五話 守護装神具(プロテクション・クロス)
最初の部屋へと戻った俺は、台座の上であぐらをかいては瞑想していた。
台座に触れていると、何故だか不思議と落ち着く。
瞑想により気持ちが落ち着いた所で、今は朝方の五時だと『絶対体内時計』により把握していた。
眠気は無く、腹も減らない。睡眠も食事も必要無い――、そういう体になってしまったのかもしれない。
さて、とりあえずはステータスを確認するとしよう。レベルも上がり、新たなスキルも取得した事だし、何より生き延びる為にも情報は大事だ。
そう思った瞬間、透明なディスプレイに映るかの様に、目の前の虚空へとステータスが表示された。
おいおい、『観察眼』を通さなくても意識するだけで表示されるのか。誰かこの体の取扱説明書を持って来てくれよ。
ステータス
『核性視覚生命体』
特性(物理攻撃無効、魔法耐性、状態異常無効、自己再生、性質変化、核性強化)
[レベル]:E
[スキル]:『全方位視界』、『探究』
[ユニークスキル]:『高速思考』、『絶対体内時計』、『透視』
[エクストラスキル]:『超干渉』
[オリジナルスキル]:『観察眼』、『真実眼』
レベルがEになっている。ということは、Fが一番下でそこからアルファベット順に上へと上昇するのだろうか。
だが、一体何が変わったのかステータス上では良く解らない。レベルアップしてスキルが解放されたと言っていたから、それが特典なのかもしれない。まるでゲームの世界にも思えてくる。
次はスキルの確認だ。新たに取得したスキルは三つ。
――ユニークスキル『透視』。
視界上の物質を透過して視覚する事が出来る。効果範囲、百メートル。他のスキルとの併用不可。
――エクストラスキル『超干渉』。
保有魔力の最低九十パーセント以上を使用し、魂レベルで干渉する事が出来る。対象、一体。直接触れなければ干渉不可。洗練された魂には失敗の可能性有。
――オリジナルスキル『真実眼』。
本質を見抜く。
一通り目を通した後、特性の『高速思考』を発動してみる。
え、オリジナルスキルの説明が淡泊過ぎるんですけど……。どことなく凄そうだから一番期待していたのに、ちょっと裏切られた気分だ。まあ、使ってみれば解るだろうが、ニュアンス的に嘘発見スキルだと思えば、かなりの物だ。逆に、使われたら間違いなく引くな。
エクストラスキルというのも初めてだ。これはあのダイソンさん――もとい、大食イーターの魂に干渉したのがスキル化されたのだろうか。
魔力とは、おそらく生体エネルギーの一種だろう。あの魔晶石から大食イーターの体に流れる特殊な波長を視認したし、俺も意識すると核から溢れ出る何かを感じ取れる。
しかし、それが最低九十パーセントかぁ……。お高いんじゃないだろうか。下手したら、全部持っていかれるかもしれないって事だ。
魔力が枯渇したら、それすなわち死なのだろう。相手によっては失敗する可能性があると謳っているくらいだから、今思えば結構危ない線を踏んでいたようだ。
洗練された魂か――、自我のある奴とかだったらヤバイのかもしれない。本能だけで生きているような、大食イーターだったから効いたのかもしれないと考えると……。うーむ、使い時がかなり難しい。
残るは『透視』。これはレベルアップで解放されたものだ。
効果の程も名前から察する事は出来るが、これは利便性が高そうだ。物質を透過して視覚出来るのであれば、壁を透過して敵の位置を把握する事が出来るのだから。
大概の男がこんな夢の様なスキルを手に入れたら、とんでもないことに使いそうだな。
まぁ俺は卑猥な事には使わないが。……断じてな!
