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眼の異世界転生  作者: ビッグツリー
第四章 神之欠片『プレジール』~海底迷宮編~
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五十七話 反転進化

 マインの救命活動及びミラが謎の変貌を遂げたその間、ティアマトは大地へと伏せ込むように座っては、その一部始終をまるで楽しむかのように観賞に浸っていた。


「我が究極の一撃に耐えた魚人の娘、絶命寸前だったその命を不思議な力で繋ぎ止めた男。そして――、”裏返った”狼の娘。……ふふ、なかなかに面白い。前座くらいにはなりそうだ。仲間割れで終わるようなら、そこまでの存在という事。神之欠片『プレジール』を渡すまでには、遠く及びもしないだろう」


 目を細め、変貌したミラの凄まじい攻撃とそれを必死に捌くジークの姿を視界に映しては、前座と称してまるで両者を試しているかの様だ。



 涼しい顔で見物を決め込むティアマトとは反対に、ミラの攻撃を捌いているジークの表情は険しかった。

 

 凄まじいスピードで襲い掛かる刃を紙一重で躱すのがやっとで、時にはミラの腕ごと弾きながら防ぐので限界のようだった。

 それはミラの体を気遣いながらの防御ゆえに、ジークの打つ手が狭められていたのが原因の一つ。そして、謎の変貌を遂げたミラの身体能力が、ジークの体の反応速度を上回る程に上昇していたのも大きな要因だった。


 

 ミラが逆手に持つ黒影・真打の刀身には、紫色を放つオーラが纏っている。

 それは、魔力オーラ。ミラはジークの特性『物理攻撃無効』を知るが故に、刃に魔力を帯びさせていた。

 

 広い範囲、”面”での魔力同士の衝突であれば、魔力削合現象により質の高い方が打ち勝つ。

 しかし、例えば刀身に魔力を纏った黒影・真打のように、刃だけという部分的なものであれば肉体へと接触する所は”点”のように衝突範囲が狭まる。その場合は、物質を構成する原子にプログラムされた、少量の魔力と衝突する事になる。

 そうなれば数の理が物を言うように、いかに魔力の質が高くとも少量では、対する魔力量が多い場合は打ち負けてしまう事も十分有り得るのだ。


 それはジークが黒影・真打の刃をその身に受けた場合――、『物理攻撃無効』で直接的な傷を負う事はなくとも、接触した部分の魔力がかき消されてしまうが故に、物理構成の根源に位置する魔力を失ってしまい必然的に細胞崩壊を引き起こして結果的には傷を負うのと同様になる。


 それだけではなく、魔力がかき消されるという事は、攻撃を受け続ければ内包する魔力を消費していくのと同意なのだ。

 


 そんな状況の中、ジークの魔力は後僅か程しか残っていなかった。

 それは、マインを守る為に自分の魔力を魔力障壁へと変換させていたから。


 リーナの計らいによって魔力枯渇は凌いだものの、人間の体を維持する限界ギリギリまで消費していたのだった。




 

 変貌したミラは高揚し、まるでジークとの戦闘を楽しんでいるかのように高らかな笑い声を上げる。目は見開き、口元だけが不気味に釣り上がる。


「あっははははは! やっと”会えた”! やっと”触れ合える”! 楽しい! 楽しいですねジーク様っ!」

「く――っ……」


 ミラは攻防を繰り広げる内に感情が高まっていき、それと比例するように身体能力も上昇を続けていた。次第に攻撃のスピードが増していき、もはやジークを凌駕する領域にまで達する程だった。


 ジークの肉体は人間の体をベースに構成している以上、目では反応出来ても肉体の反応まではどうしても限界が生じる。

 それは変貌したミラとの身体能力の差が徐々に現れ始め、少しずつだが手傷を負う形となっていた。



「クソ……。ティアマトが”裏返った”と言っていたが、もしかしたら今のミラの姿は心の内に秘めていた戦闘本能なのか? 一番気を付けていたはずだったのに……、俺にはまだミラの事が理解出来ていなかったという事か――っ」


