五十話 ジークの秘密特訓
増産された『ピカリン』が天井に滞空し、蛍光灯を付けた部屋のように明るさを得た拠点。時折バシャッと水の跳ねる音が響き渡り、視界をぼかす水蒸気が辺りを包み込んでいる。
「いや~、こんなとこでお風呂入れるなんて、ホントあんたらなんでもありじゃね!? まぁ、ありがたいからいいんだけどさ!」
立ち上る湯気の中、泡にまみれた頭を洗いながらナオミが声を上げた。その声は浴室特有に反響し、大きく響き渡る。
「私はお湯を張っただけですけどね! 浴場を作ってくれたのはジークさんですから」
ルルの頭を手慣れた手つきで洗いながら、ミラが声を響かせる。
シャンプーハットをかぶりながらしゃがみ込んでいるルルは、大変ご機嫌の様子だ。
一足先に湯船へと浸かっているマインは、頭にタオルを乗せて愉悦に興じていた。目を瞑り、極楽に浸りながらふと口を開く。
「こんなに気持ちいいのだ。ジーク殿も一緒に入ればよかろうに」
その言葉に、ミラとナオミが瞬時に反応した。声を揃え、顔を真っ赤にさせる。
「「えぇぇぇぇぇ!?」」
「無理無理! なんで男と一緒に入らなきゃいけないのよ! ありえないって!」
「そうですよ! 私、見られるほどスタイル良くないですから!」
「え、そっち!?」
夕飯後、気を利かせたジークは女性陣の為に、拠点の端に仮設浴場を建設していたのだ。
特性の『素粒子支配』で汚れなどどうとでもなるジークは、一人壁を背にして休息している。
キャアキャアと反響する女子達の声は、そのテンションが物語っているかのように仮設浴場からだだ漏れになっていた。当然その会話はジークの耳に届き、目を瞑っては休んでいたその顔を、ピクピクと引きつらせたのだった――。
四枚の毛皮製シートが無造作に並び、ミラ達の手には枕と毛布が握られていた。
ジークは一人壁に背を預ける形で床に座り、腕を組んでは下を向いて休息の形を取った。
「就寝の時間だ」
そしてそう一言呟くと、『ぴかりん』の白く明るい光が穏やかなオレンジ色へと変化し、辺りを優しく彩り夢へと誘う。
しかし程なくすると、モゾモゾと何かがうごめく音が生じ始める。
片目を開けて軽く確認したジークは、すぐさま両目を開けて顔を上げる。そしてきょとんとした面持ちで目を丸くした。
なぜなら、つい先ほどまで中央で寝る形になっていたミラ達が、ジークを取り囲んで壁沿いに移動していたからだ。
ふっ……まったく――。
ジークは一つ優し気な笑みを零し、再び目を閉じていった。
すーすーと穏やかな寝息が包み込む中、ジークはその目をゆっくりと開き出す。
よし、魔力が全快したな。時間は……深夜一時か。みんなが起き出すころまでの魔力回復を逆算すると、正味一時間って所か。
ミラ達が寝静まる中、ジークは転移にてその姿を消していった。
移動した先は最後に発見した階段の前。アルカンシェルで大量の塩を吸収し、その姿を地面に現したあの階段である。
不気味に口を開けて待ち構える階段の入り口に、ジークはためらいもなくその足を進めて行ったのだった。
次なるフロアへと一人訪れたジークは、発光石の輝きで薄っすらと照らされる洞窟内を突き進んでいた。すると、敵の侵入を妨害するかのように、前方から大量のネズミが押し寄せた。ネズミといっても可愛いものではなく、体長一メートルはあろう大型で、その毛並みは鋭く尖っており、口には大きな牙を備えている。
《ソルジャーハリネズミの群れです。あれが通った後には草木も残らないとされる、群れで捕食を行う魔物です。レベルはB、数は六百ほどですね》
リーナ博士の魔物解説も手慣れたもので、流れるような流暢な解説がジークへと届く。
「数が多い方がその分データが取れる。鍛錬には丁度いいな」
そう口にするなり、ポケットに手を入れていたジークは両手をだらりと外に出すと、計十本全ての指先に風を纏わせた。
「タイムリミットは一時間。その間にこのフロアを駆け抜ける、行くぞ!」
《はいです!》
歩みを進めるジークの目の前には、すでに差し迫る『ソルジャーハリネズミ』。一番先頭の一匹が口を開け、その牙をキラリと光らせる。
