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5-1 自分の死後を考え、伝える

 『雨傘』探しは済んだし、何をするのだろうと思ったら、瑠々は朝食後、買い物に行く、と言いだした。

 今日は白と黒のストライプ模様のワンピース。何着持っているのだろう。

「梨緒子、Tシャツ短パンで寝ているでしょ。それは私の思うパジャマパーティーじゃないわ! 淳悟、車だしなさい!」

 強引に、私は淳悟さんの車に乗せられた。

 ミントグリーンの軽ワゴン。高級外車に乗っていそうだと勝手にイメージしていたけれど、そういえば淳悟さんは仕事もせずフラフラしていると言っていた。あまり自由なお金がないのかもしれない。

 いけない。こういうの、ゲスの勘ぐりだってお母さんが言っていた。

 そんなことより、淳悟さんが運転する車に乗れるなんて。しかも、瑠々が気を利かせたのか私が助手席。

 近くのショッピングモールまで十数分。

 後部座席から瑠々の意地悪な視線を感じつつ、私は緊張でカチコチに固まってしまい、満喫することが出来なかった。車の中は屋敷とは違い、淳悟さんのにおいがした。

 車特有のにおいなのか、整髪料なのか。ちょっと油っぽいにおいがした。

 瑠々は「酔い止めのかわり」と言いながら、ミントの香りがするキャンディを口にしていた。車がすぐにミントの香りになってしまう。ああ、淳悟さんのにおいが……。

 さて何を話したらいいんだろうか。

「車の運転、お上手ですね」

 免許もないのに、偉そうだよね。

「可愛い車ですね」

 だからなんだというのだろう。

「昨日眠れました?」

 それ本当に聞きたい?

「犬派ですか猫派ですか」

 私はペットに興味ないから知ってもなぁ。

 考えすぎて、私が酔いそうになる。

 あれこれ聞きたいけれど、後ろで瑠々の含み笑いが伝わってくるので、どうしても話しかけられない。後ろを振り返ると、確実に面白がってる瑠々と目があった。

「私にも、キャンディちょうだい」

 手を差し出すと、目が三日月のように曲がっていた瑠々は小さな黒いバッグに手を入れ、私にもキャンディをくれた。あのバッグ、瑠々の年頃には似合わないハイブランドで、使いこまれている。

「おしゃべりが上手くなる飴ちゃんじゃないわよ?」

 うるさいな! と言いたいのを堪え、黙ってキャンディを口に入れた。

「淳悟はいる? 梨緒子に食べさせてもらえば?」

 なんてことを、と毛穴から汗が噴出す感覚が襲ってくる。しかし淳悟さんは「大丈夫でーす」と気の無い返事をした。

 ちょっとがっかりしてしまった……そう思う自分が恥ずかしい。瑠々は余計な事を言うんだから。

 口の中をクールダウンさせても、頭の芯は熱を帯びていて、車の振動と合わせて夢の中にいるような感覚があった。けれど、妙に冴えている。

 体の右側は、淳悟さんの呼吸をも求めて敏感になっているのかもしれない。

 結局無言のまま、目的地についた。ベッドタウンにある、駐車場も広いショッピングモール。夏休みだから親子連れがたくさんいた。

 ショッピングモールでは、オシャレなナイトウェアをあれこれ試着させられ、瑠々の好みでパステルオレンジのふわふわ素材で出来たセットを買った。瑠々の中で、私はオレンジ色のイメージらしい。

 他にもあれこれ日用品も買い込んで、フードコートでお昼を食べた。私や淳悟さんが口を挟む隙間もない。されるがまま、指示されるままついていき、淳悟さんは荷物で両手が塞がったままフラフラ歩いていた。

 あまり買い物や人ごみが好きじゃない私はくたくたになってしまう。洋服だって、着られればなんでもいいと思っているし。パジャマにこだわった事も無い。

 帰り道の車中も、私と淳悟さんはお疲れモード。

 瑠々だけが楽しそうに買ったものを取り出して楽しそうだった。使わないだろうというシールや食玩まで買っている。女の子が変身するものはともかく、男の子が好きな特撮フィギュアは本当に欲しいのだろうか。