 ジークは下唇を噛み締め、自分を叱責するかのように苦悶の表情を浮かべる。そして高速で迫り来る黒影・真打の刃を髪一本、まさに紙一重で躱すとミラの背後へ回り込み、その動きを封じるように羽織い締めで拘束した。


「やめるんだミラっ! 俺達が争ってどうする!? 目を覚ませっ! 目的を見失うな!」


 ミラを正気に戻す為、ジークは力強い叫びを上げる。

 しかし対するミラは、背後からのその呼びかけに、まるであざ笑うかのようにクスッと微笑んだ。


「ふふっ……。見失ってなどいませんよ? 私の一番の想いは、ジーク様と共にる事です。だから――、戦うんですよ。うふふ」





 その光景をくつろぐように観察していたティアマトが、ジークをさとすかの様に静かに口を開く。


「小さき者よ……、無駄だ。その娘はすでに裏返っている。清く正しい表の心から、戦闘本能にまみれた裏の心へと入れ替わったのだ。それは、”一つの魂に二つの人格を持ち合わせている特異種族”ゆえの変化、――反転進化――と呼ばれるものだ。本来であれば本人すらも意識出来ない程奥底にある裏の人格だ……、長年蓄積された負のエネルギーが完全に解き放たれたとあらば、もはや表の人格は飲み込まれて……”消滅”してしまっただろう」



 ティアマトの言う反転進化、それは臆病犬(ビビリ・ドッグ)の種族のみに引き起こる特殊遺伝性の物だった。


 臆病犬(ビビリ・ドッグ)は本来、とても臆病な性格をしているのだが、これは環境要因も多少はあるが大元は遺伝的なものだった。

 しかしそれとは別に、脅威的な力を秘めた戦闘本能も同時に遺伝していたのだ。


 臆病な性格は表の人格、戦闘本能は裏の人格というように、まるで裏表のコインのように一つの魂に二つの相反する人格を持ち合わせていた。

 裏の人格は普段なら心の奥底――、意識の外側で眠っているのだが、精神に大きな影響を受けると目を覚ます事がある。


 そして表と裏の人格が完全に入れ替わる変化を、反転進化と呼ぶのであった。


 臆病犬(ビビリ・ドッグ)の一生の中でも反転進化する者はほんのごく僅かであり、そもそも反転進化はもちろん裏の人格の存在すら知らない者がほとんどである。


 反転進化した際は身体能力が飛躍的に上昇するのだが、同時に裏の人格に表の人格が飲み込まれて消滅してしまうケースが多い。それ程迄に、遺伝子レベルで抑え込まれてきた戦闘本能の力が強すぎるからだ。


 遺伝である以上、決してあらがう事は出来ない。


 だが――、この遺伝の力は、どちらか一方の人格が肉体を支配している状態は”不完全”であった。

 それはつまり、脅威的な身体能力を宿す反転進化でさえ、その”過程”にしか過ぎないのである。


 表の人格が裏の人格に飲み込まれた場合は不完全――、言い換えれば失敗であり、二つの人格が合わさった時こそ、大いなる伝説の血が覚醒するのだ。


 

 臆病犬(ビビリ・ドッグ)とは、プラチナムドラゴンのティアマトと並ぶ四大幻獣が一柱――”天狼”――、その血を受け継ぐ遠い子孫であったのだ。                                                                                


                                                 

 ティアマトの言葉の意図を理解したジークは、”消滅”というフレーズの部分に激しい動揺を隠し切れずにいた。

 それはミラを拘束していた腕の力を弱め、その瞬間を見逃さなかったミラが瞬時に抜け出す。


「ふふふ。あのドラゴンさんが言う通り、もう”あの子”はいません。私がこの体を支配する時に飲み込まれてしまったようですね。もう私にもどうする事も出来ません。でも、これでいいの……。だって――、これでジーク様は私だけを見てくださるようになったのだから! うふふふ」