しかしその瞬間、ジークの姿は『ソルジャーハリネズミ』の群れを一瞬で通り越し、何事も無かったかのように群れを背にしていた。一瞬のうちに駆け抜けたその直後、六百体もの『ソルジャーハリネズミ』の体が、まるで鋭利な刃物で斬り刻まれたかのように細切れになった。
「ルルが手刀に用いたのを応用したわけだが――」
そう口にするジークの目が、前方から更に迫り来る第二陣の『ソルジャーハリネズミ』の群れを捉える。
「こういう使い方もあるんだ」
何もない目の前の空間に、ジークは虚空を斬り裂くかのように素早く腕を動かした。そして現れたのは数十本もの風の刃。同一方向に流れる五本の爪痕が、交差するように折り重ねられて虚空に刻まれている。
ジークは滞在する風の爪痕を押し出すように、勢いよく掌を前へと突き出す。
その動きと同時に、いくつもの風の刃が一気に『ソルジャーハリネズミ』の群れへと解き放たれる。
細かな網目のように張り巡ったそれは、『ソルジャーハリネズミ』を細切れにしながら群れを突き抜けた。
ジークは右、左と壁を蹴りながら進み、『ソルジャーハリネズミ』の残骸の上を颯爽と駆け抜けたのだった。
目にも止まらぬ勢いで地面を蹴り上げ、風の音を置き去りにするかの如く突き進むジーク。しかし、とある部屋へと足を踏み入れた瞬間に、咄嗟に立ち止まった。
地面、壁、天井、周囲の全てが青白い氷で覆われた部屋。
「全部で六体か、奥に階段があるな」
ジークの言葉が指し示すは、部屋に滞在していた六体のゴーレム。氷で出来たその体は青白く輝き、ジークの二倍もの体格を誇る。そして両腕で支えるかのように肩に大きな氷塊を抱えて、右と左に二体ずつ、そして奥にある道を塞ぐかのように、前方に二体が配置された形として存在している。
ジークは左右のゴーレム達には気にも留めずに、真っ直ぐと前を見据えて歩き出す。
右側に存在しているうち一体のゴーレムがジークに反応するかのように、肩に抱えた大きな氷塊をジーク目掛けて投げ放った。それに続くように、更にもう一体も氷塊を投げ放つ。
「邪魔だ」
ジークは一言そう呟くと、視線は正面から離さずに、右側から飛んでくる氷塊へと右手の掌を向けた。
直線を描いた氷塊がジークの手前でその動きをピタリと停止させると、巻き起こった突風に押し戻されるかのように、勢いよくゴーレム達へと戻り始めた。それは投げ放った本人達へと衝突し、氷で出来た体と氷塊共々が粉々に砕け散った。
歩みを進めるジークへと、今度は左のゴーレム二体が氷塊を投げ放つ。しかし先ほどの二体同様、ジークは左の掌を飛んでくる氷塊へと向け、突風で押し戻した。それにより自ら投げ放った氷塊と衝突して粉々に粉砕されるゴーレム。
更に歩みを進めるジークの元に、前方の二体のゴーレムが投げ放った氷塊が迫り来る。
ジークは前方へと蹴りを放ち、その脚力が生み出したかのように突風が前へと吹き荒れた。それは迫る二つの氷塊を押し戻し、前方のゴーレム達へと衝突しては、六体のゴーレム全てが粉々に散ったのだった。
ジークは奥にある通路へと進む為、一歩踏み出したのだが、その瞬間に異変を感じ取った。
「なんだ?」
粉々に散ったはずのゴーレム達の氷の破片が突如動き出し、ジークの前方へと集結を始めていた。それは徐々に足、胴体、腕、頭と形を成形しながら大きさを増し、先ほどまでとは比較にならないほどの巨体のゴーレムが姿を現した。六体のゴーレムが融合したことにより、超巨大化したのである。
見上げるジークとの体格差は歴然であり、ジークは巨大な氷のゴーレムの足首ほどにしか至っていない。
「『ソルティーゴーレム』同様に、体を構成する物質さえあれば再生するタイプか。魔晶石ごと砕け散ったと思ったのだがな」
ジークはポケットに手を入れ、巨大ゴーレムを見上げながら考察を口にした。
その言葉に、すかさずリーナが反応する。
《粉砕時に魔石や魔晶石の存在は確認されなかったです。それに加え、私のデータベースにないことからおそらく魔物ではないと判断するです》
二人の会話を黙って聞いているはずも無く、巨大化したゴーレムは足元にいるジークへと拳を振り下ろした。腕だけでジークの何倍ものある塊が、天から地面へと垂直に叩き込まれる。
