五十四話 守護者『ティアマト』
白熱を極めた激戦の果てに、ジークと行動を共にすると誓ったチャンピオンカンガルー。それは新たなるメンバーとして異例の種族、――魔物が仲間へと加わったのだった。
「あ! ジークさん、おかえりなさい!」
後ろへと振り返り、笑顔と共に手を振って出迎えたのはミラだ。
素通りを許されたミラ達は先へと進み、階段を発見した所でジークの合流を待っていたようだ。
すると隣のナオミが体を傾け、ジークの背後を覗き込むような素振りをする。
「んんー? てかジーク、後ろの魔物って……」
その言葉に釣られる様に、チャンピオンカンガルーはジークの横に並び立ち、おもむろにしゃがみ込んでは土下座スタイルを取り始めた。
「どうもおおきに。この度、隣のあんさんにボロ負けしたチャンピオンカンガルー言いますぅ。皆さんと一緒に付いていくことを決めたさかい、贔屓にしたってやぁ」
かしこまっては地面へと頭をこすりつけるその姿に、さすがに事情を呑み込めないミラ達は目を白黒させている。
無理もないだろう――、先ほどまで敵だった者が仲間になると言い、それも世界の常識として全種族共通の敵であるはずの魔物が頭を下げているのだ。
その異様な光景に説明を求めるかのように、ミラ達は目をパチパチとさせながら無言でジークへと視線を合わせた。
「まぁそういうことだ。何かあれば俺が責任を持って……から揚げにする」
「せやせや、この太ももの部分がええ感じに赤身と脂身が乗って――、って誰が非常食や!」
腕を組んでは表情一つ変えず、冷静に答えるジーク。
土下座していたはずのチャンピオンカンガルーはいつの間にか立ち上がっており、ジークの言葉にすかさずノリツッコミを放った。
「ふむ。詳しい事はよく解らぬが、そのカンガルーが新しく仲間に加わるという見解でいいのだな?」
さすがは頭の回転が速いか、マインは事情よりもとりあえず現状の確認を取ることにしたようだ。
「そうだな。魔物ではあるがこうして言葉を交わせるんだ。意志疎通が出来るなら、暴れたりしない限りは支障はないだろうと判断した。仕方がないだろう……なんせ、”ずっと一人ぼっちで寂しかった”と赤子のように泣き付かれたのだからな。ククク」
「――ちょ、あんさん!? 間違ってはない、間違っては無いけども! そのニュアンスだと誤解が生じてまう!」
まるでからかいを含む微笑を浮かべるジークに、キャラ崩壊を焦ってか、チャンピオンカンガルーは必死に弁解を求めた。しかし不敵な目下しの瞳を向けるジークにその意思が通る筈もなく、ただイタズラに微笑されては儚く散るのだった。
「まぁジーク殿が決めたことなら、私は文句はないがな」
「ルルも! カンガルーさんと遊んでみたい!」
「あんたが面倒見るんだろうし、襲われたりとかしないなら私も別にいいけど……」
マイン、ルル、ナオミの三人はジークへの厚い信頼か、魔物であってもチャンピオンカンガルーの同行を正式に認めたようだ。
「ジークさん前に言ってましたよね。”差別はしない、魔物だろうと関係ない”って。その考えは、この世界では認められず、異常の眼差しを向けられるかもしれません。だけど私は……ジークさんの持つ、その優しい世界が好きです」
「ミラ……」
正面に立ち、純粋な瞳で見つめ、優しく微笑むミラ。
ジークはその言葉と姿を前に、胸を熱くするように見つめ返す。そして一つ微笑みの吐息を漏らし、ミラの白く艶やかな髪へと優しく触れる。
髪を撫でられるミラは若干頬を染め、照れ隠しのように「えへへ」と笑みを零す。髪を伝うジークの優しさに、温もりに触れ、自分の溢れる想いが――喜びを上げているのだった。
しかしそんな二人に水を差すように、見つめ合う二人のすぐ横からジト目を向ける姿があった。
「……じぃー」
そう――、まるで空気の読めない魔物、チャンピオンカンガルーだ。
ハッと我に返ったミラは、逃げるようにナオミの横へと戻った。
そして先ほどまでの二人の光景を目にしていたナオミが、ニヤニヤしながら肘でミラの横腹を小突き、それに対抗するように顔を真っ赤にするミラは肩で押し返している。