 瑠々は時々、必要のないことをやりたがる。今回のお泊まり会も、きっかけは「無駄なことをやってみたい」という思いだった。その動機ってなんだろう。

 そんなことをぼんやりと思う事で、淳悟さんに話しかけられない自分を正当化しようとしているのかもしれない。

 だってさ、無理だもん。だらしないってわかっているけど。隣にいてくれるだけで口が緩んでしまう程、幸せな空間であることに違いはない。

 帰ったらのんびりしよう、と思っていたが、屋敷に戻ったら休む間もなく「一緒にカレーを作るわよ」と言いだした。

 ずっとおもてなしされてきたから、それには違和感がある。怪訝な表情を見て、瑠々は恥ずかしそうにうつむいた。

「誰かと楽しんで料理を作ることなんてなかったから、やってみたくて。それに、私の味を誰かが覚えて、死んだ後に味を受け継いでくれたら。そう思って。カレーくらい、梨緒子でも作れるでしょ」

「それを言われると弱いなぁ。ずるいよ瑠々は」

 死んだ後に、と言うのは、一生のお願いだ。もう何度も使えないお願い。

「ありがと。使えるものは何でも使わないとね」

 意地悪く笑い、エプロンを渡してきた。これも先ほど買った、タグのついた新品。白地に大きなひまわりの絵がプリントされていた。

 私は料理をしない。お母さんの手伝いはいつもお姉ちゃんに任せていているから。料理上手な瑠々からしたら、きっととんでもなくヘタに見えるんだろう。でも、何も言わなかった。手取り足取り、包丁の持ち方から教えてくれる。じゃがいもの皮むきをして一回り小さくなろうが、少し鍋を焦がそうが、優しく見守ってくれていた。

 使うカレールーは偶然にもウチでも使っているものだった。瑠々はそれを、甘口と中辛でブレンドして使うことが好きだと言う。

「梨緒子はおうちでどのくらい辛いカレーを食べているの?」

「私にあわせて甘口なんだ。でも、もう少し辛くてもいいと思ってるよ」

 甘口を食べているって、小学生みたいで嫌だな。私はちょっと背伸びして辛口も食べてみたかった。

「私は中辛甘口を三対一の比率で入れるの。今日はそれで試してみる?」

「うん。大人への階段だ!」

「小さい階段だけど、躓かないようにね」

 踏み台を使っているので、今の瑠々は私より少し背が高い。見上げるのは新鮮な気分だ。

「隠し味はにんにくよ。淳悟とまともに話せない梨緒子には、バツとして今日は口を臭くさせてあげるわ。まったく、行きも帰りもだんまりって馬鹿なの?」

 意地悪く、にんにくをすりおろしながら笑う。毒薬を入れる魔女みたい……。

「いいよ、淳悟さんも瑠々も、みんなで臭くなればわからなもん。隠し味かぁ。お母さんは何入れているんだろう」

「今度、聞いてみなさい。きっと喜ぶわ」

 自分の味を教えることが、そんなに嬉しいことなんだろうか。私はにんにくのおろしたての刺激に顔をしかめながら思った。

「レシピっていうから、もっと凄い作り方をするのだと思った」

「梨緒子がマネしやすい料理を選んだからね。これならメモしなくても覚えられるでしょう」

「さすがの私でも、平気」

「よし、あとは少し煮込むだけね。梨緒子は部屋で少し休んだら? 夜は長いわよ」

「あぁ、パジャマパーティーか」

 ちょっとうんざりした言葉が出た。さっきの、フワモコで可愛い服を着るのか……。

「私も残りは淳悟に任せて少し休むわ。年取るとすぐ座りたくなるから嫌ねぇ」

 甘くて可愛らしい声から、古めかしく落ち着いた話し声が聞こえるのも慣れてしまい、なんとも思わなくなってきている。

「体は若いんだから元気でしょ」

「休みたいって気持ちは残っているのよ」

 瑠々は、顔をしかめながら笑った。その表情はやっぱり、子どもではない。その度に、鼻の奥が痛くなった。なんだろう、この痛みは。


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