五十九話 ついに手にした、大いなる遺産
星が創生された時、世界は暗闇に包まれていた。光一つ見ること叶わぬ、無限の漆黒の闇。
するとそこに、小さな球体状の光が出現する。銀色の輝きを放ち、まるで意思を持つかのように辺りを飛び回ると、おどけた口調で声を発し始めた。
「俺、誕生! シハハハハハ――ッ! 何も見えない!」
天真爛漫な無邪気さを感じさせる男の声。
その場には続いて、もう一つ光が現れた。淡い緑色の輝きを帯び、その場から動かずにじっとしている。
新たに出現したその光に、先ほどの銀の光が気が付き、声をかける。
「お! 新しい命か! お前、”これ”見えるように出来る? 俺には無理だ! シハハハ!」
その呼びかけに、緑の光は落ち着いた様子で答える。柔らかく優し気な、癒し系の女性を連想させる綺麗な声色。
「これは……、真っ暗ですねぇ。ごめんなさい、お兄様。私にもどうにも出来なそうです」
「えぇぇぇ! 頑張っても無理!?」
「そうですねぇ~。頑張っても頑張らなくても、一緒かな?」
「じゃあ、しょうがないか! シハハハ!」
するとそこに、三つ目の光が現れた。薄い青みのかかった、白い輝きを纏う光。
銀の光はすかさず近寄り、声をかける。
「よ! 三番目! 何も見えない”これ”、どうにか出来ないか?」
その言葉に、白の光が声を発する。透き通った美しい声色で、少し古風だが丁寧な物腰を感じさせる。
「お任せください兄上」
すると、白の光を中心に眩い輝きが一気に拡散し、無限の暗闇を消し飛ばすかの様に広がった。
この時初めて――、世界に光がもたらされたのだ。
「おおー! すげぇ! こんな風になってたのか!」
広がった視界の先に存在する、壮大な景色。銀の光は初めて星の姿を目にしたが故に、思わず感動の声を漏らした。
晴れ渡る青々とした空、広がる海は果てしなく、水面に反射する光でキラキラと輝いている。広大な大地は緑で溢れており、一面に広がる草原には草花が芽吹き、多くの樹木に彩られていた。
「どうするどうする!? 遊び行く? 遊び行く?」
広がった景色に、もう居ても立っても居られない様子の銀の光。
しかしそれとは対照的に、緑の光と白の光はその場を動く様子が無い。
「だめですよ~お兄様。生まれた時、”使命を待て”って言われたじゃないですかぁ」
「そうですよ兄上。”偉大なる声”に従わねばなりません」
「えぇぇぇ! 早く遊びたいのに!」
銀の光が駄々をこねている間、その場に四つ目の光が現れた。紫のオーラを漂わせる、黒い光。
先程まで駄々をこねていた銀の光だったが、新たに出現したその光に気が付くなり好奇心満々に近寄る。
「おーい四番目! この世界見てみろよ! 面白くね? 面白くね?」
まるで面白い物を見つけた子供の様に声をかける銀の光。
対する黒の光は、こもった低い声で鬱陶しそうに一言答える。
「だまれ」
「え……」
予想だにせぬ答えが返って来たのだろう、銀の光は思考が停止するかの様に小さな声を漏らすと、オドオドしながら更に声をかける。
「え、あの、俺……、お兄様なん……だけど?」
「だからなんだ。自分で様を付けるなんて恥ずかしくないのかお前は」
冷たく突き放す黒の光に、銀の光は「あれぇ……?」と兄の威厳の何たるかに戸惑いを覚えている様子だ。
しかし、そのやり取りを見ていた緑の光と白の光が、さすがに可哀想と思ったのか銀の光に助け舟を出す。
「こらこら、だめでしょ。”仮にも”お兄様なんだから、「お前」なんてそんな口の利き方はどうかと思うわよ?」
「”こんなでも”兄なのだ、顔くらいは立ててやれ」
二人の姉もとい、二つの姉に挟まれた黒の光は、「ちっ」と舌打ちを零しながらも渋々言う事を聞く事にしたようだ。
「……悪かったな、兄貴」