 両手を頬へと添え、歪んだ艶悦の微笑みを浮かべるミラ。                     

 俯くジークは歯をギリギリと食いしばり、握る拳に力がこもる。そして、震える声で小さく呟く。


「……めない。――絶対にっ、諦めてたまるものか!」


 目力を強くさせ、顔を上げてはキッとミラへ強い視線を向けるジーク。

 ミラはそのジークの態度が面白くないのか、少し機嫌を悪くしたようだ。微笑みから一転し、冷酷な眼差しへと変わりゆく。


「私だってミラなのに……、そんなに”あの子”がいいんですね。やっぱりあなたは殺さなくちゃいけない……。私の心に寄り添えるように、一緒に死にましょうジーク様――っ!」                  


 ミラは右手に持つ黒影・真打を腰の後ろに携えた鞘に収めると同時に、握った左手の指の間に四本のクナイを構えた。そしてそれをジークへと目掛けて勢いよく投げ放つ。


 ジークは咄嗟に右手を前へと構え、腕輪型のアルカンシェルが飛び出して氷の壁へと変化する。

 だが、飛翔するクナイがアルカンシェルの防壁へと接触した瞬間、クナイの末尾に括りつけられていた小さなくす玉が炸裂し、その場は激しい煙幕に包まれた。


「ちっ――、『大気支配』!」


 ジークが『大気支配』にて、自分を中心に周囲の空気を煙幕ごと一気に吹き飛ばすと、晴れた視界の先にはミラの姿は無かった。


 その瞬間に、ジークは背後から鼻と口をスカーフで覆われてしまう。

 それは――、ミラが得意とする背後移動。煙幕でジークの視界を奪った一瞬の隙にてミラはジークの背後に回り、首元から外したスカーフを利用してジークの呼吸を封じたのだった。


 しかしそれだけじゃない。

 ジークの足元にある影から二本の鎖が飛び出しており、それによって固定するかのようにジークの足を捉えていたのだ。



 二重、三重にも張り巡らされた見事な技の前に、さすがのジークも焦りの色が見える。

 険しい表情を浮かべ、心の中で瞬時に手を考える。



 ――くっ、戦闘本能が開花した影響か、俺が前に渡していた『千本暗器』を使いこなしてくるとは……。このままでは不味い、一旦離脱して距離を取らねば――っ!



 一時回避を選択したジークは、その身を目玉の身体へと戻す事で拘束から解放され、すぐさま翼を顕現しては離脱を試みた。――のだが、その瞬間にミラの手中に捕獲されてしまった。


「なに――っ!?」

「ふふふ。つ・か・ま・え・た」


 偶然ではない――。

 まるでジークが目玉の身体になって離脱する事すらも先読みして、狙っていたかの様に微笑を浮かべるミラの態度が物語る。


「私がどれだけ一緒にいたと思ってるんですかぁ? 動きが封じられて、呼吸も出来なくなったら、ジーク様なら必ずその姿になると思いましたよ。うふふ、これで完全に捕まえました」

「ミラっ! 目を覚ませ! 聞こえているんだろっ!? 俺の声に、答えてくれっ!」


 ジークの身柄を完全に捉えたミラは歓喜の微笑を上げるのだったが、ジークが必死に表の人格へと語り掛ける姿を見るなり、俯いては小さく忍術を唱えた。


「……土遁・金剛監獄」


 大地がせり上がり、ミラを囲うように展開された岩の壁。自らを捕らえる檻と化したその中で、ミラは一体何をしようというのか。



「私だって大好きなのに……、”ずっと見て来ただけ”からやっと会えたのに……。なんで、どうして、私は受け入れてもらえないの……」

「……ミラ」

「……もういい、どうせ結末は一緒。大好きだから殺す、愛しいから殺す、側にいたいから殺す。……二人で死ねば、”ずっと一緒”にいられるから……」 


 そしてミラは、静かに一言呟いた。


「……火遁・地獄業炎」


 その言葉を放った瞬間、檻となった壁の内部で漆黒に染まる激しい炎が巻き起こった。まるで全てを焼き尽くしてしまいそうな、暗黒の炎が燃えたぎる。


 その炎は、火力の高さに加え、練り込まれた高濃度の魔力が込められた物だった。それゆえ、全てを焼き尽くすのもあながち間違いではなく、燃焼と物理崩壊の効果を兼ね備えた脅威の炎である。 



