七話 進化
リーナの思惑により意識を失った俺は、三日という長い眠りに着いていた訳だが、どうやら俺の脳は未だに夢見心地なのか――、はたまた目の錯覚か――、予想を超える目の前の事態に思考がすぐには追いつかずにいた。
意識を失う前とはまるで姿を変えているステータス。
それが、――これだ。
ステータス
『核性守護視覚生命体』:ジーク
特性(物理攻撃無効、魔法耐性大、状態異常無効、超自己再生、光速思考、並列思考、空間支配、視覚支配、聴覚支配、時間操作、魔力感知、性質変化、形態変化、核性強化)
[レベル]:C
[装備]『守護装神具』:リーナ
特性(物理攻撃無効、魔法攻撃無効、多重結界、回復魔法、高速演算、複製能力、統合能力)
[オリジナルスキル]:『真実眼』、『千里眼』、『反射眼』
[完全支配瞳術]:『言想ノ神眼』
一体、俺の身に何が起きたというのか――。
もはや考えるまでもなく、事の当事者であるリーナに聞いた方が早そうだ。
(あの……、リーナさん?)
《はいはいこちらリーナです! どうです!? ビックリしたですか?》
(ビックリというか、唖然というか……。一体何が起こったのか説明を――)
《”進化”したです!》
リーナの食い気味に返す一言。
いやいや、それだけじゃ俺には何の事かさっぱりだ。
(も、もうちょっと詳しくお願いします)
《えーとですね――、ジークと私の魂の回路を接続し、一体化して同調を果たした為に進化したです。スキルは、私が統合して適正化したです。私は核を守護する立場にあるので、ついでにジークの事も守ってあげるですよ! しょうがないから! 核の適正者ならしょうがないから! 守護におけるエキスパートのリーナちゃんに、サポートは任せるですよ! エッヘン!》
(……ア、ハイ)
何やら俺達は一体化したらしい。俺の意図しない所で既に事は済んでいて、さも当たり前のように胸を張って答えるリーナに、もはや講義する余力すら失ってしまった。
とりあえず、進化したとあれば何かしらの向上があると見ていいはずだ。
族称が少し変わってるし、特性もかなり増えてる。スキル関連も大きく変化し、レベルも二段階上がっているな。
待て、レベルが二段階上がっている? 確か――。
(リーナ、レベルが上がった時にスキルって解放された?)
《はいです、ユニークスキル『反射障壁』が解放されたですよ! 統合しましたけど》
やはり、レベルアップするとスキルが解放されるのか。
(二段階レベルアップしたようだけど、解放されたスキルはその一つだけ? てか、なんでレベルアップしたんだろ……、しかも二段階も)
《同調した事により、私の保有魔力がジークへと供給され、それが二段階レベルアップに相当する量だった訳です。本来レベルアップとは、自身の個別魔力では無い”他の魔力”を得る際に、”魔力タンク”という機能に一旦蓄積され、それが一定量の魔力を保有した場合に、メイン動力炉とも呼べる”魔力炉”の使用上限値が解放されるです。これが、レベルアップの仕組みです。又、レベルアップすると魔力タンクは空になるので、次のレベルアップには再び魔力を蓄積しなければならないですよ》
なるほど。魔力には遺伝子の様に、個別の種類があるわけか。
そして、魔力の使用と貯蔵――。魔力関連のタンクが、”二つ”あるとイメージすれば分かりやすいな。
一つはメインの”魔力炉”。個別の魔力が貯蔵され、ここから直接的に魔力を引き出して”使用”する。
使用上限が設定されているようで、それが解放される事をレベルアップと称しているようだ。
もう一つが、サブ扱いとしての”魔力タンク”。これは、他から魔力を得る際の”保管用”だな。
一定量の魔力が蓄積されると、空になる代わりにメインである魔力炉の上限値を解放する役割を持つみたいだ。
簡単に言えば、魔力タンクが魔力で満タンになった際、魔力炉の上限値を解放する為の鍵になると言った所だろう。
瞑想後に疲労感の回復を経験した事から察するに、おそらく魔力炉には時間経過による魔力の自動回復があるはずだ。
仮に魔力炉しかない場合――。魔力の全快している状態で魔物を倒した際、その時に得られる魔力を受け取るスペースが無いという事になる。
それを防ぎ、使用する魔力は純粋な自身の物とする為にも、保管用の魔力タンクが必要なのだろう。
ふむ、上手く出来ているじゃないか。
《スキル解放については、レベルE、レベルDへのアップ時には、必ず解放されるです。レベルCからはグッとレベルが上がりずらくなり、スキルの解放もされない時があるです。どんなスキルが解放されるのかは、レベルアップまでの期間で経験した事や、個人の特性や性質に応じて反映される要因が大きいです》
