5-4 お願い
「そうね。友達が欲しいなら、梨緒子はそういう表情を直すべきね。顔に出なければいいけれど、出ちゃうだろうし。私がちょっと嫌なこと言うと、すんごいムッとした顔するもの。何か言い返してやろう、って思ってるとわかる。そういう表情を見たら、敬遠してしまう子も多いはず。優しさよ、人間は」
「……わかった」
なんだかお説教タイムになってしまった。面白くないなぁ。自分だって友達できなかったくせに。今もその不満が顔に出ているだろうけど、瑠々の前ならいいや。
「私、梨緒子とサッカーしたかった。今時の女の子の遊びをしたかったの。具合が悪くならなければね」
悔しそうに、唇を噛んだ。そんなにやってみたかったんだ、と私は頬が緩む。無理して練習しようとしていたのも、その為か。
「だったら、今日やればよかったのに」
「そうしたら、今可愛いパジャマでおしゃべりできないじゃない。私には計画があるのよ。どうせ、Tシャツ短パンで寝るって分かっていたからね」
「頑固!」
お互い様、と笑いあう。計画を崩したくないって、瑠々らしい。
「明日、帰る前にやろうよ」
朝練で慣れてるから朝から動けるし、と顔を向けるが、瑠々は天井を見たまま。
「そうだね。明日、ね」
あんまり気のない返事。やりたいのか、朝から運動したくないのか、どっちなんだ。
私は起き上がり、パーカーをはおった。さすがに冷えてきた。瑠々もベッドから起き上がると、間接照明をつけ、部屋の電気を消してから窓の前に立った。
「もう寝るの?」
んー、と生返事が返ってきた。ぼんやりとオレンジ色の明かりの中、瑠々は外を眺める。
「この街は、星が見えないわね」
「そうだね。私、満天の星空って見たことない」
瑠々は目を丸くして振り返った。それから肩を落としてまた窓の外を見る。
「昔は、ここも星が見えたの。満天とまではいかないけどね。そうだ、怖い話をしてあげる」
いたずらっ子の顔になり、瑠々はベッドに乗り上げて私の顔を間近から見上げる。
「怖い話、平気だよ。信じてないから」
平然と答えると、瑠々は疑う様子もなく頷いた。
「梨緒子って単純だから、目に見えないことは信じません、ってタイプね。でもこれは、今怖いと思う話じゃないの。将来怖い思いをするかも」
「何よ」
思わせぶりな話し方に、私はつい後ずさる。瑠々の顔は、ホラー作品に出てくるキャラクターのように目を大きく見開いていた。
「死んだ人は、星になるって言うわね。なんでか知ってる?」
ウヒヒ、とわざとらしい笑い声を加えた。ずいぶん悪ノリしている。
死ぬ、という今は聞きたくない言葉が瑠々の口から発せられ、私はたじろぐ。ここであからさまに落ち込んだらいけない。
「さぁ、知らないな」
少し顔を逸らす私を逃すまいと、瑠々はベッドの上を移動して追いかけてくる。二つ並べてあるから広いベッドだ。パジャマパーティーのために二つ用意したんだろうな。
意地悪な顔のまま、瑠々は怖い話を続けた。
「生きている人間を監視するためよ。悪口を言ったり、人に迷惑をかける生き方をしたり。そういうことをしないように、先人が空から見張っているの。お天道様が見てるっていうじゃない。悪いことはしないことね」
「おてんとうさま?」
「太陽のこと。星だってそう。私が空から睨んでいると思ったら、悪いこと出来ないでしょ。ま、これは『星の王子様』っていう童話の受け売り。読んだことある?」
受け売りか。確かに、今は怖い話じゃない。事あるごとに思い出してぞっとしそう。
「読んだことない。タイトルは知ってるよ。有名だもんね」
「まぁ、運動ばっかりで本なんて読まないでしょうけどね」
小馬鹿にしたように、小さく笑った。
「読むもん、本くらい!」
意地になったけど、本当に読まない。そうだ、夏休みの読書感想文は星の王子様にしよう。ちゃっかりしてるな、私。
「はいはい、ごめんなさいね。ま、これで私が教えられることは教えたかな。ところでお願いがあるんだけど」
すると、瑠々はもじもじと、パジャマの裾をいじくりだした。うつむいて、私をちらちら見る。
「珍しいね、そんな風にはっきり言わないなんて」
「内容が内容だから」
顔が赤い。目がうるうるしている。なんだ、なんか怖い。予測は出来ないけれど嫌な予感。
ふぅ、と息を吐くと、思い切ったように口を開いた。
「あの、ね。私に腕枕してもらえない?」
「はぁ?」
嫌な予感的中。訳のわからないことを言いだした。
「いや、違うの。あのね、私そういうの夫にしてもらったことないし、せっかくのアディショナルタイムだし」
口早に言うけれど、冗談じゃない。
「私だって誰からもしてもらったことないもん! なんで瑠々にしてあげなくちゃいけないわけ」
「あんたはいつか淳悟にしてもらえばいいでしょ」
淳悟さんに腕枕をしてもらう。考えたら恥ずかしい。頭を振り、妄想を振り払う。
「だったら最初から淳悟さんに頼めばいいじゃない」
「嫌よ、孫にこんなこと頼むなんて」
「私ならいいの?」
「家族よりマシ!」
必死な瑠々の顔を見て、私は根負けした。もう、どうにでもなれ! これが想い出となるならそれでいいじゃないか!