チャンピオンカンガルーもナオミと同様、ニヤケ面を浮かべてはジークへと流し目を向けた。
「さっきまで鬼神のような強さを体現させとった男と、まるで同一人物とは思えへん顔しとったなぁ」
「……うるさい」
腕を組むジークは一言だけ返すと、目を瞑っては顔を背けて視線を外す。
いつもクールを突き通すジークだったが、この時は照れ隠しとも思える素振りを垣間見えた。
「ジーク殿の事だ、まーた派手にやらかしたのであろう?」
チャンピオンカンガルーとジークの戦闘を直接見てはいなかったのだが、容易に察しは着く――と、マインが微笑を浮かべながら問いかけた。その胸の内にはどのような戦闘だったか気にもなる、という意味合いも含まれていそうだ。
「最初は、お互いにええ勝負しとんなぁって思っとったんや。せやけど拳を交えてる内にワイには分かった。まるで観察されてるような、試されてるような動きやったわ。ぜーんぜん、あんさんの本気を引き出すことが出来ひんかった」
腕を組み、うんうんと頷きながら回想に浸るチャンピオンカンガルー。だがその言葉にはマインを含め、ミラやルルも賛同のようだ。
「ワハハ! 私もジーク殿の本気というのは、今まで見たことがないな!」
「私も長く一緒にいますが……ないですねぇ」
「ルルは、お兄ちゃん本気を出さなくても強いからだと思ってた!」
各々が口を開く中、当の本人であるジークは首を傾げている。
「何を言っている? 俺はいつだって本気だったぞ?」
「「「「え?」」」」
流れたのはしばしの沈黙。ミラ、マイン、ルル、チャンピオンカンガルーの四人がきょとんとし、話についていけないナオミはジークと四人へ交互に視線を通わせている。どうやら四人とジークの間には、すれ違いの思考が生まれているようだ。
するとそこに、ナオミの魔通機からリーナの助け舟が入る。
「説明しようっ! ジークの戦闘スタイルとは――」
「な、なんや!? 誰の声や!?」
突如響いた聞き覚えの無い声に、当然リーナの存在を知らないチャンピオンカンガルーは慌てふためくが、そんなことはお構いなしにリーナ博士によるジーク考察が始まった。
リーナ曰く、ジークは”頭で考える事が先”になっているようだ。元々、戦闘という事柄からかけ離れた世界である地球から来たジークは、命のやり取りにおける戦いに敏感になっていた。不慣れであるからこそより確実に、より正確に、生き延びる為、目的を果たす為に――、絶対に勝利を掴み取らなければならないと心の底に根付いていた。
それは人間だった頃に培った高い知識と、誠実なる性格とが相まって、自然と計算に基づく戦闘スタイルへと安定化されたのだった。
ゆえに、勝利へ導く為の終着点であるそのスタイルこそが、ジークにとっての本気であるのだ。
「――とまぁ、こんな感じです。ジークの一番の武器は頭ですからね、意識せずとも自然に思考してしまうのです」
「当たり前だろ、俺はこの世界の住人じゃなかったんだ。異世界へ来たからといって当たり前のように戦えるはずがない。確実に生き延びるために、確実に目的を果たす為に、ありとあらゆる情報を持って挑む。それが俺の導き出した答えだ」
リーナとジークの説明を受けた四人は、一応の理解はしたようだった。しかしそれでも、どこか納得のいかない様子である。
難しい顔をするミラは「ん~」と首を傾げては唸り、呟くように口を開く。
「それは分かるんですけど……、私達の言う本気とはちょっと違うんですよねぇ。こう、心から熱くなるというか、闘志を燃やすというか……」
ミラのその言葉には、他の三人も頷いている。
「言いたい事は分かる。しかし根性論でどうにかなるほど、現実は甘くないんだ」
「そう……ですねぇ」
ジークの本気についての話が延長し、どこかおかしな空気に包まれる一同。
そんな雰囲気を察してか、チャンピオンカンガルーは話題へ終止符を打つ為に、パンッと両手を合わせて一鳴りさせる。
「まぁ、あんさんが極限状態にまで陥る強敵がいーひんってことはええ事でっしゃろ! さ、次は守護者はんのいる最終フロアやで! みんな気張っていこかー!」