「え? あ、うん。でもなんか、俺に対する妹達の扱いがヒドかったような……」
「「気のせいよ(だ)」」
緑の光と白の光がしれっと口を揃えると、これで役者は出揃ったと言わんばかりに謎の声が響き渡った。
――我は究極神王『エルバッシュ』。我が子達よ、これより名と使命を授ける。
最初は銀色の光。世界に初めて誕生した、一番最初の命だ。
――名は『シリウス』と授ける。使命は、”天を守護”せよ。
究極神王『エルバッシュ』と名乗る謎の声により、この時より四つの光に名前と使命が与えられた。
二番目に誕生した緑の光は、『ユグドラシル』の名と”地を守護”する使命。
三番目に誕生した白の光は、『ティアマト』の名と”海を守護”する使命。
四番目に誕生した黒の光は、『トラウィス』の名と”生命を守護”する使命。
そして名前と使命を授かった四つの光は、四方に分散する様に世界へと降り立ったのだ――。
――それから幾数年。世界には多くの種が誕生していた。
広大な大陸の中央で人々は生活し、姿形の異なる種族が共存していた。まだ原始的な文化ではあったが、それぞれが得意分野で知恵を絞り、仲睦まじく豊かに暮らしていたのだった。
しばらくして、隠れ潜み使命を遂行し続ける四つの光の元に、あの声が届いた。
――”時”が来た。これより我はこの身を散らし、軸となる究極神の片鱗”三つ”が内一つ、――核――をこの世界に残す。そして星を、命を守る為、大いなる力の片鱗――”神之欠片”――を四つ残そう。与えた使命と共に、お前達にはそれぞれに託された神之欠片を守護することを命ずる。
その声の後、四つの光の元に小さな水晶が現れた。それぞれの光の色に対応するかのように、銀色・緑色・白・黒と、淡い輝きを帯びている。
白の光が目の前のそれに触れると、お互いが反応するかのように眩い光に包まれた。
そして光が一気に拡散するかの様に消え去ると、その場には巨大な竜の姿が現れた。
それこそが白の光であり、竜の姿として受肉した『ティアマト』であったのだった――。
「と、我の知る所ではこのくらいだな」
ティアマトが過去の話を終えると、それを静かに聞いていたジークは何かを深く考え込んでいる様子だ。
――『エルバッシュ』がこの星を創造したとして、人々から創造主と呼ばれている事から神だろうとは予想はしていたが、肝心の究極神王の意味までについてはティアマトでも知らないようだな。
だが、これでこの世界の成り立ちに関してはおおよそ分かった。『エルバッシュ』により四大幻獣が最初の生命として産み落とされ、星を守る為にそれぞれに使命を課せた。その後は人間や獣人が誕生し、元々は共存生活を送っていたようだ。まぁ長い年月のうちに種族間で亀裂が走り、今のような状況になってしまったのだろうと予想は出来るがな。
神之欠片についても、『エルバッシュ』がその身を散らした物という点はリーナから聞いていたのと一致するか。星と命を守る為に残した意図までは判明したが、それは予想の範囲内だ。俺が知りたいのはそんなアバウトな事ではなく、”守る為には神之欠片がどう作用しているか”――だ。今の所は適正者に合わせた宝具への具現化としか分かっていないが……、俺の考え過ぎか? 純粋に力を残しただけかもしれないが、どうも他に隠された意図があるのではないかと考えてしまう。
だがまあいい、ここまでは予想の範囲内だ。問題なのは「軸となる究極神の片鱗”三つ”」の部分。その内の一つが、俺の持つ核という事らしいが……、これはさすがに初耳だ。
核も含め神之欠片は全部で五つだと思っていたが、ティアマトの話を加味すると全部で七つあるという事になる。
仮にだが、『エルバッシュ』がその身を別つ際、力を均等に分断したのではなく、”元々決められた断定形式と、自分で力を采配した自由形式の二つが組み合わされていた”ならば?