次にレベルアップした時にも、スキルが解放されるのかチェックしておくとしよう。
こうして現在入手しているスキルの性質から考慮すると、生物の意識や本能、魂だとか、通常では目に見て把握する事が出来ない生命の仕組みに関するスキルは、立ち位置としてはレア扱いなのかもしれない。
ゲームなんかだと、「火を自由自在に操って敵を倒す! 灼熱の炎使いとは俺の事よ!」――とかがベタな所だが、現実的には本人ですら視覚する事が出来ない内部干渉のほうがよっぽど怖い。
しかし――、レベルも上がり新たなスキルも入手したとはいえ、今の俺には再び魔物と敵対した時に決定打と呼べるカードが無い。一応『超干渉』があるにはあるが、これはなるべく使用を控えたい代物だ。万が一失敗した時は、自滅も同じなのだから――。
とは言っても、この洞窟がどれほどの規模なのかも分からず、現に魔物と遭遇した経緯から予想するに、ここから外の世界へと出る間にも再び魔物と遭遇する可能性は高い。
今のままでは力不足だ。何か……、何か更なる一手が、欲しい所だが――。
『高速思考』を解除し、『絶対体内時計』にて時間を確認してみると、なんと現実世界で一秒程しか経過していなかった。
俺は身軽に台座から跳ね降りると、新たに入手したスキル『透視』を発動し、周囲へと観察の視線を向ける。周囲の壁の中――もしくはこの付近に、「何か武器にも成り得る物が見つかれば」――と、淡い期待を込めて。
周囲の壁の中には何も無く、又、相当分厚いようで向こう側までは範囲限界で視覚出来ない。
いや待て――、まさに灯台下暗し。すぐ近くの”台座の中”に何かがあるではないか。
台座自体を透過して視認した所、なにやら真っ赤な十字架のようだ。
すぐさま謎の物体の情報を把握しようと試みるが――、肝心の『観察眼』が発動しない。
そうだ……、他のスキルとの併用は不可だった。
しかし――、だ。気になったら知りたがりな性分は、納得のいくまで突き詰めないと、気が済まない。
台座を壊すにしても、多重結界魔法の効果が発動しているので一朝一夕にはいかないだろう。一応叩いてはみたものの、非力の俺には破壊なんて到底無理な話だった。
それに、この部屋は今の俺にとって家みたいなものだし、この洞窟を攻略する間の拠点にもなる。そこに唯一存在するこの台座を壊すのは、後ろめたい様な寂しい様な気持ちもある。
俺は顎に相当する位置に細い手を当て、思考を巡らせながら台座の周りをグルグルと観察する。
「何か手はないか、何かおかしな点はないか」――と、注意深く観察を続けていると、ふと”ある一か所”に小さな綻びの穴が開いている事に気が付いた。
俺は神経を一本、新たに出しては、ダメ元でその穴へと差し込んでみる。
視神経ということもあり、体の一部には変わりない様で、穴の中でも直接見ているのと変わらずに視認出来るようだ。
どうやら内部に例の異物がある影響で、そこから上手い具合に亀裂が入ってるようだった。
ピチ――、という音と共に、謎の物体へと接触した感覚が走る。
そしてその瞬間、それは起きた――。
《何者です!》
突然、頭の中に響く声。機械的にアナウンスをする”例の声”とは異なり、あどけなさを感じる少女の様な、人間味溢れる肉声だ。
当然驚く俺だったが、慌てつつも咄嗟に心の中で返答する。
(えっと――、あ、怪しい者ではないです! 声を出すことが出来ないんですけど、聞こえますか?)
《……はい。聞こえるです》
正直、嬉しかった。
有無を言わさず強制的に拉致されて、一方的な状況で放置されてからの――、初めてのまともな会話。
しかも頭の中で話しているのに、ちゃんと伝わってるみたいだ。
おそらくこの声の主は、台座の中に潜む例の謎の物体だろう。
しかしそれでも会話が出来るという事体が、俺にとっては何より救いだ。
人間は孤独が続くと、精神が壊れてしまうのだから――。
とりあえず、せっかく会話が成立しているのだ。何かしら情報を得る為にも、やり取りを続けなければならない。
(あ、あの! 正直何も分からないんで、聞かれても上手く答えられないかもしれません! だけど怪しい者ではないんです! ほんとです! 世界一健全な男で通ってますから!)
《……はい? 核に選ばれた者みたいですが、人間ではないですし魔人や亜人でもなさそうですね……。一体あなたは何者です?》
(俺は――)
それから俺は、元の世界の事、目が覚めてから今までの事を、包み隠さず全て話した。信用してもらう為には、まず自分の事を詳しく説明するのが一番大事であり、道理だ。
それに、何かを隠そうだなんて微塵も思っていない。
このやり取りを大切にしたいから――、真面目に、真剣に、健全に、きちんと向き合いたい。
彼女は、そんな俺の話を真剣に聞いてくれていた。
《……分かりました。核の適正者ですし、あなたのことを信じるです》
彼女がそう言い残した後、神経が触れていた部分の感触が消えた。それと同時に、俺の首に相当する位置から、眩い光が溢れ出す。
しばらくして光が治まると、その部分には”とある物”がいつの間にかに存在していた。
紅色に染まり、輝く光沢に彩られ、中央には黄金の輝きを放つ宝玉がはめ込まれた――、”十字型のネックレス”。
《私は、『守護装神具』のリーナ。よろしくです!》