変に明るく振舞うその姿に、魔物に気を遣わせてしまったと、一同がクスクス笑みを零し出す。
空気が戻ったところで一同は顔を合わせて頷き、最後の階段へと足を進ませていった――。
ミラ達が一人ずつ階段を下りる中、ジークは先行せずに一人考え込むようにその場へと残っていた。
本気か……。核と融合したからか、俺にはみんなと比べても異質な特性とスキル、瞳術がある。それに加え高度な情報処理能力と、リーナのサポート。それらを踏まえた上で状況分析を行って戦闘してきたわけだが……。チャンピオンカンガルーとの戦闘において、また一つ穴が見つかった。目では追えても、体が動きに付いてこれなかった。元は人間ベースのこの肉体では、やはり限界があるか……。
これで俺は、自分自身に二つの弱点があることが分かった。一つは、自分が保有する魔力を超える、高濃度の魔力だ。これはロックドラゴンと対峙した際に分かったものだな。魔力同士がぶつかり合う魔力削合現象により、濃度の低い方が一方的に魔力を削られてしまう。今のところ対抗策は見つからないが……何かヒントを得たい所だ。そして二つ目が、この肉体だな。完全に人間のそれではないとはいえ、ほぼ近い状態で構成している。肉体の方については何か対抗策を練っておく必要があるな……。
ジークは目を閉じ、静かに俯く。
もし――、俺の全てを使っても、どうしようもならない状況に陥ったら……。一体俺には、何が出来るのだろうか。
「あんさん! 置いてくでー!」
最後に階段を下りるチャンピオンカンガルーが、一人佇むジークへと振り返り声をかける。
「あぁ」
その声でジークは思考の中から戻り、一番最後に階段へと足を踏み入れて行くのだった――。
階段を下りた先、迷宮の最終フロア。そこに待ち受けていたのは目を疑う光景であった。
薄暗い洞窟内とは思えないほどの、目を細める眩しい明るさ。その根源たる光は、一面に広がる建造物だ。
まるで忘れられた幻想郷。大小多くの建物が立ち並び、流れる小川や畑に作物。そこに生活する人々など――、一切の妥協無く細部にまでこだわって完全に”再現”されていた。
その全てが金色に包まれる、――”黄金都市”――として。
ジーク達はその作られた街へと足を踏み入れ、各々が目を輝かせては周りを見渡していた。
「なんだこのパノラマは。一体誰が、何の為に作ったんだ」
当然の疑問を零すジークに、何かを見つけたのかミラから声がかかる。
「ジークさん! これ見てください!」
ミラの指さす先、そこにあったのは都市中央に立つ四人の人物像であった。
人間らしき像、尻尾の生えた像、羽の生えた像、角の生えた像の四体。それらは互いに手を取り、円を組むように立っている。
「人間、亜族……見たことは無いが精霊と魔族を現しているようにも思えるな」
「この像もそうですけど、一体ここは何なんでしょう?」
四体の像を見つめるジークは、種族を現していると考察を述べた。
しかしミラの言う通り、誰一人その黄金都市の存在理由へと辿り着けてはいないようであった。
「でも……ルルはこの四人、すごく好き。みんな仲良しに見えるもん」
互いに手を取り合う像の姿は、本来の種族達に置き替えれば有り得ない事である。それゆえにルルは、その四体の姿にどこか心惹かれるものがあったようだ。
そんなルルにジークは微笑み、優しく頭を撫でる。
「そうだな。この街みたいに出来るように、俺達も頑張ろう」
「うん!」
飛び切りの笑顔でルルが返すと、ジークはその頭にポンポンと優しく手を添えた。そして奥にある通路へと視線を映し、先頭を切って歩き出す。
「さぁ、進もう」
謎の黄金都市を抜け、ついにジーク達は守護者が待ち受ける場所へと足を踏み入れた。
先ほどの煌びやかな空間から戻り、薄暗い洞窟内にその姿はあった。
真っ黒に汚れたボロボロな翼、所々が腐敗しコケまで生えた黒い鱗、二階建ての家くらいだろうか、巨体ながらも細くやつれ肋骨の骨が浮き出た体、両腕に顎を乗せ寝ているその顔には、薄っすらと開いた青い瞳。
それは――、見るからに弱々しい、巨大な老体のドラゴンであった。
――来たか……小さき者達よ。