 ミラがあえて自身を檻で囲ったのも、その中で放った地獄業炎による炎でジークと心中するつもりのようだ。

 捕らえたジークを大事そうに包み込む手を胸へと添えて、荒ぶる炎の中心に立ち祈るように瞳を閉じている。


 ほとんどの感情は表の人格が持ち合わせている為、裏の人格であるミラは――、とても不器用なこんなやり方しか出来なかったのだ。


 例え歪んだ愛情であれ、偏った思考とは言え、――”ジークの事が大好きだから側にいたい”――、というたった一つの想い。


 その想いを胸に、愛する人と最後を遂げようとするミラの顔は、とてもとても美しく輝いているのだった――。





 ミラの手中にて、そんな姿を目の当たりにしたジークは儚げに呟く。


「そうか……。お前は、”共有”していたんだな」


 何かを察したのか、独り言のように小さく口を開いた後、力強く言葉を繋げた。


「『大気支配』、『素粒子支配』!」


 すると、漆黒の炎がまるで何も無かったかのようにその姿を消し、その後すぐに、檻と化していた岩の壁が風化するかのように細かな粒となって崩れ落ちた。


 それはジークが『大気支配』で檻の内部に存在していた空気の酸素濃度を変化させ、炎が発生する発火現象を抑え込んだのだ。そして壁を作り出していた岩は、『素粒子支配』にて分子の共有結合を崩壊させ、分子レベルで粉々にしたのだった。                                                                                                                                  


 突如消え去った自分の忍術に、驚くミラは慌てるように辺りを見渡す。

 その間ジークは、取り乱すミラの隙を見て手中から抜け出すと、人間の姿を解放してはミラと向き合った。



 ミラは人間の姿のジークの姿を見るなり、自分の計画が破綻した事を察したのか、次第に表情を歪ませては頭をかきむしり始めた。


「なんで――っ、なんで分かってくれないの――っ!? なんで私じゃダメなのっ!? なんで一緒に死んでくれないんだよぉ――っ!!」

  

 思い通りに行かず、想いが伝わらず、ヒステリックになるミラ。その顔は険しく歪み、心の痛みが体現しているかの様だ。



 しかし対するジークは落ち着いた様子で、真っ直ぐにミラを見据えている。


「お前もリーナと同じように、表の人格の中でずっと見てきていたんだな」

「そうよ――っ! 私の言葉で話せなくても、”あの子”が感じる全てを私も共感し、共有し、同じ時を生きてきた! ずっと暗闇の中で認識もされずに、見える外の世界と”あの子”と同じ想いばかりが募る私の気持ちなんて――っ! きっと誰にも分からないっ!」


 ミラは握った拳を乱暴に振り下ろし、やるせない気持ちを地面にぶつけるかのように怒声を吐き散らした。 

 ジークはそんなミラに、静かに一言口を開く。


「俺は……、”お前の事も受け入れる”」

「――っ!」


 静かに放たれたその一言に、ミラは驚きの表情を浮かべ声を失った。だが、その表情もすぐさま崩しては、大きく取り乱し始める。


「嘘だ嘘だ嘘だ――っ! 私はどうせ見向きもされず、嫌われてる運命なんだって、自分が一番良く分かってる――っ! ”あの子”にもなれずマインさんのようにもなれない私なんて、たくさん仲間が増えた今じゃ余計に見てもらえないに決まってる――っ!」


 遺伝子レベルで構成された、自分ではどうする事も出来ない性格。それは忌み嫌われる物だと自負しているがゆえに、今まで日の光を浴びる事も無かった存在がゆえに、それを深く理解している裏の人格であるミラはひどく自暴自棄に陥っていた。



 だがジークは、強い決心を秘めているかのように、心揺らぐ事も無く真っ直ぐとその足を進め出す。


「……声も届かず、自分の存在すらも認識されない中、人知れずちゃんと人並みに感じて生きてきたお前の苦悩を、全て理解出来るなんて偽善的な事は言わない。だがな――、お前は今ここにいる。俺の目に映っている。それは、紛れもない事実だ」