レベルが二段階上がったにも関わらず、スキルが一つしか解放されなかった理由が分かった。
飛び級してしまうと、経験則が無い為に反映されなかったという訳だ。
今更嘆いても後の祭りだが、取得出来たかもしれないスキルを一つ損したも同じだな。レベルは地道に上げよう。
さて、進化とレベルアップに関してはおおよそ理解した訳で、お次はおまちかねのスキルチェックに行ってみようか。
えーと、まずはオリジナルスキルの『千里眼』だな。
――オリジナルスキル『千里眼』。
視界上の物質を透過して視覚することが出来る。任意により、視覚した物の性質を見極める。視覚範囲、四千キロメートル。
これは凄いな。『透視』と『観察眼』を統合したのだろう。視覚範囲四千キロとは……、ほんとに千里を見渡せるという事じゃないか。
――オリジナルスキル『反射眼』。
全方位にて、物理・魔法による攻撃に対して反射を行う。レンズ側の攻撃は、体内に取り入れて乱反射を起こし、自分の魔力を上乗せして体外に反射が可能。
おや? これはいいんじゃないか? 反射とはいえ、応用すれば初のまともな攻撃が出来そうだ。
レンズ側なら自分の魔力を乗せて倍返しで反射出来るみたいだし、考えようによっては攻撃を受けなくても体内で魔力を乱反射させて、圧縮された魔力をぶっ放せば魔力弾とか出来そうだ。
よし、次がラスト。もはやスキルなのかどうかも不明な、一番気になる物だ。瞳術って、それとなく危なそうな匂いが漂うのだが、はたしてどんなものなのか――。
――完全支配瞳術『言想ノ神眼』。
対象の深層世界に視覚干渉し、任意の言葉の本質を意識レベル・魂レベルにて授け与え強制上書きする。「付与支配系・神眼」の一つ。視覚範囲、五メートル。上書効果が実行されると、効果は消える。同一対象に二度は使用出来ない。
こ、これはヤヴァイやつだ……。
簡単に言うと、ダイソンさんに使った様な『超干渉』を、効果範囲内なら対象を”視るだけ”で実行できるって事だ。
しかも、保有魔力の九十パーセント以上の使用と、洗練された魂には失敗する可能性があったリスクが消えている。
あえてデメリットを言うなれば、同じ対象に二度は使えない事と、単発的な上書をした場合は効果後は消えるって所だろう。
例えばそこらへんのオッサンに、「三回まわってワンと言え!」――って言葉を、例え魂レベルに上書きしたとしても、おっさんがやり終わったら元の魂言に戻るのだろう。
完全支配瞳術? いやいや、やり過ぎでしょ。恐ろし過ぎるぞこれは。
《ふっふーん! どうです? ヤヴァイでしょ!》
自信満々にドヤって来るリーナ。スキルの詳細を把握した今、正直「マジでヤヴァイ」――と、共感する他ないだろう。むしろ凄すぎて、若干引いてしまったのは内緒だ。
《で、これからどうするです?》
(そ、そうだなぁ……。強力な攻撃手段も手に入った事だし、とりあえずこの洞窟内の情報を得る為にも、探索と実践訓練の並走かな)
《OKでっす!》
そして俺は部屋の扉を抜け、首にかけた十字のネックレスがキラリと輝きを放ち、心強い相棒と共に、凛と足を踏み出して行くのだった――。
大食イーターとの戦闘により進む事が出来なかった通路を過ぎ、一時間程が経過していた。
それでも例の逃亡劇の失敗を生かし、体が天井にぶつからないギリギリの所まで足を伸ばして歩いていたのだ。歩くスピードはかなり向上したのだが、まるで足長おじさんのような自分の姿には、さすがに失笑せずにはいられなかった。
その間、この洞窟内の構造情報や魔物の生息位置を把握するのはもちろんだが、各大陸における何かしらの現状を確認する為にも、『千里眼』を使いながら見渡す様に探索へと講じていた。
しかし――、どうやら思うよりもここの大陸は広大らしく、視覚範囲の限界まで全方位を確認したものの、他の大陸までは”視る”事が出来なかった。
この洞窟については、完全に全容を把握出来ている。どうやら内部はかなり入り組んだ構造になっており、迷宮と言っても過言では無さそうだ。
全部で十階層のフロア別に連なる形になっており、俺が今いるのは最下層の十層目。
各階層に魔物が点々と存在し、下の階層ほど強力な魔物がいるようだ。
入り組んだ構造とは言っても、遮蔽物を透過して視認する事が出来る『千里眼』を持つ俺には、迷子になるなんて間抜けな事は有りはしない。
上のフロアへと続く階段は既に把握していたのだが、今は”とある場所”を目的に足を進めていた――。
(なぁリーナ、なんで俺はこの世界に連れてこられたんだ?)