軸・究極神の片鱗・核の力、この三つのワードから考察すると、”最初の三つは核と同等の力を秘めた揺るぎない特別な物”――(断定形式)だと仮定しよう。そしてそれとは別の四つの神之欠片、これは”純粋に星や命を守る為に『エルバッシュ』が独自に生み出した物”――(自由形式)と仮定出来る。
力の上下関係では前者が上だろうが、それが後二つもあっただなんて大問題だ。
俺自身、核を所持しているが故に、凄まじく強力な力だというのは身を持って知っている。もしも同等の力を持つ他の二つと反した場合、どうなるか予想も付かない。間違いなく分かるのは、俺達の目標が破綻する可能性が大いに有り得るという事だけだ。
だが、「核をこの世界に残す」と言った『エルバッシュ』の言葉が真実であるならば、この世界エルバには他の二つは存在しないという事になる。おそらく強力過ぎるが故に、この三つは別々の世界へと拡散させたのだろうが……、正直こればかりは偽りの無い神の言葉だと――、すがりたいものだ。
「どうした小さき者よ、顔色が優れない様だが?」
返答も無く一人考え込むジークの姿に、さすがのティアマトも首を傾げている。
「あ、あぁ大丈夫だ。少し胃がキリキリするがな」
少し顔を歪ませては胸へと手を添えるジーク。
ミラは心配そうな面持ちを浮かべて寄り添い、「大丈夫ですか?」と声をかけながら、そっとジークの背中を優しく擦っている。
ジークはそんなミラに微笑みを向け「助かる……」と一言呟くと、ミラは少し照れた笑いを浮かべて「えへへ……」と返すのだった。
そんな二人の様子を見ていたティアマトは、自分の存在をアピールするかのように、わざとらしく咳ばらいをする。
「ゴ、ゴホン――っ! 大事無さそうだな、では戻るぞ。我の力で地上まで送り届けよう」
遠く離れた場所にて、ルル、ナオミ、チャンピオンカンガルーの三人は、事の成り行きを上手く把握出来ずにいた。
ナオミが眉を隠すかのように掌を当て、目を細めては遥か遠くにいるであろうジーク達へと視線を向けている。
「ねぇー! 一体向こうでは何がどうなってるわけ!? さっぱり見えないんですけど! あんた見える? 魔物なんだから目イイでしょ!」
話を振られたチャンピオンカンガルーはというと、握った両手の間に輪を作り、まるで望遠鏡から覗き込んでいるかの様にしていた。
「魔物だから目がイイって、どないな理屈やねん! 早く動く物を見るんは得意やけど、遠くの物はさすがの魔物さんでも見えへんがな」
二人が思い思いに目を凝らしていると、間に立っていたルルが当たり前のように状況を話し始めた。その顔には目を覆うように装着した、長方形型の特殊ゴーグルをかけている。
それはビースト部隊との大戦争の折にルルが戦闘で使用した、例の如くジーク製の物だ。
緑色のレンズ越しに見えるルルの視界には、はるか遠く離れたジーク達が映っているが、いかんせん声までは拾う事が出来ない。
「えっとね~マインお姉ちゃんが寝てて、良く分からないけどジークお兄ちゃんとミラお姉ちゃんが戦ってて~、でもそしたらギューッてして~、今はドラゴンさんとお話してるみたい」
「「どう言う事!?」」
ありのままのルル流の実況に、状況を掴み切れないナオミとチャンピオンカンガルーは声を揃えた。
ナオミが「ちょっと貸して」とルルからゴーグルを奪い取ると、自分も見たい――と、すかさずチャンピオンカンガルーがナオミに纏わり付く。
しかしナオミは聞こえていないフリを貫き、ピョンピョン跳ねながら纏わり付いているチャンピオンカンガルーの事をフルシカトしているご様子。
「ズルイ、ズルイ! ワイにも見して貸して触らしてーや!」
緑色のレンズ越しにナオミが真剣に状況を見つめていると、突然その視界がドアップのひげ面で埋め尽くされた。
「見せろぉ~」
それは業を煮やしたチャンピオンカンガルーが、ゴーグル越しのナオミの視界を塞ぐように、変なおじさん風の顔で超接近したからだった。
当然ナオミのこめかみには筋が浮かび、おもむろにチャンピオンカンガルーの耳を掴んでは、グルグルと振り回し始めた。
「耳はあかんっ! 耳はあかんでぇぇぇ――っ!」
チャンピオンカンガルーを解放したナオミはもう満足したのか興が削がれたか、「ありがとね」と付け加えながらゴーグルをルルへと手渡した。
片隅には地面へと両手両膝を着き、「オエェェェ」とモザイクを吐き散らしている一匹の魔物がいるのだが、見なかった事にしておこう。
すると突然、空間が歪み始めた。
「え!? 今度は何!?」
驚くナオミは咄嗟に声を上げるが、その声すらも飲み込むかのように、眩い光が辺りを包み込んでいくのだった――。