私はベッドの上に大の字になった。
「わかったよ! どうぞご自由に!」
ヤケになった私に、おずおずと瑠々が体を寄り添わせる。うわぁ、恥ずかしい。このオレンジの世界が妙に色っぽいというか。
私の左腕の上に、小さな頭を乗せてくる。
「腕枕、ってこれでいいのかな」
「知らないよ」
恥ずかしくて顔が見られない。なんてばかばかしい。これが将来、甘い想い出となって苦い傷を癒してくれるのだろうか。それより、今ドキドキしすぎて心臓が痛い。
「ねぇ、梨緒子」
「これ以上のお願いは聞かないよ」
言う事を聞いていたらキリがない。ここは頑として聞く耳なんてもたないんだから。
「お願い。最後に一つだけ」
最後、って言うのはずるい。苦々しい顔で瑠々を見る。その顔を見ても瑠々は笑わずに言った。
「中身が本物の瑠々になっても、仲良くしてあげてね」
言葉が継げなくなって、私は息を飲んだ。最後のお願いが、自分の願いではないなんて。瑠々は私の脇に顔を埋めるように顔を伏せた。
「ずるいよ、瑠々は」
「ごめんなさいね。でもね、あの子悲しい事を言うの。『おばあちゃま。私には夏休みに遊ぶ友達もいない。両親はホテル経営で忙しい。中身が変わっても誰も気がつかないよ。私の体を使って』そんなこと、これからの人生で思わせたくないの。身内贔屓だけれど、梨緒子さえよかったら。ね」
か弱い声に、私は思わず瑠々を抱きしめた。
いかないで、と言いたかった。でも、試合はいつか終わる。それがいつになるのか、わかっているのは天国の審判だけ。
「本物のおばあちゃんが、うるさいこと色々言っていたよ、って言っておく」
「助かるわ。あの子とはあまり話したことないから。本当におとなしい子なの」
私の腕の中でくぐもった声を出していた中、瑠々はもぞもぞ動いてそこから顔をあげた。
「もう一つ。梨緒子も幸せになるのよ。何より自分の幸せを優先するの。そうでなくちゃ、誰も笑顔に出来ないから。自分が犠牲になればいいなんて間違っても思わないことね。我慢しすぎたり、気を遣いすぎたりしてもいいことないから。でも最低限のマナーは守ること。人を傷付けない。それで充分だからね。本当の、最後のお願い」
無理して友達を作ってもいいことない、という事だろうか。私は言葉を頭の中で繰り返し呟き、心にとどめた。
「ありがと。最後とかいって、明日もなんか言うつもりでしょ」
「そうかもね」
瑠々はまた私の腕の中にすっぽりおさまる。可愛い子の匂いは、とても甘く感じる。カレーのニオイはもうしない。歯を磨いたのだとしたらずるい。
「瑠々、寝る前に歯を磨かないと。水ようかんも食べたし」
私は抱きしめていた腕を解き、左腕に乗った瑠々に言う。しかし、瑠々は目を閉じていた。
「いいわよ、今日くらい。このまま眠りたい」
「え、腕枕のまま?」
「いいじゃない。もう、眠たくて仕方ないの」
しょうがないか、と私は諦める。寝たら、腕枕そっととればいいや。すでに痺れが来ているし。
「梨緒子、お願いたくさん聞いてくれてありがとう。出会えてよかったわ」
むにゃむにゃと、聞き取りにくい声で言うと瑠々は寝息を立て始めた。本当に眠かったんだな。今日も忙しく動き回っていたし、この体じゃ疲れるだろう。
「おやすみ」
私は右手で瑠々の髪を撫でる。なんだか、私も眠くなってきた。痺れたら目が覚めるだろうし、もうこのまま寝てしまおう。
女の子同士で腕枕して眠る日がくるとは。何やっているんだろう、と馬鹿馬鹿しさは消えないまま、私も目を閉じた。