その空間内に、どこからともなく声が響き渡った。覇気の無い、しゃがれた老婆のような声。状況から察すると、声の主は横たわるドラゴンのようだ。
「お前が守護者か?」
一番先頭に立つジークが、ドラゴンへと問いかける。
――そうだ。神之欠片『プレジール』の守護者にして、四大幻獣の一柱『ティアマト』なり。……神之欠片を欲するか小さき者よ。
「あぁ、その為にここへ来たんだ。なにがなんでも渡してもらうぞ」
ティアマトは強い眼光を放つジークへと視線を合わせた後、もう話すことはないと物語るように、静かにその目を閉じた。
――立ち去るがいい。お前達の中に適正者はいない。
どうやらジーク達の中には神之欠片『プレジール』の適正者はいないようだった。それを見抜いたティアマトは、諭すように一言呟くと、それ以降は眠るように声を発しなかった。
しかし――、守護者に拒まれても尚、ジークの目には諦めの色は無かった。
「そんなことは考えの内だ。求めているのは神之欠片の力ではなく、その存在そのものだ。例え守護者であるお前に認められずとも、力尽くであろうと手に入れてみせる!」
ジークの力強い言葉に、他のみんなの目にも力強さが宿る。
「ナオミ、ルル、チャンピオンカンガルーは後方支援。ナオミを守りながらサポートに移れ! ミラとマインは前に出て、俺と三人で協力して奴を打つ!」
一つの頷きが揃った後、各自素早く移動し戦闘態勢へと移った。
後方支援の三人は一番後ろにナオミが位置し、その前にルルとチャンピオンカンガルーが横に並んでナオミをガード。さらにルルの『親の過保護』による多重結界を展開し、防御と状況判断に徹する構えだ。
前衛には今までナオミの護衛だったミラがルルと交代で参戦し、中央にジークを挟む形で左にミラ、右にマインと位置している。
ミラは黒影・真打を逆手に構え、マインは合刀した十握剣を両手で持ち右の腰へと構える。
中央のジークは腰を落とし、右手の掌にクリスタル状のアルカンシェルを構えた。
気迫溢れるジーク達のオーラを感じ取ったか、ティアマトは薄っすらと目を開け、流し目でジーク達を視界に捉える。
――我に挑むつもりか?
「その老体では後先短いだろう。神之欠片を長年守り続けた守護者よ、安らかに眠るがいい」
ジークのその言葉を聞くやいなや、ティアマトは不適な笑いを響かせ、その巨体をゆっくりと持ち上げた。
――我を見くびったな、小さき者よ――っ!
一際力強いティアマトの声が響くと、辺りが一瞬にして眩い光に包まれた。もはや目を開けることも出来ない閃光。それはティアマトから溢れ出るように発した強烈な光であった。
「――っく……。な、なんだこれは!?」
咄嗟に腕で視界を防いだジークは、光が落ち着きを取り戻すとゆっくりと目を見開いた。そしてその目に広がる光景に、声を失っては驚愕の面持ちを浮かべた。
無限に広がるとも思える金色の大草原。足首ほどの長さに頭が揃う金色の草が、そよぐ風に穏やかに揺れている。空には雲一つ無く、薄い水色が天一面を彩っている。
だが、驚くべきは一瞬にして変化した風景ではない――。
遥か前方、そこに突如として現れた”超巨大”な物体である。
それは――、まるで天。空を覆い、小さな星々のように無数の粒子を拡散させる巨大な翼――。
それは――、まるで太陽。水晶のように青白く煌びやかに輝き、キラキラと光を反射する透明度のある鱗――。
それは――、まるで星の果て。両手両足が地に着いているにも関わらず、遥か天にまでそびえる凄まじい巨体――。
それは――、まるで氷河。見るだけで凍てつきそうな、鋭い碧眼――。
それは――、まるで山。開いた大口にそびえ立つ、無数の鋭利な牙――。
幻獣ロックドラゴンの最終点にして頂点、竜の中の竜王。真の姿を解放したその正体こそ――。
圧倒的支配力を誇る四大幻獣が一柱。――光竜王『ティアマト』――。
ティアマトはゆっくりと首を横へ動かし、ジーク達を視界に捉える。軽く開け放たれた口からは、大量の蒸気が吐息のように溢れ出す。そして、先ほどまでの老婆のような声とは違い、透き通るような女神の如き声が響き渡った。
「竜を極めし力――、その身を持って知るが良い!」