 一歩、一歩と着実に、その足を進めて行くジーク。その姿は堂々とし、心と体の全てでミラと向き合っているかの様だ。


 逆にミラは困惑し、首を横に振りながら少しずつ後ずさる。


「いや……、来ないで。……近寄らないで――っ!」


 黒影・真打を鞘から引き抜き、両手で握っては前へと構えるミラ。その手は心なしか若干震えている様にも見える。


「わ、私知ってるんだから――っ! ジーク様は、マインさんの事が好きなんだって! 私はどうせ、”あの子”と同じで居場所を失って消えていくんだから……だから――っ、これ以上私に構わないで! 優しくしないで!」

「お前は勘違いをしている。マインの事は好きだが、それは仲間としてであって恋愛感情ではない」

「嘘だ――っ! 屋根の上で寄り添い合ってる所、私見たんだからっ! ジーク様にはマインさんがいる、周りにはルルやナオミさんや、あのカンガルーの仲間もいる。一人くらいいなくなったって、ジーク様の目的には支障なんかないでしょ――っ! もう放っといて!」


 凛と足を進めるジークは、その目をミラから外さないままに、リーナへと心の声をかける。


(リーナ、『物理攻撃無効』を解除してくれ)

《何言ってるです!? それではまともに――》

(いいんだ)

《……了解。ミラを頼んだですよ》


 ジークは特性『物理攻撃無効』の解除をリーナに頼んだ。

 攻撃を受ければまともにダメージを受ける事になるのだが、リーナはきっとジークに何か考えがあっての事だと推測して、渋々了承した様だ。


 

 ジークとミラの距離が縮まると、もうどうしていいのか分からなくなったのか、ミラは悲痛な叫びを上げながらその身を駆け出した。


 ――ドスッと、体ごとジークの胸にぶつかるミラ。

 少し離れ、閉じていた目をゆっくりと開くと、視界に映るその光景に目を丸くさせる。


「なんで……」


 小さく言葉を零すその先には、ジークの腹へと刺さった黒影・真打。真っ赤な血を滴らせ、痛々しい光景が広がっている。


「痛みか……、久しぶりに感じたな。だが――、二人の心の痛みに比べれば、大した事ではないはずだ」


 少しでも痛みを共感出来るように様にと、あえて傷を負うジーク。



 驚愕の面持ちを浮かべて固まるミラだったが、その瞬間にジークへと引き込まれるような衝撃が体へと走った。

 ジークの胸へと顔を押し付ける形になり、何が起こったのか瞬時には理解出来ていない様だ。


 それは、ジークがミラの体を引き寄せ、両腕で包み込むように抱き締めたのだった。



「――っ! は、離して!」


 ミラは一瞬硬直した後、状況を理解するとすぐさまジークの体を引き離そうとする。


「離すものか! 一人くらいいなくなっても支障がない? そんなわけないだろう! ミラが欠けてしまっては、俺の心も欠けてしまうんだ……。ミラは――、いや……、お前も含めたミラという存在そのものが、もう俺にとっては”特別な存在”になっているんだっ!」

「私が……、特別……」

「あぁ、そうだ……」


 ミラの頬を静かに伝う、涙の滴。

 ジークに認められたくて、受け入れられたくて必死だったが、ミラという自分はすでにジークの中で特別な存在になっていたんだと知ると――、自然と嬉し涙が込み上げてきたのだった。


 しかし同時に、激しい胸の痛みも走る。それは、もう一人の自分の事。

 ジークは二人の自分を受け入れ、それが特別な存在だと言っていたのに――。


 もう”あの子”は消えてしまったから、自分にはどうする事も出来ないからと――、深い悲しみを覚えたのだった――。




 涙を流すミラは、額をジークの胸へと当てて俯きながら口を開く。


「どうして……、最初に会った時……、私に力を使わなかったんですか……」


 ミラを抱きしめるジークは、その言葉に静かに答える。


「あの時、お前は”罪を背負う”と言っただろ……。その時のお前の、悲しさと力強さを感じる不思議な瞳に、心がすさんでいた俺には惹かれる所があったんだろうな……」


 その言葉を耳にしたミラは、ジークの胸元の服をギュッと握り締めた。


「ずるいよ……。今更そんな事言われても、もう遅いんですよ……。こんな事になるなら、こんな辛い思いをするくらいなら――っ」


 ミラは顔を上げ、ボロボロと涙を流す瞳でジークと向き合うと――、静かに言葉を繋げた。


「――あの時、”私の心を縛り付けて欲しかった”」


 