この世界についての情報も大事だが、そもそも自分の身に何が起きたのかをまだ把握出来ていないのだ。
《聞いていた話から、私なりの推測は立っているです。それを説明するにも、まずは神之欠片について話さなければいけないですね――》
なんでも、この世界『エルバ』には神之欠片と呼ばれる、強力な力を秘めた物が五つ存在するようだ。
それは、世界の創造主『エルバッシュ』がその身の最後に、力を分散して各地に飛ばしたのだという。
東西南北と中央の大陸に一つずつ存在し、中央の『不可侵の大陸』にある神之欠片は”核”と呼ばれ、他の四つの神之欠片よりも遥かに強力な力を秘めているそうだ。
それ故に封印が施され、核を守護する役目がリーナなのだという。
神之欠片は、普段は小さな水晶の様な形なのだとか。それが”適正者(選ばれた者)”の魂と融合し、その対象に最も適した”神之宝具”へと形を変えるらしい。
適正者の死後は神之欠片へと戻り、次の適正者が現れるまで補完されるそうだ。
そして俺の転生について、リーナの推測ではこうだ。
●核が、世界を超えて俺を適正者として認めた。
●核がこっちの世界『エルバ』に俺を召喚する準備をしている間に、俺が死にそうになった。
●肉体が死を迎えると、魂も死を認識して消滅してしまうので、急遽”右目”と”脳”の無事な二か所を媒介として、緊急融合へと移行した。
●本来の肉体を隔離して、召喚ではなく転生という形にした。
●そして、生命体であり核でもある、イレギュラーな気持ち悪い目玉が誕生したのではないか。
どうやら、リーナにも詳しくは分からないらしい。過去に俺と同じケースの前例は無く、全くの異常な存在だというのだ。
推測を聞いても筋が通っているし、それほど逸脱して間違ってはいないんじゃないだろうか。
しかし――、だ。
”気持ち悪い目玉”は余計だろう。本人が一番気にしているというのに、傷付くじゃないか。
そんなこんなで、どうやら目的の場所へと辿り着いたようだ。
(この角を曲がれば”奴”がいる。俺は実戦経験を積みたいから、リーナは分析に集中してくれ)
《了解です!》
一気に地上に出ることはせずに、まずはまだ慣れていない体や、スキルを実践形式にて把握する為にも、あえて魔物と遭遇する道を選んでいたのだ。
曲がり角の先には、『千里眼』で捉えている一体の魔物がいる。
それは――、『カラスロード』。
身長は二メートルを超え、引き締まった筋肉を持つ肉体。顔には巨大なくちばしと、鋭く真っ赤な目。全身を黒い体毛が覆い、背中には大きく立派な翼がある。
音速飛行と肉体戦を得意とする、魔晶石持ちの突然変異体だ。
そのレベルは驚愕の――、ランク”A”。
俺は両手で顔を挟む様に叩き、自分に気合を入れ直す。
こっちはレベルCで、向こうはレベルAと、かけ離れているんだ。怖い気持ちは確かにある、戦わずに済むならそれに越したことはない。
だが、俺には『物理攻撃無効』の特性と、守護のエキスパートであるリーナが付いているんだ。
大丈夫――、負ける要素は見当たらない。きっと直ぐに決着が着く。
特に警戒する必要のあるスキルは所持していない脳筋タイプ――、俺は『物理攻撃無効』でダメージを受けない――、効果範囲五メートルの間合い接近した後に『言想ノ神眼』でチェックメイト――、よし完璧だ。
一連の脳内シュミレーションを終えた後、俺は伸ばしてた足を引っ込めて、目線が奴と同じくらいになるよう調整した。
俺は曲がり角から平然と顔を出し、これからコンビニでも行くかの様な足取りで歩き始める。
カラスロードまでおよそ百メートル程の地点に差し掛かった所で、向こうもこちらに気付いたようだ。
――フッ、ようやくか。俺は数十分前からお前を把握していたというのに、このノロマめ。
圧倒的有利な状況に、ふいに笑いが零れ落ちる。
――ドガアァァァァン!
瞬間――、突如として体を襲う衝撃。後方に大きく吹き飛ばされ、壁への衝突音が辺りに鳴り響いた。
体と共に卍の様に曲がった手足を壁にめり込ませる俺は、全くの想定外の出来事に、ただ目をパチクリとさせるのだった――。