこの街に戻ってきたので、時間を惜しむためにお泊り会をすることにした、というものに。

「昔の友達かー。それじゃあ、今現在、私に友達がいないことには変わりないじゃない」

 私のぼやきに、瑠々は顔を歪め、新しいエピソードを追加した。

「二人きりではなく、今も同じ中学に通う子も参加予定だと言えばいい。それ以上突っ込まれないよう、適当に逃げなさい」

 面倒な顔と口調で付け加えた。

「それから、ここの電話番号をきちんとお知らせして。親御さんからすればお泊りなんて一大イベントだから、絶対に連絡したがるわ」

「お母さんもそう言ってた。でもいいの? ここのこと話して」

 さっきは、言わないでくれと忠告してきたじゃないか。

「もう面倒を受け入れたのだから構わない。そうね、親戚の家を借りている、と言えば深追いはしてこないと思うわ。淳悟、あなた私の父親の役をやりなさい。設定は父子家庭でいいわ。母親同士で話したいとなったら大変だから」

 隣で我関せずといった様子でアイスティーを飲んでいた淳悟さんは驚いた様子もなく、はいはいと頷いた。凄いな。瑠々のやることに慣れているというか。

 父子家庭の藤久保さん家。一年振りに再会して、お泊まり会。可愛い女の子と、カッコいいパパと過ごす夏が瞬時に出来上がってしまった。

「日程はいつがいいかしら」

「いつでも。私、ヒマだから」

「そうね。あまり急なのもおかしいけど、こちらものんびりはしていられないから……来週日曜からがいいわ。何泊する? 二泊くらいはする?」

 二泊三日もいてケンカが起きたら嫌だな、と思いつつも、色々聞きたいこともあるから何日いてもいい。『雨傘』を探すのも手伝わなくてはいけないし。

「そうだね。二泊で」

 瑠々って凄いんだな。

 呆気にとられたまま、気がついたら私はふじくぼの電話番号をメモした紙を手にしていた。ぼんやり流されるまま物事が決まるのは、頼もしくもあり恐怖でもあるんだ。

 淳悟さんが「失礼」と席を立つ。私たちの空いた食器をキッチンまで運んでいった。

「来週までに、宿題すませておきなさいよ」

「まだ八月上旬じゃない」

「あぁ、あなた勉強より運動ってタイプだものね。どうせ月末まで手をつけずに親御さんに泣きつくんでしょうね」

 ニヤニヤしながら、瑠々は泣きまねをした。バカにして!