 ジークは悲痛が入り混じる困惑の表情を浮かべると、静かに目を閉じてはミラの首へと手を回し、強く抱き締めた。


「お前に辛い思いをさせてしまったのは俺の責任だ。……あの時、力を使わなくて良かったと――、今は素直にそう思っている。力で縛らずとも、お前は俺にとってかけがえのない存在になったのだからな」

「ジーク様……。うわぁぁぁぁぁぁん」


 ミラはジークの胸の中で、溢れる感情を爆発させるかのように大粒の涙を流す。そして、顔をクシャクシャにしながらも「ごめんなさい、ごめんなさい……」と、何度も口にしながら嗚咽を漏らした。


 感情を分かち合うかのように、ミラを抱きしめるジークの左目からも、頬を伝う涙が流れる。

 そして、震える体でミラを抱きしめながら、祈るように心の声を響かせる。


(ミラ……。お前が必要なんだ、俺の側にいて欲しいんだ――っ! 頼む……、戻ってきてくれ……)



 

 ――起きたのは、小さな変化。

 ギュッと目を瞑っていたジークの右目――、涙を流すことの出来ないその目尻に、小さな水滴が姿を現した。

 それは静かに流れ落ち、頬を伝い、地面へと落ちて行く――。


 宙でキラキラと輝く一滴の涙。それが大地に触れた瞬間――、気泡のように弾けては、大きな変化へと変わりゆく。



 ジークの右目の内部に存在する神之欠片かみのかけら、核が激しく振動しながら、強い光を放ち始めた。

 脳内に多くの情報が流れ込み、ジークの右目からは黄金に輝く閃光が拡散する。


 

 それは――、ジークの涙が引き起こした、――”奇跡”――。

 


 核がジークの強い想いに答えるかのように、新たなる力を覚醒させたのだ。



 [完全支配瞳術]の系統が一つ、「付与支配系・神眼」の新たなる力。


 ――『想映そうえいノ神眼』

 対象の深層世界に視覚干渉し、己の概念を意識レベルにて授け与える。付与した模写概念情報(イメージや五感、経験則等)の全ては、既存記憶として対象に保管される。視覚範囲、百メートル。

                                                                                                                                                                                                 


 全てが暗闇に包まれた、無の世界。そこは、ミラの心の中。

 その中に一人立つのは、忍び装束を纏ったミラの姿。


 何も無いその空間に、突如として黄金の光が拡散するように天から差し込んだ。

 一人佇むミラがその光に釣られるように天を見上げると、様々な光景が視界一杯に広がる。

 それはまるでスライドショーのように、たくさんのミラが映し出されていた。


 料理を作りながら笑ってる姿、村の住人達に怒っている姿、ララの墓前で泣いてる姿、お酒に酔ってぐっすり眠っている姿。

 そして――、プレゼントにワンピースをもらって、嬉し涙を流しながら飛び切りの笑顔を浮かべている姿。

 

 他にも多くのミラが映し出され、その場一面を包み込んでいる。



「これは私の……、いや、ジーク様の記憶?」


 見上げるミラがそう一つ呟くと、その言葉に答えるように、背後からまったく同じ声が響いてきた。


「ジークさんの目には……、こんな風に映っていたんですね」

「――っ!」


 突然聞こえてきた声にミラは振り返ると、視線の先にはワンピースを身に着けた自分がいた。


「戻って……来たんだね」

「うん。ジークさんの私に対する想いが……、こうして溢れているから」


 ワンピースのミラは天を見上げ、流れる記憶のスライドショーを見つめては優しい微笑みを浮かべている。


 