「魔物ではない? かと言って自然界に存在するような物でもないだろう」
しかしジークは話しながらも、振り下ろされた巨大な拳をヒラリヒラリと躱していた。振り下ろされる拳は勢いを増し、豪雨のように降り注いでいるのだが、全て紙一重で躱し続けている。その姿はまるで、華麗なステップで舞い踊っているようにも見える。
《可能性があるとすればこの迷宮自体、もしくは何者かの意図による防御プログラムの一種かと推測するです》
「防御プログラム……。『エルバッシュ』、もしくは神之欠片の守護者ってところか」
《おそらくはそうです》
丁度両者の見解がすり合ったところで、巨大ゴーレムは両腕を高く掲げ出した。そして拳を握り合わせ、叩き潰さんと言わんばかりに、一気にジークの元へと振り下ろした。
ジークは二度ほどステップを踏んで後ろへ大きく飛び、地面へと振り下ろされた拳を寸での先で躱した。そして体を捻り、後ろ回し蹴りを放つ。足に纏わせていた風が勢いよく拡散し、蹴りを放っていた足が爆発的な加速を生み出す。それは目の前にある巨大な拳に解き放たれ、接触すると同時に動きを止めた。
瞬間、巨大ゴーレムの握り合わせていた拳が、驚異的な爆発が起きかのように粉々に吹き飛んだ。巨大ゴーレムの手首から先が一瞬にして消失したのだ。
四方八方へと勢いよく飛び散る氷の結晶達。しかし宙に舞っている物も含め、その動きをピタリと止めた。するとビデオの逆再生のように再び元の位置へと戻り、巨大ゴーレムの拳を成形した。
巨大ゴーレムは何事も無かったかのように堂々と姿勢を正し、一歩一歩と大きく地響きを鳴らしながらゆっくり歩き出した。
その光景を目の当たりにしたジークは一つ大きな溜息を尽く。何度破壊したとしても、永遠に再生を繰り返すことが明らかであった為だ。
「はぁ……、しつこいのは嫌いなんだ。おとなしく沈んでいろ」
そう呟き、おもむろに右手の掌を天へと向ける。そして自分の方へと引き絞るように、力を込めてゆっくりと拳を握り始める。
すると、その部屋中が小さく振動を始め、やがて大きなものへと変化し出す。周囲の氷が震えだし、所々が砕け散るように割れ始める。その現象は徐々に謙虚なものになっていき、巨大ゴーレムが地面へと膝を着き始めた。
振動が大きく高まったと思った瞬間、今度は一瞬にして静けさを取り戻した。そしてその無とも言える刹那の時間、部屋中の氷全てが砕け散った。しかし小さくなった氷の結晶達は舞うのではなく、地面の物は地面へ、壁の物は壁へ、天井の物は天井へと、何かに引っ張られるように張り付いている。
巨大ゴーレムは両足が粉々に砕け、地面へと倒れては、上から押さえつけられているかのように微動だに出来ずにいる。そしてついには体中が細かく砕け散り、地面へと張り付いた。
「まだだ!」
ジークが一つ大きな声を上げると、部屋中の砕けた氷達が小刻みに震え始めた。そして徐々に溶けるようにして姿を変え、氷で覆われていたはずの部屋が、取り囲む周囲は水となった。
そして周囲に張り付いた水は、まるで吸収されるかのように地面や壁、天井へと、細かな隙間から流れるようにして消えて行ったのだった。
「ふぅ、うまくいったか。圧力が高まれば、氷は水へと融解する性質を持つからな」
ジークが腕を降ろし、安堵の息を尽いているとリーナからの報告が上がった。
《先ほどの戦闘を含み、今までの経験値から特性『空気操作』のデータが揃ったですよ! いっちょやっちゃうです!?》
「そうか……あぁ、頼む」
ジークは腕を組んで目を瞑り、その時が来るまでしばし待機することにしたようだ。
そして数分後、リーナの声がジークへと届いた。
《完了です! 『空気操作』と『素粒子支配』の一部を統合・適正化し、新たに『大気支配』を取得したです!》
「よし、目標は達成した。タイムリミットももうすぐだ、拠点へ戻るぞ」
《アイアイサーです!》
まだ支配系へと到達していない特性を鍛錬する為、ジークはあえて『空気操作』と『身体能力支配』以外の特性を使わなかった。
メインに『空気操作』を駆使することで、多くのデータを得た今回の鍛錬。ついに『空気操作』が、特性の最上級である支配系へと到達したのであった。