光が治まると、先程まではとまったく違う光景が広がっていた。
広い海に浮かぶ小さな離島。熱帯地域に存在するような植物が生い茂り、野生の動物達が日常を満喫している。
白い砂浜、透き通るオーシャンブルーの波が穏やかに浜辺へと流れ込む。
そこに、ジーク達全員の姿があった。
「ここは……、そうか。この離島に本来の迷宮への入り口があったという事か」
突然変化した景色に辺りを見渡しながらも、ジークは瞬時に把握し、頭の中にあった疑問の一つが答えへと繋がったようだ。
「む……。私は、寝ていたのか? ――っ! そうだ、戦いは!? まだ戦いは終わっていない!」
眠りから覚めたマインは瞬時に覚醒すると、飛び上がってはファイティングポーズを取って辺りを見渡す。
「終わったんですよ、マインさん!」
「なに? 終わったのか? いつの間に……」
後ろで手を組みながら、ミラはマインへと微笑みかけた。
だが眠っていたマインは当然成り行きが分からず、気が付いたら戦いは終わっていたという状況にしばし呆気に取られている。
後ろではナオミとチャンピオンカンガルーが、「あ、終わったんだ」と冷静に状況を察し、そんな二人を見るルルは口元を押さえて可愛らしく笑っていた。
するとその場に、まるで小さなティアマトのような子竜が飛んで来た。
「海は渡れるか? 小さき者よ」
「あぁ問題ない。それよりも、ティアマトなのか?」
子竜が発する声、口調共にティアマトと同じであるが故、ジークは思わず自然と問いかけた。
「そうだ。地上ではあの姿だと大き過ぎるのでな。それよりも臆病犬の娘ミラよ」
「は、はいっ!」
突然名指しで呼ばれた為、驚くミラは姿勢を正して子竜と向き合った。
「神之欠片『プレジール』をお前に渡す――、と言いたい所だがアレは我が体内で守護しているのだ。取り出すのは容易だが……、適正したわけではない以上、我は『プレジール』を守護し続ける。故に、”我も同行させてもらうぞ”」
「「「「「「えぇぇぇぇー!?」」」」」」
まさかの守護者が同行という展開に、ジーク達全員が驚愕の声を揃えた。
神之欠片『プレジール』を守護する立場にあるティアマトにとっては、ミラに手渡すと言っても適正者としてでは無い為、あくまでも”神之欠片の保護者として”――、といった母性本能的な所なのだろう。
「誰しも心に闇を持つ。それは人であるお前はもちろん、我も然りだ。陰と陽が混じるように、世界にもその理は存在する。身に纏うその衣も……、同じなのだ」
「え……、これ、ですか?」
ティアマトに促され、ミラは着ている忍び装束を指差す。
「そうだ。その衣にも二面性――、表と裏、陰と陽を感じる。今は裏としてだが、表の存在も心当たりがあるのではないか?」
「あ……」
ミラは何かに気が付いたかのように顔をハッとさせると、黒天衣を忍び装束からワンピースの姿へと変化させた。
「なるほどな、我が感じていたのはそれか。その衣からも喜びが溢れている。何か、特別な物のようだな」
「あ、はい。これは……、ジークさんからもらった、”初めてのプレゼント”ですから……」
若干頬を赤め、思い出を振り返るかのように優しく微笑むミラ。
「余程、大事にしているのだな。ふむ……、我の依代と成り得るだろう」
ティアマトはそう言うなり、その姿を消していった。
するとティアマトが消えたと同時に、ミラの胸元で小さな光が一瞬拡散する。
「あれ? これって一体……」
ミラの視線の先、先程光が拡散したその胸元には小さな宝玉が現れていた。
ワンピースの胸元にある大きめのリボンの中央、結び目の代わりに宝玉が位置し、中には竜の紋章が刻まれている。
そして、その竜の紋章が刻まれた宝玉からティアマトの声が響く。
――この衣を依代とし、神之欠片『プレジール』と共にお前と在ろう。これからのお前達の生末、見届けさせてもらうぞ。
「え――っ! よ、よろしくお願いします!」
ミラは慌てて自分の胸元へと声をかけ、何度も頭を下げてお辞儀をしては、黒天衣と融合したティアマトへと丁寧な挨拶を交わしたのだった。
「保護者同伴とはさすがに驚いたが、だがこれで一つ目の神之欠片は手に入った。みんな、よくやってくれた」
ジークの締めの一言により、仲間達は大手を振って飛び跳ね、その身全てを使って各々の喜びを現した。
ついに手にした、亜族の大陸に存在する神之欠片『プレジール』――。
残る神之欠片は後、精霊の大陸と魔族の大陸の二つ。
在処を探すべく、ジーク達の物語はまだまだ続いていく――。
「さぁ、帰ろうか!」