「ジーク様がね、私達を特別な存在なんだって言ってくれたよ。人格だけを見るんじゃなくて、ミラっていう存在自体が大切なんだって。凄いよね……、ジーク様」

「うん、そうだね。口ではあまり語らないけど、ちゃんと見ててくれてたんだ……。私が思っていた自分とは、全然違ってたみたいですね」

「自分で思う自身の姿と、他人の目に映る自分とでは、全然違うって事だろうね」


 忍び装束を纏ったミラは足を進め、ワンピースを纏ったミラと正面にて向かい合う。

 両者の間には薄い透明の壁があり、まるで合わせ鏡のように存在していた。


 忍び装束のミラが、真っ直ぐと視線を向けたまま口を開く。


「ジーク様に認められて嬉しかったし、これからも好きって気持ちは変わらない。ずっと側にいたいってのも譲れない。……だけど――」


 真剣な表情から、優しい微笑みへと変えては言葉を繋げる。


「悔しいけど、やっぱりジーク様にはあなたが一番合ってる」


 その言葉に、ワンピースのミラはギュッと胸の服を握り締める。眉をひそめ、今にも泣き出しそうな顔だ。



「ふふふ、そんな顔しないの。自分の事だから、良く分かるのよ。だから後はよろしくね! 頑張れ――、もう一人の私」


 忍び装束のミラはそう言い終えると、左手を透明な壁へと添えた。

 そしてワンピースのミラが、答えるように口を開き出す。


「今まで気付いてあげれなくてごめんね……。ありがとう――、もう一人の私」


 同じように、ワンピースのミラも目の前の壁へと右手を添える。


 鏡合わせのように、重なる二人の手。するとワンピースのミラの姿が消え、忍び装束のミラだけがその場に残る形となった。


 その空間は再び暗闇に包まれ、一人残ったミラは透明な壁を背にして寄りかかる。

 そしてコツン――と、後ろの壁に頭を当てては、微笑みながら小さく呟く。


「これで……、いいんだ」







 ジークがミラを抱き締めながら静かに涙を流していると、胸の中で小さく「ジークさん……」との声が響いた。

 ハッとするジークは慌ててミラの両肩を掴んでは引き離し、瞬時にその顔を見つめる。


「ミラ――っ! ミラなんだな!?」

「あ……、はい……。あの、私……」


 気まずいのか、眉をひそめては上目遣いで見つめるミラ。

 だがそんなミラをお構いなしに、ジークは再び強く抱き締めた。そして、涙を流しながら心からの声を震わせる。


「もう絶対に離したりなどしない――っ! 俺にはお前が必要なんだ! 言葉で言って欲しいなら何度でも言ってやる! ミラ、お前の居場所は――っ! ”ここ”にある!」


 その言葉に心打たれるように、目を丸くするミラ。俯いてはジークの胸へと顔を埋め、小刻みに震え出す。


「はいっ……。はい……」


 嬉しくて、涙が溢れて、ミラは震える声で必死にそう答える事しか出来なかった。


 再会した二人は強く心を交わし、寄り添い合っては静かに涙を流すのだった――。




 ジークはゆっくりとミラを引き離すと、向かい合っては口を開いた。


「今まですまなかったな」

「……いいえ、悪いのは私ですから」

「どっちが悪いとかはないさ。これからを大事にしようじゃないか。……おかえり、ミラ」


 ミラは両手で口元を押さえると、更に大粒の涙をボロボロと流しながら、静かに答える。


「……ただいまです、ジークさん――っ。うぅっ……」


 涙を流すミラの頭にジークが優しく手を添えると、ミラは泣きじゃくりながら自らジークの胸へと飛び込んだ。


 ジークはミラの頭を撫で、優しい微笑みを浮かべる。


「”どっちのミラ”も、泣き虫なのは同じだな」






 


 事の顛末を見届けたティアマトが、観賞は終わりだと告げるようにその巨体を持ち上げ始めた。

 ジークとミラの二人を真っ直ぐ捉え、威風堂々と立ちはだかる。



 ジークとミラは向かい合い、お互い真剣な目を交わしては一つ頷くと、ティアマトへとその視線を移した。


 ジークは一歩前に出てローブを翻すと、ティアマトを指差しては力強い口調を解き放った。



「待たせたな。さぁ、セカンドフェーズと行こうか」                                    

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