「失礼な。勉強もそこそこできるもん。逆に、瑠々は勉強しか出来なさそう。体育でバカにされるタイプだ」

 からかうと、瑠々はなぜか笑顔を見せた。

「ようやく瑠々ちゃん、なんていう上っ面の呼び方やめてくれたのね、梨緒子」

「え、そっち?」

 呼び捨てにされ、私の方が慌ててしまう。ずっと『あなた』って言っていたのに。

「瑠々ちゃん、って言いにくそうにしていたら、距離をとりたいのだと思っていたわ。よかった。お泊まり会、楽しくなりそうね」

 上機嫌の瑠々は、何の料理作ろうかな、とタブレットを開いてレシピサイトを見始めた。

 ついていけない。

 ぐったりしかかっていると、席を外していた淳悟さんが私のサッカーボールを持って来た。

「今度は忘れずにね」

 そうだった、これを取りにきたのだ。

 受け取ろうと手を出しかけて、ひっこめた。小学三年生のころ、誕生日に親に買ってもらった大切なボール。だけど。

「宿題してくる。その代わり、瑠々はこれでサッカーしなさい」

「はい?」

 私の提案に、瑠々は目を大きく広げた。

「運動不足っぽいし。ちょっとは鍛えたら?」

 ぶっきらぼうに言うと、瑠々はすんなりと受け入れた。立ち上がって、淳悟さんからボールを取る。

「やってみたかったんだよね。サッカー。梨緒子、サッカー好きなんだね」

「サッカーだけじゃないよ。バスケにテニス、水泳は部活でやってる」

「そんなに部活をかけもちしているのに、暇なの?」

 呆れたように言われる。自分でも呆れる。

「どれも正式な部員じゃないよ。大会に出るときに人数足りないとか、練習相手いないとか、頼まれると断れなくて」

 頼まれるけれど、友達にはなってくれない。自分で言っていて悲しくなる。

「いいわ。やってみる。時間があったら一緒に体動かしましょう」

 嬉しそうに、瑠々はボールを手でぽんぽんと飛ばしていた。気に入ったのかな、汚いボールだけど。

「食事は腕によりをかけてご馳走するわ」

「いいよ、そんなに気を遣わなくても」

「私の家に泊まりたいというからには、それくらいのおもてなしは受け入れなさい」

 強引に押し切られる。圧が凄い。

「わかったよ」

「今日が木曜でしょ、下ごしらえは土曜からやるから、食材はお肉屋さんに電話して用意してもらうのは今日の方がいいわね」

 ブツブツと独り言で予定を立てている。

 前日に下ごしらえだなんて、何を出してくれるのだろう。随分細かく決めるタイプなんだなぁ。自己紹介で漢字まで把握したいのだから、この程度当たり前か。

「こっちもやることあるから、梨緒子もさっさと帰って宿題しなさい」

「よろしく……お願いします」

 自分から巻き込んでおいて、なんだか巻き込まれた気分のまま、私はふじくぼを後にした。



 自宅に戻り、お母さんに瑠々と決めたストーリーを話す。

 嘘つくとすぐにばれるけれど、時間があまりないことが幸いしてか、お泊まり会の心配で慌てふためいていた。

 お姉ちゃんは「私のバッグとか、ポーチ使う?」とウキウキしている。

「藤久保さんにお電話しなくちゃ。シャンプーとか、着替えとか。お土産も! なんでこんなに急なの」

 すぐに電話をする。ぺこぺこ頭をさげるお母さんを見ながら、嘘をついたことへの罪悪感より、なぜか達成感が心に広がった。

 お母さん嬉しそう。

 勉強しないとか、病気がちとか、特に困らせたことはない。けれど、ウチには比較対象のお姉ちゃんがいた。お姉ちゃんが辿った道を辿れないことが、妹として失格だったのかな、と思ってしまう。

 だから、嘘をついてでも同じ道を辿れてよかったんだ。ずっと続けるわけにはいかないけれど。

「お父さん、若くてかっこよさそうな声をしていたわねぇ」

 冷凍庫をあけて氷をコップに移し変えていると、電話を終えたお母さんがうっとりとした様子で言った。

「実物はどうなの?」

「カッコいいよ。知的で、でも物腰が柔らかくて素敵」

「あー、梨緒子好きそうなタイプね」

 ぬるいコーラを注いでいると、お姉ちゃんが意地の悪そうなことを言ってきた。

「えっ、そうかなぁ。てゆーかなんでお姉ちゃんが私の好みを知ってるの」

 こぼしかけたペットボトルのコーラの蓋を締め、コップをリビングまで持っていく。ぬるいコーラを氷の中に注いで飲む。氷で適度に薄くなった味が好きだ。

「芸能人でもインテリ系が好きじゃない。でも気難しくなさそうな人。可愛いアイドルより、大人の男性! っていう人が多いなと思うな」

「そうかなぁ」

 言われてみれば自分でもそういうタイプが好きなんだろうけれど、、すぐに受け入れるのは面白くなかった。単純って言われているみたいで。

「いいなー。お母さんも挨拶がてら、お家にちょっとお邪魔させてもらおうかしら」

「それなら私も!」

 二人してキャッキャと盛り上がっている。

「ダメだよ、迷惑だから!」

「冗談よー」

 隠している事実など知らないのだろうけれど、こっちはビクビクしてしまう。顔に出てしまうタイプだし。

 日曜まで、どうにかやり過ごさなくては。

 そうだ、お父さんが帰ってきたらパソコンを貸してもらおう。『雨傘』について、少しは調べておかなくちゃ。模造品がなんなのかもまだわかってないし、勉強不足では瑠々に呆れられてしまうから。

 それと、靴。

 ちゃんと洗っておこう。明日は天気がいいから洗濯日和だと、夕方のニュースが伝えていた。


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